「供述を変えさせる」地検特捜に狙われる恐怖 証拠改ざん発覚から10年、村木厚子さん

47NEWS / 2020年10月21日 10時30分

大阪地検が入る大阪中之島合同庁舎、2018年4月撮影

 検察の信頼を失墜させた大阪地検特捜部による証拠改ざんの発覚から今年で10年が過ぎた。舞台となった文書偽造事件で特捜部がターゲットとしたのは、厚生労働省のキャリアで、無罪確定後に事務次官になった村木厚子さん(64)。 無実を主張する村木さんに、検事は「あなたの供述を変えさせる」と言い放った。「村木氏の摘発が最低限の使命」という、ストーリーありきの間違った構図に沿って進められた捜査の恐怖。改ざんを受けて一部事件で義務付けられた取り調べの可視化について、村木さんに聞いた。(共同通信=広山哲男)


インタビューを受ける村木厚子さん=東京都内のホテルで20年7月14日撮影

 村木さんは厚労省の雇用均等・児童家庭局長だった2009年6月、障害者団体への郵便料一部免除制度を利用できるよう、実体のない団体に虚偽の証明書を交付したとして逮捕された。取り調べで村木さんは、部下に偽造を指示したという検察側のストーリー通りの供述を求められた。部下らはその構図に沿った調書にサインしていた。

―逮捕時の状況は。

「やっていません」と言っても逮捕されたわけだから、すごく悪いシナリオになったと思った。これから逮捕すると検事に宣告された時、娘たちがテレビでいきなり「村木局長逮捕」という報道を見てしまうのはつらいと思い、海外出張中の夫にメールで「たいほ」とだけ送った。自分がやらないといけないことを、一つできたと感じてほっとした。


厚労省の家宅捜索に入る大阪地検特捜部の係官=09年6月15日、東京・霞が関

逮捕直後に取り調べを担当した検事から「あなたの供述を変えさせる」「あなたの場合、起訴されるでしょう」と言われた。私の話は聞かないと宣告されたようなもの。あまりにも異常で、言い表す言葉がなかった。検察が捜査し無実を証明してくれると思っていたが、そうではないことが分かった。自分で証明するしかないが、どうすればいいのかと途方に暮れた。

―検事は逮捕の理由をどう説明したのか。

別の検事が説明した検察側のストーリーによると、外部から障害者団体に証明書を発行するよう依頼があり、私の上司→私→係長の順で指示があった。「決裁をもらっていないのですが、いいのでしょうか」と聞いてきた係長に対し、私が「そんなことはもういいの。あなたはこのことを忘れなさい」と言い、その後、私が自分の机の前で表彰状を渡すように、団体の人に証明書を渡したということだった。


村木厚子さんが取り調べの内容を記したノートの写し=20年7月14日撮影

―ストーリーを聞かされたときの心境は。

すごくびっくりした。取り調べを受けている私ではなく検事の方が、大学ノートで2ページ半ぐらいのストーリーを丁寧に話すわけだから。続けて「みなさん認めているよ」「あなたは上司だしキャリアなのだから責任を感じろ」と言われた。

―どう反論を試みたのか。

どこが本当で、どこがうそかを見極め、なぜ私がやったことになったのか原因を探そうと思った。私が「大変な件だけどよろしくね」と指示したという、よく知る部下の人がサインした調書を検事に見せられ「みんなこう言っている」と言われた瞬間は、鉛をのみ込んだみたいな感じで一番つらかった。

―事実ではなくてもストーリーに沿った調書にサインしてしまうのはなぜか。

取り調べのプロから弱いところを突かれれば、どんな人でも事実と異なる調書にサインする。任意聴取に応じた人の中には「1泊でも2泊でもしていくか」と、家に帰さないようなことを言われた人もいる。取り調べを受ける側はルールが分からないまま、検事の土俵に放り込まれる。一方的な試合になり、誰もが「供述弱者」になり得る。

 村木さんは勾留先の大阪拘置所で、検察側から開示された膨大な証拠に目を通した際、検事が繰り返し存在を否定していた部下のフロッピーディスクの存在が記された捜査報告書を見つけた。


村木厚子さんが取り調べの内容を記したノートの写し=20年7月14日撮影

証明書は役所のパソコンで作成するから、作成日付が分かるデータが残っているはずだと思い、検事に有無を聞いた。「証明書をいつ作ったか分かる電子データは残ってないんですか」と聞いても、検事は「なかった。見つからなかった」と言い切った。捜査報告書を見て露骨にうそをついていたことが分かり驚いた。

―検察側が主張した証明書の作成時期と、フロッピーディスクの文書ファイルの更新日時が合わないことも、自ら突き止めた。

1回目に捜査報告書を見た時は気付かなかった。開示された調書などから捜査の状況や流れを整理し、いつ何が起こったのか特定する作業をしていた時に気付いた。弁護士に伝えるため手紙を書いたが、拘置所で中身を確認されるのが怖かった。

