「マウスピース矯正」患者が集団提訴、健康被害の訴え続出 「実質0円」で拡大、多額ローン抱えたまま診療所が突如閉鎖
47NEWS / 2023年1月29日 10時30分
新型コロナウイルス禍によるオンライン会議の普及で「画面映え」への意識が高まる中、笑顔の印象を決める歯並びをきれいにしたいという願望を持つ人も多い。若い世代を中心に広がっている「マウスピース矯正」を手がける医療法人「デンタルオフィスX(エックス)」の東京・銀座にある主力の歯科診療所が今年1月、突如閉鎖した。患者は多額のローンを抱えたまま、一方的に診察予約をキャンセルされ、治療は宙に浮いた状態だ。あごがずれてかみ合わせが悪くなったり、歯が抜けたりしたとの健康被害を訴える人も続出している。
デンタルオフィスXは京都市や福岡市にも診療所を構え、宣伝に協力すれば治療費が返金され「実質0円」になるとうたう「モニターモデル制度」を活用して患者を勧誘。返金が途中でストップし約束をほごにされたとする患者との間で金銭トラブルが相次いでいる。このうち患者約150人が1月26日、医師や運営会社幹部らを相手に総額約2億円の損害賠償を求める集団訴訟を起こした。デンタルオフィスXの運営会社は患者に対し「モニターモデル料の支払い再開に当たり具体的な手続きを検討している」と説明している。患者側の弁護士は京都や福岡の診療所分を含めると患者は数千人規模に上るとの情報があるとしており、大規模な消費者問題に発展する可能性がある。(共同通信=松尾聡志)
歯の矯正治療を巡るトラブルで集団提訴し、記者会見する加藤博太郎弁護士(前列左)と原告=1月26日、東京・霞が関
▽宣伝に協力すれば「治療費返金」
歯に金属の器具を付ける従来の「ワイヤ矯正」に対し、マウスピース矯正は器具が透明で目立ちにくい。1日に20時間以上を目安に装着する必要があるが、食事や歯磨きの時は取り外せるため口の中を清潔に保てることも利点だ。
コロナ流行さなかの2020年7月ごろ、東京都内の会社に勤務する清水詩織さん(仮名)は職場の同僚からマウスピース矯正で「世界一」といわれる歯科医師を勧められた。「インビザラインでレッドダイヤモンドプロバイダーの称号を持つ先生。芸能人もたくさん診ている」との説明だった。清水さんは以前から八重歯やかみ合わせが気になり、複数の矯正歯科に相談していた。
インビザラインは歯科先進国といわれる米国のアライン・テクノロジーが開発したマウスピース矯正の先駆的なシステムだ。プロバイダーは年間の症例数によって認定される制度で、レッドダイヤモンドは最高ランクとされる。
マウスピース矯正をやるべきかどうか悩んでいた清水さんに、同僚は「先生が新しい診療所をつくる」と誘った。清水さんは2020年9月、東京・石神井公園のデンタルオフィスXの診療所を訪れて矯正治療を契約し、信販会社の36回ローンを組んで154万円を支払った。
清水さんの話をまとめると次のような流れで契約と治療は進んだ。高額な契約に関して、診療所の担当者は「今ならまだモニター制度の枠がありますよ」と勧めてきた。その場所で新しく開業するのに当たり症例集めが必要だとして、診療時の写真提供や交流サイト(SNS)での宣伝に協力すれば治療費を全額返金すると持ちかけた。清水さんはローン返済で毎月約4万5千円支払うが、同額を送金アプリで受け取る仕組み。契約書は、治療がデンタルオフィスX、モニターはデンタルオフィスX運営会社の「THE GRANSHIELD(ザ・グランシールド)」との間でそれぞれ締結した。
矯正治療とモニターモデルの契約書(一部をモザイク加工しています)
▽看板医師は知らぬ間に離脱
