コロナの時代「いまこそ葬儀はご自宅で!」 僧侶が提案、感染防止で進む縮小化を逆手に

47NEWS / 2020年9月19日 7時0分

4月に執り行われた自宅葬の様子(見城住職提供、一部加工しています)

 新型コロナウイルスの拡大は葬儀のあり方にも変化を強いている。著名人の訃報記事などで「家族葬で済ませた」という記述が珍しくなくなったように、参列者を制限したり、日程を減らすなどして簡素化したりと縮小化の流れが進む。寺院関係者からは先行きを心配する声も上がるが、その一方で〝緊急事態〟を逆手にとった葬儀を提案している僧侶がいる。いわく「いまこそ家族葬はご自宅で!」。そのこころとは。(共同通信=松森好巨)

 ▽「会葬者の人数減った」9割

 そもそも、新型コロナは葬儀の実施にどのような影響を与えているのだろう。

 この点、大正大地域構想研究所・BSR推進センターが5月にアンケートを実施し、全国各地の寺院住職ら517人から回答を得ている。それによると、葬儀がどのように変化したかの問いに88・6%が「会葬者の人数が減った」と答え、「(通夜を行わない)1日葬など葬儀の簡素化」という回答も41・0%に上った。葬儀の簡素化傾向は、特に東京で際立って高かったという。自由記述をみると―

 「法要や葬儀を簡素化あるいは開催しないことを、新型コロナウイルスが後押ししてしまった。一度楽なことを覚えると元の面倒なやり方には戻らないかもしれないという不安」

 「過度な簡略化によって正式な意義を体しなくなり、更なる簡略を招くという負の連鎖を恐れています」

 新型コロナの影響が今だけでなく将来にわたって広がることを危惧する声がいくつもあった。

 ▽「家でできるんですか」

 「自粛、自粛の世の中ですが、寺まで規制一辺倒でいいのでしょうか。コロナを恐れて何もしなくなっては我々の存在理由はなくなりますよ」

 東京都稲城市。多摩丘陵の端に位置する普門庵(ふもんあん)を訪ねると見城宗忠(けんじょう・そうちゅう)住職(64)はそう言って警鐘を鳴らしていた。在家の出身ながら大学卒業と同時に仏門に入り、平成の世を迎えると同時に普門庵の住職に就任。檀家数の少ない小規模寺院で〝経営〟は容易ではなかったというが、多摩ニュータウンが隣接し人口増加の著しいこの地で30年以上にわたって法灯をともし続けてきた。


東京都稲城市にある普門庵の見城宗忠住職。6月に開いた「お葬式セミナー」で用いた資料をもとに説明してくれた=9月

 そんな見城住職がいま提唱しているのが、コロナ禍で規模を縮小せざるを得ない葬儀を自宅で執り行うこと。ただし〝やむを得ず〟といった否定的な意味合いではなく、自宅だからこそ遺族にとってよりよい葬儀が可能だという思いが込められている。もちろん、実体験による裏付けがあってのこと。今年執り行ったある自宅葬について教えてもらった。

 4月に亡くなった女性の遺族から葬儀の依頼を受けた見城住職。臨終の際に行う枕経のため自宅に向かったところ、女性が契約していた互助会の担当者も葬儀の打ち合わせのために来ており、ほぼ話がまとまっていたという。

 当時はコロナ流行の第一波の真っただ中。見城住職が遺族に葬儀の概要について聞くと、参加するのは家族5人と返ってきた。一方で、葬儀会場は自宅から遠く離れた互助会所有の斎場。「5人しか参加しないのに、わざわざ遠くの会場で行う必要があるのか」と疑問に感じた見城住職は遺族に「この自宅で葬儀をしましょう」と提案した。

 「家でできるんですか」と驚く遺族に、自宅で行うための段取りや費用のことなどを説明。結局、遺族は互助会との契約を解き、故人が住み慣れた家で葬儀を行うことに。諸々の準備などは見城住職が普段から付き合いのある葬儀社に頼んだそうで、費用は当初見積もりの100万円程度からおよそ60万円で済んだという。

 女性の葬儀が行われたのは二階にある部屋。日当たりがよく、お気に入りの居場所だったという。棺を二階に運ぶことができなかったため布団に安置された遺体の周りには、色とりどりのお供えの花が飾られていた。もちろん、一般的なセレモニーホールで行う葬儀のように演出などはない。それでも、いつもの空間で落ち着いた雰囲気のなかで見送ることができ遺族も満足していたという。

 自宅で行ったが故に、家族だけでなく近所の人たちが弔問に訪れることができたことも見城住職の印象に強く残っている。密にならないよう順番に家に上がり手を合わせていった知人たち。出棺の際にも自宅前に集い見送ったという。

 見城住職はこうした自宅葬がコロナ禍が収束した後であっても、葬儀のあり方として十分受け入れられていくのではと考えている。

 「医療の分野でも在宅医療が広がっている。今後、都会においても葬儀を自宅で行うという例は増えていくはずです。実際、集合住宅で行ったり、仕事場で行ったりした例もあります。ただ、葬祭業者はそうした提案をあまりしないでしょうし、遺族も思い浮かばない。だから、経験のある私たち僧侶が選択肢の一つとして提示していく必要があるのではないでしょうか」


見城住職が執り行った自宅葬の様子(見城住職提供)=一部加工しています

 ▽「お寺葬」

 見城住職は上で紹介した自宅葬を含めた「お寺葬」をコロナ以前から提唱している。この言葉が意味するところは、寺=住職が葬儀の過程すべてに関わるということ。業者に丸投げするのではなく、住職が中心となって遺族と業者とともに葬儀を形づくっていくことを目指している。

 僧侶になって以来、業者の用意した段取りに沿って、お経を唱え、お布施をもらって帰る―という葬儀への関わり方に疑問を感じていた。一方、思い知ったことは「葬式の全体を実際には知らなかった」。20年ほど前から葬儀の仕組みについて独学で調べ始め、遺族と業者との見積もりの場にも同席するようになった。積み重ねた経験の末に導き出したのがお寺葬だった。

 これまで、檀家であるとないとを問わず様々な葬儀を実践してきた見城住職。自身が培ってきた知識や経験を伝えるため、市民向けの「お葬式セミナー」も普門庵で毎年開催してきた。今年も緊急事態宣言が解除された後の6月、「いまこそ家族葬はご自宅で!」をテーマに開き、定員いっぱいの約10人が参加した。なかには若手の僧侶の姿もあったという。

 葬儀を巡っては、コロナ危機の前から火葬だけで済ます「直葬」が行われ、不要論も唱えられるなど向かい風が強まっていた。そんな中、仏教界では〝葬式仏教〟批判に応えるため、死者供養にとどまらない寺のあり方を模索する動きも活発になっている。しかし、「歴史的に、寺は弔いをすることで庶民の支持を受けてきた」と考える見城住職はあくまで葬儀にこだわる。

 「コロナ禍を受けて、オンラインで葬儀を行うなど新しい試みが出てきていますが、私としては、遺族が大切な人を失うという『二人称の死』を受け入れるための大事なプロセスである葬儀の『形』は大事に守っていきたい。今回のコロナにとどまらず、高齢化が進み、医療費もかさみ経済的に苦しい人が増加していく状況で、『葬式難民』は確実に増えていくはずです。そんな状況でも、しっかりとした形で気持ちのこもった葬儀ができるようなお手伝いをしていきたい」


普門庵の見城宗忠住職

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