『数分間のエールを』で、クリエイターの想いを凝縮させた5つの魅力。細田守監督作との共通点も
オールアバウト / 2024年6月16日 21時5分
クリエイターの情熱、いや“想い”を68分の上映時間に凝縮させた傑作アニメ映画『数分間のエールを』。この夏に新作の発表がない、細田守監督作品が好きな人にも大推薦できる理由があったのです。(C)「数分間のエールを」製作委員会
突然ですが、細田守監督によるアニメ映画は、2015年に『バケモノの子』、2018年に『未来のミライ』、2021年に『竜とそばかすの姫』と、3年ごとの夏に公開されていましたが、この2024年には現時点では新作の発表はありません。
細田守監督のほか、そうそうたるクリエイターが絶賛
「夏休みのアニメ映画」の代表格ともいえる細田監督作品の「3年周期」が途絶えた(その理由は不明)のは残念ではありますが、これから先もアニメ映画の期待作は待ち受けていますし、15周年を迎える細田監督作『サマーウォーズ』は、7月26日より2週間限定で全国140館の上映が決まっているので、こちらを楽しみにするのもいいでしょう。そして、その細田監督をはじめ、『魔法少女まどか☆マギカ』(MBSほか)の新房昭之監督、『かがみの孤城』の原恵一監督、『鋼の錬金術師』(MBS/TBS系)の水島精二監督など、そうそうたるクリエイターが絶賛コメントを寄せたアニメ映画が6月14日より公開中。それは原作のない、完全オリジナル作品の『数分間のエールを』です。
実際に見てみればアニメのクオリティを突き詰め、夢のまぶしさと挫折が交錯する青春の物語、直球のメッセージ性を、たった68分の上映時間に凝縮させ表現しきった「文字通りにクリエイターの執念が見える傑作」だったのです。
後述する理由もあって若者にはもちろん大人にも届いてほしいですし、劇中の季節感(物語の始まりは4月)もあいまって「爽やかなアツさ」があるため、本格的に夏が始まる前の今に見るのもピッタリでした。
そして、本作には「劇場で絶対に見逃さないでほしい」「細田監督作ファンにも全力でおすすめしたい」明確な理由もあります。さらなる5つの魅力を記すとともに、細田監督が寄せたコメントにある「俺もそうだったな」という言葉の意味も解説していきましょう。
1:「夢がまだこれから」「夢を諦めたばかり」の2人が出会う物語
『数分間のエールを』の主人公は「自分から何かを生み出したい」と思い続け、ミュージックビデオ(以下、MV)制作に没頭している高校生。彼はある日、街で見かけたミュージシャンの歌声と曲を聴き、この歌のMVを作りたいと強く願います。そして、自分が通う高校へ新しく赴任してきた教師こそが、街で歌っていたミュージシャンだったのです。その偶然の出会いと再会から、主人公は教師へ「MVを作らせてください!」と全身全霊でお願いをします。「夢がまだこれから」の高校生が自ら選んだ道へと踏み出す一方で、教師は「夢を諦めたばかり」という正反対の立場なのです。そして、物語が進むごとに、教師が尋常ではない努力をして、どれだけ多くの数の楽曲を創作してもなお、音楽の道を選ぶことができなかった悲哀も、よりはっきりと伝わるようになっています。ただポジティブに惚れ込んだ歌声と曲のためにMVを作ろうとする、「まぶしい」ほどの主人公。その気持ちはうれしいけれど、「自分の気持ちにはウソはつけない」教師。それぞれの立場から、希望と絶望がとなり合わせの「青春」と「夢」が交錯します。その対比構造から、2人の残酷なまでの「ズレ」を見せ、「それでもなお」な行動を起こすドラマは、今まさに「夢がまだこれから」の若者はもちろん、その「夢の先」を経験した大人に響くものでしょう。
2:創作のワクワクにあふれたアニメ表現
本作が「MVの制作集団によるMVをテーマにした映画」であることも重要です。フリー3DCGソフト「Blender」をメインツールとして制作が行われており、他のアニメ映画とは全く異なる味わいや、その表現の大胆さや豊かさも大きな見どころになっているのです。世界観やキャラクターデザインは親しみやすく美しくて爽やかで、劇中のMVはポップかつおしゃれ。さらに面白いのは、「創作の過程」のイメージを、アニメで表現していること。MV制作をよく知らない人でも、「頭の中にあるものを形にする」様にワクワクできるのではないでしょうか。本作を作り上げたのは、若者から圧倒的な支持を得ているクリエイターチーム「Hurray!(フレイ)」。ロックバンド「ヨルシカ」のMVや、テレビアニメ『可愛いだけじゃない式守さん』(テレビ朝日系)のエンディング映像などで活躍しています。
