高まる「賃上げムード」も恩恵を感じないのはなぜ?賃金が上がっている世代とは【専門家が解説】
オールアバウト / 2024年5月16日 21時50分
この春、大手企業を中心とした賃上げの波が、中小企業や非正規労働者にも広がっていると報じられた一方で、「実感がない」「自分には関係がない」といった働く人の声も多く聞かれます。第一生命経済研究所の首席エコノミスト永濱利廣さんにうかがいました。
この春、大手企業を中心とした賃上げの波が、中小企業にも広がっていると報じられた一方で、「実感がない」「自分には関係がない」といった働く人の声も多く聞かれます。賃上げムードが広がっているのに、恩恵を実感できない人が多いのは、なぜなのでしょうか。第一生命経済研究所の首席エコノミスト永濱利廣さんにうかがいました。
賃金が上がっているのは若年層とシニア層
――2024年の春闘は大手企業の賃上げに続き、中小企業も32年ぶりの高水準と報道され大きな話題となりました。多くの労働者の賃金が上がっているにもかかわらず、その恩恵を実感できないのはなぜなのでしょうか。永濱さん:賃金は上がっているのですが、それ以上に物価が上がっていることが最大のポイントですね。そもそも働いている人のなかには、春闘の交渉に直接関係のない中小企業に勤めている人も多い。さらに、根本的に言うと、日本の世帯の3分の1が無職の世帯で、働いていないシニアが多く、年金生活を送っているんです。
マクロ経済スライド(※)により、物価と賃金が上がると、実質の年金受取額は目減りしてしまいます。そう考えると、賃上げの実感がないのも頷けるのではないでしょうか。
加えて、昨年は30年ぶりの賃上げで一般労働者の所定内給与は前年比+2.1%と増えているのですが、年齢階級・学歴別に見ると、おもに賃金が上がっているのは30代前半までの若年層と60代以降のシニア層です。30代後半から50代前半のいわゆるロストジェネレーション世代(以下、ロスジェネ世代)では、賃金が上がっていないんです。
(※)賃金や物価による年金額の改定率を調整して、緩やかに年金の給付水準を調整する仕組み
――なぜロスジェネ世代の賃金は上がっていないのでしょうか。
永濱さん:これは逆に、若年層の賃金が上がっている理由を考えたら分かりやすいです。若年層の給与水準はもともと低いので上げやすい。なおかつ、若年層は少子化の影響もあり、人数が少ない。若いので転職もしやすく、労働市場における流動性も高い。企業が優秀な人材を囲い込むには待遇を良くしないといけないので、給与も上がるのです。
一方で、30代後半から50代前半の人たちは、その真逆です。年功序列的な報酬体系で働いている場合、賃金水準がすでに高いので上がりにくい。加えて、30代後半以降になると、(より良い待遇での)転職は相対的に難しくなってくるじゃないですか。なので、労働市場における流動性も低い。
さらには、60代以降の賃金が上がっていることも関係しています。一昔前までは60歳で定年退職して、非正規で再雇用されるケースが多かったんです。それが最近では継続雇用制度の義務化もあり、定年が延長され、賃金は下がっても正社員で働く人が増えています。
(定年前より)賃金が下がるとは言え、以前のように非正規で再雇用されて働くことに比べると賃金は高いじゃないですか。
では、その財源を企業はどのように捻出しているかと言うと、もともと中年世代の賃金を上げるはずだった分を60代以降の定年延長分に充てているのです。
こういった理由から、30代後半から50代前半の賃金は上がっていないというわけです。
賃金が上がっても、消費できない日本人
――先ほど、「賃上げ以上に物価が上がっていることが(恩恵を実感できない)最大のポイント」とのことでしたが、賃上げが物価高を上回る日はくるのでしょうか。永濱さん:全体的に見ると、昨年の春闘では3.6%の賃上げ率で、厚労省発表の名目賃金上昇率(※)は前年比1.2%でした。今年は、昨年より1.5%ぐらい賃上げ率は上がると思います。そうすると、名目賃金上昇率は1.2%+1.5%=2%台後半になります。
物価上昇率が2%台半ばぐらいにとどまれば、実質賃金がプラスになる可能性もあるのかなと。
ただ、そうなれば万事OKになるかと言えばそうではありません。先ほど話した通り、日本の世帯の3分の1は無職世帯です。無職世帯にとって、賃上げは関係ないんですよ。残りの3分の2の世帯も、平均で実質賃金はプラスになるかもしれませんが、まんべんなく賃金が上がるわけではありません。
賃金が上がる人もいれば、上がらない人もいる。
例えば、ざっくりと3分の2の就業世帯のうちの半分の人の賃金が上がって、もう半分の人の賃金が上がらなかったとすると、実質賃金はプラスになっても世の中の半分以上の人たちは賃金や年金が物価上昇に追いつかないのです。
それに、日本の場合は実質賃金がプラスになっても、消費は簡単には伸びないと思いますよ。なぜかと言うと、「子ども・子育て支援金」制度により公的医療保険料が上乗せされるでしょう。月々の電気代に上乗せする再エネ賦課金(再生可能エネルギー発電促進賦課金)の負担も増しますし、防衛費増額を賄う増税もあります。
もう、負担増のニュースばかりじゃないですか。このような状況では、賃金が上がっても消費につながりにくいでしょう。
(※)労働者が実際に受け取った賃金(=名目賃金)が、どれくらいの割合で上昇したかを表した数値
節約ではなく、収入を増やすことに目を向ける
――今後、増税など家計への負担が増えるなか、「賃金が上がらない」「賃上げなんて関係ない」という人が、生活を良くするにはどうすればよいでしょうか。永濱さん:一番手っ取り早いのは節約ですが、みんなが節約すると合成の誤謬(※)で景気が悪化します。それは回り回って、自分の首を絞めることになります。ですから、収入を増やすことに目を向けたほうがよいと思います。
仮にデキる人であれば、今は人手不足で転職がしやすくなっていると思うので転職サイトに登録しておいて、いい案件があれば転職を考えるのも一つの手です。そこまで思い切れない人も、今は副業をしやすくなっていますので、副業に活路を見いだすことができるのではないかと。スキマバイトも広がってきていますね。
物価高で苦しいのであれば、買うものの値段も高い一方で売るものの値段も高くなりやすいわけですから、自分が保有していて使っていないものをフリマアプリなどで積極的に売るとよいのではないでしょうか。
また、将来の老後のことを考えれば、確定拠出年金やNISA等で長期的にコツコツ積立投資するのもよいと思います。
(※)一人一人が合理的な行動をとっても、全員が同じ行動をとると、経済全体で悪い結果をもたらしてしまうこと
教えてくれたのは……永濱利廣さん
第一生命経済研究所首席エコノミスト。早稲田大学理工学部工業経営学科卒業、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年に第一生命保険入社、日本経済研究センターを経て、2016年より現職。専門は経済統計、マクロ経済分析。著書に『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』(講談社現代新書)等。
取材・文/秋山 志緒
外資系金融機関で広報業務に従事した後に、フリーのライター・編集者として独立。マネー分野を得意としながらも、ライフやエンタメなど幅広く執筆中。ファイナンシャルプランナー(AFP)。X(旧Twitter):@COstyle
(文:秋山 志緒)
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