 大阪地裁は村木さんの公判で、部下ら8人の供述調書計43通のうち34通について「検察側が誘導した可能性がある」として、証拠採用しないことを決定。2010年9月、村木さんに無罪判決を言い渡した。直後に、主任検事が検察側の構図に合うようフロッピーディスクの更新日時を改ざんしていたことが報道で発覚。証拠隠滅容疑で逮捕された。当時の特捜部長と副部長も、改ざんは故意と知りながら過失にすり替えて検事正らに報告したとして、犯人隠避容疑で逮捕され、いずれも有罪が確定した。


支援者と抱き合って無罪判決を喜ぶ村木厚子さん=10年9月10日、大阪市

 証拠改ざん隠蔽事件などを受け、検察の在り方検討会議は密室での取り調べや供述調書依存を見直すよう提言。村木さんは法制審議会の特別部会に委員として加わった。昨年6月施行の改正刑事訴訟法で、裁判員裁判と検察の独自捜査事件では取り調べの録音・録画(可視化)が義務付けられた。

―改ざんを知った時は、どう感じたか。

怒りというよりも恐怖を感じた。証拠にまで手を付けるのか、こんなことが許されるのかと。私がいくら白だと言っても、検察側が裁判で黒だと主張すれば、無罪でも世の中から灰色だと見られることは十分あったはずだ。改ざんが明らかになり、白だと分かったのは良かった。

―最高検の検証報告書は、改ざんの背景に「当時の特捜部長が、村木氏摘発が最低限の使命と命じたことなどによるプレッシャーがあった可能性」を指摘した。報告書をどう読んだか。

私は何も聞かれず、検察内部の聞き取りだけでまとめられていた。検察側の心情を想像すると「ばれたことは正直に謝るしかないけど、ばれてないことは絶対に言いたくない」ということだったのではないか。「まだ世の中に知られていない悪いことがあっても、恥の上塗りをしたくない」と思えるリポートだった。


無罪判決後、記者会見する厚労省の村木厚子元局長=10年9月10日、大阪市

―可視化の義務付けをどう評価するか。

何か大きなことが起きなければ、可視化に踏み切れなかったと思う。一歩進んだことは良かったが、義務化の対象は裁判員裁判と検察の独自捜査に限られている。本来は全ての事件を対象とするべきで、現状では完全な形とは言えない。また、逮捕前の任意段階の捜査も対象にしてほしい。

 栃木小1女児殺害事件では、一審で被告が自白した様子を含む映像が法廷に流れ「具体性や迫真性があり、根幹部分は信用できる」として2016年に無期懲役の判決が出た。だが二審判決は映像重視の判断に疑問を投げ掛けて一審判決を破棄し、状況証拠に基づき改めて無期懲役とした。

可視化はあくまでも取り調べが適正かどうか確認するためのもの。証拠として一部を切り取ると非常にリスクがある。こんな使い方をしてほしくないと思っていた。

―可視化の他に冤罪を防ぐための方策はあるか。

取り調べの際、とりわけ調書にサインするときは弁護人の立ち会いが必要だ。検事はうそをつかず、調書は供述を簡潔にまとめたものという幻想がある。私が取調官になっても、自分の想定している答えを引き出すために、様々な手段を使うだろう。検事には、常に冤罪を作りやすいポジションにいることを理解してほしい。

―逮捕時から起訴後の勾留へと至る長期の身体拘束への意見は。

身体拘束は刑罰と一緒。ものすごく負担を強いることなので最低限にすべきだ。裁判所や検察は「適正に運用されている」と言い、日弁連は「人質司法はひどい」と主張するが、議論はかみ合わない。しっかり現状を把握し、検証できる仕組みをつくってほしい。日本の刑事司法制度が特殊だというのは周知の事実。改正刑訴法には録音・録画に関しての見直し条項もある。身柄拘束も含め、さらなる改正について公の場で具体的な事例やデータを示し議論すべきだ。

―日産自動車のカルロス・ゴーン元会長は保釈された後、海外に逃亡した。保釈判断を疑問視する意見も上がる。

逃げたことで直ちに保釈判断と結び付けるのは違うと思う。被告らの位置情報の確認を目的として、衛星利用測位システム(GPS)を装着する是非も議論になっている。そうした科学技術の活用も含めて、身体拘束の適正な運用をもっと検討してほしい。

―改ざん発覚から10年。検察組織をどう見ているか。

まじめで一生懸命な人がたくさんいる組織だと、かつても今も思っている。国民から信頼される組織となる努力をしていると思うが、そういう組織が常に正しく振る舞えるわけではない。大きなものを背負うからこそ、間違った方向に向かうこともある。方向性がゆがむと国民も不幸になる。第三者の目を入れて反省や検証を続けていくか、放置して元に戻るのか。検察には常に二つの道があるのではないか。

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