清水さんによると、当初は順調だったが、2022年3月、アプリへの入金が突然停止した。その直後、「Earther(アーサー)」という会社から「ロシアのウクライナ侵攻で海外口座の資金が動かせなくなったため」と送金停止理由を説明する通知を受け取った。アーサーはTHE GRANSHIELDから送金業務の委託を受けているとし、「資金は担保されている」とも明記していた。だが清水さんは、それまで契約書上でも口頭でもアーサーについて説明を受けたことはなく、その言い分はにわかに信じられないと感じたという。
その後、同じように返金が止まった患者と調べるうちに、レッドダイヤモンドの称号を持ち、医療法人の概要に技術総合担当役員として名を連ねていた看板医師が2021年初めごろにはデンタルオフィスXから手を引いていたことが分かった。清水さんが矯正器具を着け始めた時期に当たる。清水さんは1~2カ月ごとに診察を受けたが、担当するのはいつも別の医師で、「あごが痛い」と訴えても「順調です」との返答だった。デンタルオフィスXが積極的な勧誘を続ける中、看板医師の離脱は伏せられていた。
マウスピース矯正の流れを説明したパンフレット
▽不透明な資金の流れを問題視
集団訴訟の原告である患者やその代理人を務める加藤博太郎弁護士によると、デンタルオフィスXの勧誘活動は、知人間の口コミだけでなく、「インスタグラマー」として著名な人物らがフォロワーらにメッセージを送ることによって不特定多数に展開されていた。勧誘した相手が矯正治療とモニターの契約を結んだ場合に成功報酬として少なくとも数万円が支払われる仕組みだった。
加藤弁護士は「治療とモニターをセットで契約した患者が大半だったと考えられる。THE GRANSHIELDはデンタルオフィスXの事業運営が早晩、自転車操業の状態に陥るのは分かっていたはずで、詐欺的な商法だ」と指摘する。デンタルオフィスX、THE GRANSHIELD、アーサーの間の資金の流れも不透明だとして問題視している。
▽運営会社は契約書が偽造されたと主張
清水さんによると、アプリへの入金が停止した当初、THE GRANSHIELDは患者に対して資金繰りを急ぐ姿勢を見せた。だが、しばらくすると代理人弁護士に対応を一任しているとして距離を置くようになった。2022年9月には運営会社側の弁護士から一部の患者に、モニターの契約書には偽造された自社の印鑑が使われたとする通知が送られてきた。
加藤弁護士によると、THE GRANSHIELDは最近になって、モニターの契約書が正規のもので特定の信販会社でローンを組んだ患者を対象に、THE GRANSHIELDが金銭トラブルの原因になっている残債を肩代わりすることに同意するよう求める文書を送付している。
閉鎖されたデンタルオフィスXの主力診療所=1月26日、東京・銀座
▽治療をやり直すなら二重ローンの重荷
マウスピース矯正を手がける別の歯科医院の院長によると、マウスピース矯正は通常、医師が歯並びや骨格を診断して歯型を取り、そのデータをマウスピースのメーカー側が解析して矯正治療が可能かどうかを最終判断するという。この院長は「インビザラインの器具やシステム自体に問題があるとは考えにくい。本来なら矯正をやってはいけない人まで治療を進めていた可能性がある」との見方を示した。マウスピース矯正のモニター制度もそれ自体は宣伝の一環として珍しくない。だが「正規料金をいったん全額支払わせて返金していくのはあまり聞いたことがない」と指摘した。
清水さんは奥歯が傾くなどして食べたり話したりするのがしづらくなっている。セカンドオピニオンのため訪れた別の矯正歯科医は「こうなる前に診たかった」と親身になって相談に乗ってくれた。ただ、ローンの残債は約90万円。治療をやり直したくても二重ローンがのしかかり、もどかしさが募る。「世の中がこんなに長くマスク生活になるならワイヤ矯正で良かった」とため息をついた。
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