今回の『数分間のエールを』でHurray!の3人は、監督・演出からキャラクターデザインまでを担当。試写の開催後もクライマックスのブラッシュアップを続けており、クオリティを突き詰めていることは実際の本編を見て分かるでしょう。なお、Hurray!の代表であり監督のぽぷりかは、2021年のアニメ映画『映画大好きポンポさん』(平尾隆之監督)に、本作が強い影響を受けていると明言しています。全編においてあふれんばかりのクリエイターの情熱や執念、制作(編集)過程の「ビジョン」をアニメならではの表現をしたことなど、多くの共通点を見つけられるはずです。
3:MVの意義や可能性を問い直す作品に
ニコニコ動画やYouTubeなど動画共有サイトの発展もあって、楽曲のMVは若者への訴求力もとても大きなものになっています。そして、本作はそのMVそのものの意義や可能性を問い直す作品にもなっていました。MVは楽曲の世界観や歌詞のメッセージを視覚的に表現したり、楽曲について独自の「解釈」も付け加えることができます。そこにはもちろんクリエイターの「作家性」もあり、楽曲を作った人との解釈を「合わせる」ことも必要になるでしょう。しかし、前述したように、劇中では「夢」について正反対の立場の2人には、残酷なまでの「ズレ」があり、それはMVそのものの解釈についても同様。そのため、2人それぞれにとって「どうしようもない」とさえ思ってしまう問題にぶつかってしまうのです。その先にあった、困難と葛藤を乗り越えた「答え」と「伝えたいこと」が、とてつもない感動を呼ぶのです。
何より、MVは通常、家のテレビや、スマートフォンやタブレットで見るものですが、この『数分間のエールを』では「映画館」でそのMVを見ることができます。
残酷だけど希望もある、青春と夢が交錯する物語の先にあった、映像と歌詞がシンクロし、細部まで作り込まれ、大胆な表現もされたMVを、劇場のスクリーンで見るということが、かつてない体験になると断言します。なお、楽曲制作を担当するのはボカロPとしても活躍するVIVI、劇中の教師の歌唱を手掛けるのはシンガーソングライターの菅原圭(声の演技は伊瀬茉莉也が担当)。そのパワフルかつ繊細にも感じられる楽曲および歌声もまた、物語に多大な説得力をもたらしていました。
4:脚本家・花田十輝らしさもまた凝縮
さらなるトピックは、本作の脚本家が花田十輝であること。多数の人気アニメの脚本およびシリーズ構成を手掛けており、オリジナル作品では2018年放送の『宇宙よりも遠い場所』(AT-X・TOKYO MXほか)が大評判となったほか、現在放送中のテレビアニメ『ガールズバンドクライ』(TOKYO MX)も大きな話題を集めています。今回の『数分間のエールを』と共通する花田十輝の作家性は、夢を追い求めている、はたまた青春まっただなかの仲間たちの、いい意味で「面倒くさい」関係性も含めて、尊いものとして描いていること。
多数のキャラクターが織りなす群像劇も多いのですが、今回の『数分間のエールを』ではほぼほぼ2人だけ(大人びた友人と人気者のクラスメイトを含めれば4人)の関係性に絞り、しかも68分という時間で描き切っていたため、花田十輝の「らしさ」がもっとも「濃く」抽出されているともいえるでしょう。その花田十輝は今回の『数分間のエールを』について、このようにコメントしています。
「Hurray! のお三方が作ったPVに込められた、純粋で瑞々しい作ることへの情熱。その思いを濁すことなく、伝えることを心がけて執筆しました。ここにあるのは、
自分の声で、
自分の絵で、
自分の思いで、
誰かの心を動かしたい。折れそうな誰かの心を支えたい。そんな純粋な応援したいという気持ちです。是非、その思いを受け取って頂ければと思います。」
この言葉通りの「純粋な応援」は、出来上がった作品から大いに感じられるはずです。さらに、映画冒頭の2人の主人公のモノローグは、それぞれのキャラクターの内面、そして花田十輝の「らしさ」も存分に発揮されているので、ぜひ聞き入ってほしいです。
ちなみに、花田十輝の脚本による作品以外でも、現在放送中の『夜のクラゲは泳げない』(TOKYO MX)も音楽とMV制作に挑む若者たちの青春物語として高い評価を得ていますし、さらには公開から1カ月をかけてリピーターを増やし続けているアニメ映画『トラペジウム』など、音楽や創作に挑む若者たちを描いたアニメ作品が同時多発的に世に送り出されています。合わせて見ても面白いでしょう。
5:先輩は細田監督、そして共通する「入道雲」のモチーフ
この『数分間のエールを』を世に送り出したHurray!のメンバー“ぽぷりか”“おはじき”“まごつき”による3人は、共に金沢美術工芸大学の卒業生。そして、同じく金沢美術工芸大学を卒業した、3人の「先輩」にあたる人物が細田守監督なのです。今回の『数分間のエールを』では副監督を務めたおはじきは特に、コメントやX(Twitter)の発言から、細田監督の大ファンだということが伝わってきます。
そして、細田監督作品によく登場するモチーフは「入道雲」。同様に、『数分間のエールを』でも入道雲が印象的な場面で登場しているのです。入道雲に「託した」ことについて、細田監督はこう語っています。
「入道雲というのは小さな雲がもくもくとだんだん立派に成長していく。映画のほうも主人公がささやかな一歩かもしれないけれどちょっと成長するとか、前に進むとか、そういうことを入道雲が大きくなっていくさまにいつも象徴的に託しているようなところがあります。」
※『ユリイカ2015年9月臨時増刊号 総特集=細田守の世界』(青土社)20〜21ページより
この細田監督の言葉通りの「少し成長する」「前に進む」物語は、今回の『数分間のエールを』にも通じていることでした。
そして、『数分間のエールを』のアートディレクターを担当したまごつきによると、「自分よりずっと遠く先を行く到底叶わない相手」を示すモチーフとして、物語の大事な場面では入道雲を登場させたそうです。 細田監督が入道雲に託したものとは異なるようで、入道雲に「これから」を見据えることは一致しているようにも思えます。ひょっとすると、Hurray!の3人にとって偉大な先輩である細田監督を、この入道雲へ投影しているところもあるのかもしれません。
その上で、本作へ細田監督が寄せたコメントを振り返ってみましょう。
「短編を作っている奴はたくさんいるけど、
そこから中編映画を作るチャンスを
掴む奴はなかなかいない。
よくたどり着いたな!すげえぞ!
俺もそうだったな。
応援してくれる人たちの信頼を得ることができたら、
次は長編映画を目指すといいよ。
楽しいぞ!」
細田監督は1999年に『劇場版デジモンアドベンチャー』で映画監督としてデビューし、そちらは20分の短編。監督2作目の『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』は40分の中編でした。
その後、細田監督は『ハウルの動く城』の降板後に問題作『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』を手掛けたこともありましたが、2006年の『時をかける少女』が口コミによる異例のロングランヒットを記録。さらに2009年の『サマーウォーズ』では16億5000万円の興行収入という大ヒットを記録しました。
そのようなキャリアを経て、国民的な作家となった細田監督。Hurray!の3人が同様の道を進むかどうかは分かりませんが、MV制作を経て、尋常ではない時間も根気も必要な、そしてハイクオリティの68分の中編(長編ともいえる)を手掛けた若いクリエイターに対して、細田監督が「俺もそうだったな」と振り返り、そしてエールを送ることにも納得できるのです。
その細田監督へのリスペクトも間違いなくある本作は、タイトル通りに「(MVの時間の)数分間のエール」を、ものづくりをしている人に限っていない、全ての人へと届けるべく、全力で作り上げた作品でした。
さらに、作品の舞台が震災で巨大な被害を受けた石川県であり、監督のぽぷりかからのメッセージが公式Webサイトに掲載されています。そのエールが、より多くの人に届くことを願っています。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)
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