路上暮らしからミシュランシェフへ、戦地の青年がかなえたフレンチドリーム

AFPBB News / 2018年2月14日 17時4分

仏パリで活躍するレバノン人のミシュランシェフ、アラン・ジアーム氏(2018年2月7日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

【AFP=時事】約20年前、フランス・パリにたどり着いたレバノン人のアラン・ジアーム(Alan Geaam)さん(43)は、フランス語は全く話せず、程なくして一文無しのホームレスになってしまった。

 そして公園で夜を過ごしながら、皿洗いとしてフランスでの第一歩を踏み出したジアームさんは今月、レストラン格付け本「ミシュランガイド(Michelin Guide)」の星を獲得した。ジアームさん自慢のレストランは、凱旋門(Arc de Triomphe)の目と鼻の先だ。

 ジアームさんはAFPの取材に対し「独学で、元ホームレスで、19歳で皿洗いから始めた私のような人間にミシュランが注目するとは思わなかった」と語った。「ミシュランは有名ホテルで働いているシェフや、巨匠に弟子入りした人たちのものだと思っていた。素敵なサプライズだね」

 ジアームさんは西アフリカのリベリアで、レバノン人の両親の元に生まれた。一家は戦地を転々とし、最終的にレバノンの首都ベイルート(Beirut)に戻った。その頃にはすでにジアーム少年は料理に夢中で、放課後はアニメではなく料理番組を見るようになっていた。

 レバノンで兵役に就くと、ジアームさんは料理をするようになった。連隊長はジアームさんの料理に心酔し、個人的にお抱えシェフとして雇うほどだった。

 しかしフランスに渡った後、ジアームさんは料理の道を志さずに、昼は建設作業員として働き、夜はピザを配達したり皿を洗ったりする日が続いた。

 するとある日、皿洗いをしていたレストランのシェフがナイフで手を切り、病院に搬送されてしまった。「表では14卓あるテーブルでお客さんたちが待っていた。誰に頼まれたわけでもないが、代わりに料理をし始めた。皆さんに食事を出し、とても喜んでいただけた。するとオーナーが来て、『君、料理できるんじゃないか!』と言うので、『ええ』と答えたんだ」

 ミシュランの星を獲得したことについて息子が学校で友達に自慢しているんだ、と笑うジアームさん。自分の成功は、リベリアで「すべてを失い」、レバノンに戻った後も内戦に翻弄(ほんろう)された両親のおかげだと考えている。10歳から父親の食料品店で働いたことで商売のスキルを養い、母親からは「人を愛し、どうやって料理をするかを学んだ」とジアームさんは振り返った。
【翻訳編集】AFPBB News

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