「死を望む子ではなかった」と信じる恩師 座間9人殺害、学級通信に浮かぶ被害女性の横顔

47NEWS / 2020年10月6日 7時0分

当時の学級通信を見ながら教え子の思い出を語る猪俣修さん=2018年8月、埼玉県狭山市

 東京地裁立川支部で、座間9人殺害事件の裁判員裁判が始まった。ツイッターに自殺願望を書き込むなどした若者が狙われたとされ、白石隆浩被告(29)の弁護側は承諾殺人罪を主張している。だが、犠牲となった埼玉県所沢市の女子大生=当時(19)=が中学3年の時に、担任だった猪俣修(いのまた・おさむ)さん(65)は「自ら死を望む子ではなかった」と今も信じている。当時の学級通信からは、希望を持って学校生活を送っていた教え子の姿が浮かぶ。(共同通信=石川陽一)

 ▽普通の女の子

 「何かに抜きんでていたり、クラスを引っ張るリーダーシップがあったりするわけではないが、成績優秀で学校行事にも熱心。どこにでもいる『普通の女の子』だった」

 猪俣さんは女子大生の印象をこう振り返る。暗い影を感じたことは全くない。だから、事件が発覚した2017年10月、巻き込まれたと聞いた時は絶句した。思い出すのは休み時間に笑顔で友人と冗談を言い合う姿ばかりで、「自殺願望を抱く若者」という被害者像とはかけ離れていた。


現場となったアパート前に手向けられた花束=2017年11月20日、神奈川県座間市

 猪俣さんが編集し、ほぼ毎日発行していた学級通信「希望の轍(わだち)」を読み返すと、その気持ちはさらに強くなった。「3年生になって」と題して生徒の抱負を紹介した12年4月16日号。女子大生は「勉強に力を入れて1年を過ごしたいと思います」「中学校の顔として、日頃からきちんとした服装や立ち振る舞いを心掛け、後輩たちに誇ってもらえるような先輩でありたいと思います」と記している。

 その言葉通り、女子大生は受験勉強に打ち込み、第1志望の進学校に合格を果たした。進路を決める三者面談では、猪俣さんに「私、高校でやりたいことがあるんです」と照れくさそうに話したという。教員になるという夢を持ち、大学進学も見据えていた。 クラス対抗の合唱コンクールに向け、「後悔のないようにする。みんなでグランプリ取ろうね」と呼び掛けたのは10月31日号。ソプラノ担当で、課題曲だった森山直太朗の「虹」を熱心に練習していた。


猪俣さんが、ほぼ毎日発行していた学級通信「希望の轍」

 そんな女子大生は、男女問わずに慕われた。「頭が良くて頼りになる」「一緒にいて楽しい」。12月3日号、本人の誕生日を祝う特集では、クラスメートが多くのコメントを寄せた。猪俣さんがカメラを向けると、友人に囲まれたまま、はにかみながらピースサインをした。

 ▽かなわなかった再会

 「いっつもばかみたいなことをして、先生たちによく怒られるようなクラスだったけど、そんなクラスが大好きで、1年間すごく楽しかった」。13年3月13日号、中学卒業を目前に思い出を振り返ったコメントは、こう結ばれていた。「5年後、10年後、みんながどんな大人になっているのか、すごく楽しみです」。

 事件の翌年1月、女子大生は成人式でかつてのクラスメートと再会するはずだったが、出席はかなわなかった。式に招かれた猪俣さんは、成長した教え子たちの姿に女子大生を重ねた。 「この子たちと彼女は何も変わらない。なぜあの子は殺されなければならなかったのか」。疑問は頭にこびりつき、離れなくなった。亡くなったことは理解できても、悲しみの感情が追いつかなかった。

 中学卒業前、「二十歳の私へ」と題して生徒全員に手紙を書かせた。成人式で渡す約束だったが、女子大生の分だけが手元に残り、遺族に送った。数日後、事前に撮影したという晴れ着姿の写真が母親から届いた。


女子大生の思い出を語る元担任の猪俣修さん=9月14日、埼玉県狭山市

 「本当はあの場にいるはずだったんだ」。初めて女子大生の死を実感し、声を上げて泣いた。5年前と見違えるほど大人びて、きれいになっていた。

 ▽彼女は特別じゃない

 会員制交流サイト(SNS)を介して事件に巻き込まれるケースは後を絶たない。昨年9月、SNSで自殺志願者を募る投稿をしていた大学生の男が、これに応じた30代女性を東京・池袋のホテルで殺害した。今年9月には、男女がツイッターを通じて知り合った40代男性を殺害し、キャッシュカードなどを奪った。

 こうしたニュースを見るたびに、猪俣さんは「被害者は女子大生と同じような心境だったのではないか」と想像する。本気で死にたいわけではない、でも誰かに話を聞いてほしい。誰にでも起こり得る感情だろう。そんな気持ちにつけ込む人間を許せないと思う。


白石隆浩被告

 白石被告は自身も自殺志願者を装い、共感するような言葉を巧みに用いて被害者に近づいたとされる。取り調べには「実際に死にたいと思っている人はいなかった」とも供述している。

 12年5月28日号の学級通信に、警察の薬物乱用防止教室を受講した女子大生の感想文が掲載されている。「いつも身近にあるインターネットが少し利用方法や扱い方を間違えるだけで、恐ろしい犯罪に巻き込まれてしまう可能性があること、そして、自分自身の身に危険があることを知りました」

 彼女は決して特別ではない―。猪俣さんはそう何度も強調する。「精神的に弱かったわけではないと思う。たまたま心の隙間をからめ捕られてしまっただけだ。誰が狙われてもおかしくなかったのではないか」

 ▽取材を終えて

 事件発覚時から何度も猪俣さんの元に通った。その度に「なぜあの子が…」と繰り返す姿が印象的だった。取材で浮かび上がったのは、希望も悩みもある普通の若者の姿で、いつしか「なぜ…」という疑問を私も共有するようになった。 女子大生を含め、9人の被害者のことを人ごとだと思わないでほしい。気分が落ち込み、生きているのが嫌になることは誰にでもある。何かにすがりたくなった時、身近な人に「助けて」と言えるような社会になることを願ってやまない。

× × × × × × ×

 ■座間9人殺害事件

 2017年10月、行方不明の女性を捜索していた警視庁の捜査員が、神奈川県座間市のアパートの一室で、クーラーボックスなどに入った9人の切断遺体を発見した。警視庁は殺人容疑などで住人の白石隆浩被告を計10回逮捕。東京地検立川支部は18年9月、強盗強制性交殺人と強盗殺人、死体遺棄・損壊の罪で起訴した。被害者は、自殺願望を書き込んだツイッターなどを通じて被告と知り合った当時15~26歳の女性8人と男性1人。今年9月30日から東京地裁立川支部で裁判員裁判が始まった。検察側が死刑を求刑する見込みの一方、弁護側は被害者が殺害を承認していたとして、法定刑が軽い承諾殺人罪の成立を主張する。公判は77日間に及び、12月15日に判決が言い渡される予定。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング