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「妊娠しないための知識」しか教わっていない私たちが知っておくべき、不妊治療現場のリアル

オールアバウト / 2024年8月6日 21時45分

「妊娠しないための知識」しか教わっていない私たちが知っておくべき、不妊治療現場のリアル

不妊治療に保険が適用されるようになって約2年。不妊治療の当事者であるライターと現役の胚培養士が、不妊治療の現実や若い人に知っていてほしいことを話してみました。

「いつかは子どもがほしい」と思う人へ

今、仕事にまい進している若い世代の女性の中には「いつかは子どもがほしい」と思っている人もいるのではないでしょうか。以前、タレントの指原莉乃さんが卵子凍結をしたことが話題になりましたが、今は子どもを産む予定はないけれど、いつか子どもを持ちたくなったときのために……と卵子凍結をする人も増えているといいます。

人工授精や体外受精といった不妊治療に保険が適用されるようになって約2年。不妊治療のハードルが少し下がったと思う人もいるかもしれません。

確かに、高額な治療が3割負担で受けられるようになったことで、救われたカップルも数多くいるでしょう。筆者も保険適用になったおかげで、現在体外受精に挑戦することができています。

しかし、不妊治療は「すれば授かる希望に満ちたハッピーな治療」というわけではないことも、身をもって実感しています。そして、不妊治療を続ける中で、もっと若い頃……10代、20代の頃に知っておきたかったことがたくさんあったことに気付きました。

そこで今回、精子と卵子を受精させる専門職「胚培養士」としてクリニックで働く傍ら、SNSで不妊治療の最新情報を発信するぶらす室長と、いつか子どもを持ちたくなるかもしれない人に知っておいてほしいことをお話ししてみました。

「努力が報われない」経験をしたことはありますか?

突然ですが、皆さんは「努力が報われない」経験をしたことはありますか? 部活で頑張ったけれど負けてしまったとか、集中して勉強したけれど志望校に落ちてしまったという過去をお持ちの人もいるかもしれません。

ですが、若い頃は比較的、「勉強も仕事も、頑張った分だけ結果が得られる」という経験を得やすいのではないかと筆者は思います。仕事だって、うまくいかないことももちろんありますが、頑張れば何かしら得られるものがあったように思います。

しかし、不妊治療に取り組んでみて約1年。「努力が報われない」「理不尽だ」と思うことばかりだとつくづく感じます。

実際に不妊治療を始めると、決まった時間に服薬したり、自分で自分に注射を打ったりしなければならず、時には仕事やプライベートを犠牲にして治療することもあります。

筆者は幸い理解ある会社に勤めていて両立できていますが、体の都合(生理や排卵のタイミングなど)で「明日突然休んで病院に行く」なんてことも珍しくありません。そうしたことから、中には治療との両立が難しく仕事を辞める人もいます。

筆者自身、友人との約束を早めに切り上げて夜の分の自己注射を打ちに帰ったり、決まった時間までに帰れない日は会社に薬を持って行って、会社のトイレで膣錠を入れたりしたことも何度もありました。

しかし、どんなに医師の指導を守っても痛い注射に耐えても、必ず結果が出るとは限らないのが不妊治療です。

「体外受精しても妊娠しないなんて、話が違う!」

ぶらす室長自身、患者さんから治療がうまくいかない原因について説明を求められたことがあると言います。

「『体外受精をしたらすぐに妊娠できるんじゃないのか。話が違う』と言う人もいらっしゃいました。具体的な患者さんの話はできないのですが、採卵で卵子が多く採れても移植できる受精卵になかなか育たない症例や、何らかの原因で受精卵が着床しにくい症例など、さまざまな理由で採卵や胚移植という治療を繰り返さなければいけなくなる患者さんはいらっしゃいます。

10回以上採卵して、ようやく採れた胚盤胞(受精卵が成長し、細胞分裂した受精卵)を移植しても妊娠が成立しないという症例にも出会うことがあります」

こうしたつらい思いをこれ以上したくないからこそ、治療のたびに「次の移植で妊娠できますか?」「次の治療での妊娠率は何%ですか?」という質問を医師や胚培養士にご質問される患者さんは多いのだそうです。皆さんそれほど真剣だということでしょう。

「しかし、どんなに形態的に良好なグレードの受精卵(見た目の評価の高い胚)や、染色体異常の検査をして正常と判定された受精卵であっても、移植したときの妊娠率は100%ではありません。ですから、われわれから『絶対大丈夫』と言ってあげることはできないのです。

私のSNSの質問箱にも『このグレードの胚盤胞だと、妊娠する確率はどのくらいですか?』という質問をよくいただきます。症例によって年齢や内膜の状態などの背景が異なりますので、論文などのデータから一般的な確率を伝えることしかできません」

「グレード」とは、受精卵の細胞の数や密度などの見た目から、胚の状態を評価する基準のことを言います。グレードが低いものでも妊娠している方はSNSで見ることがありますが、やはりグレードが高い胚盤胞のほうが妊娠成立する確率は高いそうです。

ちなみに、筆者が初めて獲得した胚盤胞は「6日目4BC」。体外受精をしている人が聞けば誰でも分かる低グレードです。移植してから毎日、同じような条件で妊娠できた人のSNSを探しては自分を安心させていました。

残念ながらその胚盤胞では妊娠できませんでしたが、結果が出るまでの自分を支えてくれたのは、SNS上の誰かの「低グレードでも妊娠できたよ!」という言葉。不妊治療は周りに相談しにくいことが多い中で、誰かの「大丈夫」という言葉がほしいのはみんな同じなのでしょう。

誰かに諦めさせてほしい……

不妊治療は、勉強や仕事のように真面目に取り組んでいれば結果が出るものではないのがつらいところ。妊娠まであと一歩のところまで行っても、また振り出しに戻ることも珍しくありません。つらい治療を続けるうちに「辞めどき」を求める患者さんもいるといいます。

「『私が妊娠するのはもう無理ですか?』と聞かれる方もいます。これはあくまで私の想像ですが、この質問には“治療の辞めるきっかけを求めている”部分もあるのかもしれないと思います。『もう妊娠するのは無理なので諦めてください』と誰かに言ってほしいのかもしれないと。

症例によりますが、採卵ができれば体外受精の治療は続けることができてしまいます。受精卵が得られる限り妊娠できる可能性はゼロではないので、われわれから“もう妊娠を諦めるべきです”とは言えません。そうすると、患者さんは辞めどきが分からなくなってしまいます。お金ばかりかかってしまい、結果は出ないけど諦めることもできない。そういう意味ではとても残酷な治療だとも思います」

子どもを持ちたいという前向きな希望のはずの不妊治療で苦しまないために「今、私はどうしたいか」を自分自身で確認しながら進めていくことがとても大切だと筆者も思います。

保険適用後も残る、不妊治療の高い壁

不妊治療にかかるのは、精神的・肉体的な負担だけではありません。保険適用での不妊治療には年齢制限と回数制限があることも知っておくべき重要なポイントです。ネット上では「助成金のあった自費診療時代のほうが治療の選択肢が多く治療しやすかった」など、金銭面や治療面で負担が増えたという声もあります。

体外受精に関していえば39歳以下は6回まで、42歳以下は3回までが上限。それ以内で妊娠ができなければ、以降は自費診療になってしまい、体外受精1回につき数十万円以上の高額な治療費がかかってしまいます。

また、保険適用といっても負担がないわけではありません。自費診療では体外授精1回につき70~100万円程度かかったのに対し、保険適用後は1回20万円前後(クリニックや治療方法により異なる)にはなりましたが、全てが1度でうまくいくわけではないため、実際にはそれ以上にかかってしまうことも珍しくないのです。

大事なのは、保険適用の恩恵を十分に受けられるためのルールを理解し、自分にその治療が必要になった時に後悔しないようにすることです。

胚培養士と不妊治療当事者が若い世代に伝えたいこと

ここまで不妊治療現場のリアルをお伝えしてきましたが、多くのカップルが大変な不妊治療にチャレンジするのは「わが子を抱きたい」というシンプルな願いからに他なりません。

ぶらす室長は、「子どもがほしい」という思いをかなえるためには、若いころから妊娠・出産するための知識を持っておくことが必要だと話します。

「私は、不妊治療をせずに子どもを産めることが理想だと思っています。しかし、妊娠できる確率は女性の年齢が進むに連れて下がっていくことが知られています。女性の社会進出や晩婚化は加速すると予想されますので、今後さらに不妊治療を実施する人が増えていく可能性はあると思います。

著名人が高齢でも出産したというニュースが流れることがありますが、たまたまその人が妊娠できたというだけで、自分も同じように妊娠出産に至るとは限りません。『まだ若いから大丈夫』と思わずに、若いうちから妊娠の仕組みや妊娠しやすい年齢について知識として知っておくべきだと思います。例えば、義務教育などに取り入れていき、学生の頃に当たり前の知識として備えておくのも良いでしょう。そのうえで、将来『子どもを持つ』『持たない』ということが選べる社会に変わっていくといいですね」

私たちはこれまで、「いかに妊娠しないようにするか」を学生時代に徹底的に教えられてきました。もちろんそれは自分の体を守ることには欠かせない知識です。しかし「妊娠するための知識」については知らされるタイミングがほとんどなかったのも事実。

現在、政治家や行政が「安心して子どもを産める社会を」ということを叫んでいますが、そもそもの「産むための知識」を得る機会が少ないのはあまりにもアンバランスだと感じてしまいます。

だからこそ、今の10代、20代の女性には「妊娠するための知識」を知っておいてほしいというのが不妊治療当事者としての心からの願いです。

自分の卵巣や子宮の状態はもちろん、年齢自体が出産に大きく影響することを知ることは、「産まない」選択をするにしても必要なことではないでしょうか。「10代、20代で考えるのはまだ早い」ということはありません。ぜひ一度「産むこと」について考えてみてほしいと思います。

話を聞いた人:胚培養士ぶらす室長@不妊治療
現役の胚培養士として不妊治療クリニックで働く傍ら、SNSで不妊治療についての情報を発信している。

この記事を書いた人:マサキ ヨウコ プロフィール
子ども向け雑誌や教育専門誌の編集、ベビー用品メーカーでの広報を経てフリーランス編集・ライターに。子育てや教育のトレンド、夫婦問題、ジェンダーなどを中心に幅広いテーマで取材・執筆を行っている。
(文:マサキ ヨウコ)

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