アニメ映画『ふれる。』で“20歳の青年”を主人公にした意味は? 挑戦的かつ優しい3つのポイントを解説
オールアバウト / 2024年10月4日 20時15分
アニメ映画『ふれる。』は、脚本家・岡田麿里らしい、辛らつのようで実は優しい、コミュニケーションの物語がつづられた作品でした。思春期の少年少女ではない20歳の青年たちを主人公にした意味も含めて、見どころを解説しましょう。(※サムネイル画像出典(C) 2024 FURERU PROJECT)
10月4日より『ふれる。』が公開されます。本作はテレビアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(フジテレビほか、以下『あの花』)の監督である長井龍雪、脚本家の岡田麿里、キャラクターデザインを務める田中将賀のトリオが送り出すオリジナル企画のアニメの第4弾です。
後述するように「攻めている」ほどの特徴を持ちながらも、特に脚本を務めた岡田麿里の資質がストレートに打ち出された青春恋愛劇であり、メッセージはとても優しく、高校生や大学生など、「これから大人になる、今にまさになろうとしている」若者にこそ見てほしいと、心から願える作品でした。
落ち着いたドラマ展開する内容ながら、「4DX」上映の実施にも納得?
『ふれる。』の内容は、基本的に「コミュニケーション」に焦点を当てた落ち着きのあるドラマですが、実写ではなくアニメで描くからこそ意義のあるシーンもあり、終盤には劇場のスクリーンで映える大見せ場もありました。なるほど、座席の振動などの演出が楽しめる「4DX」上映が実施されることにも納得できます。さらに、実写映画版『ちはやふる』でも音楽を担当した横山克と、歌手・Adoによる楽曲『踊』の共同作曲・編曲などで知られるTeddyLoidが手掛けた流麗な音楽に、ぜひ劇場で聞き入ってほしいです。
では、同作の見どころを三つのポイントに分けて解説していきましょう。
1:20歳の幼なじみの青年3人が共同生活をする物語
本作における何よりの特徴は、主人公3人が20歳の青年であることです。高校生の男女を主人公にしたアニメ映画が多い中、その時点で挑戦的な試みですし、実際にその年齢が重要な作品だと思えました。主人公3人は、島で育った幼なじみで親友同士。東京の高田馬場で共同生活を始めています。口数が少なく冷ややかな面もある「秋」はバーでアルバイト、体育会系でややデリカシーに欠ける「諒」は不動産会社の営業職、朗らかなようでコンプレックスが強い「優太」は服飾デザインの専門学校生と、同じ場所に住んでいても、それぞれの性格や立場はバラバラです。シェアハウスをしている状況かつ、生活の中で「仕事(あるいはそれに直結する勉強)」を強く意識していることが、小中学生が主人公のアニメ映画とは異なるポイントです。さらには、後述する通り「少し大人」だからこそ生まれる恋愛や人間関係も物語に大きく関わってくるのです。『映画ドラえもん のび太と空の理想郷』で声優に初挑戦した永瀬廉が繊細な感情を表現しているほか、5月に公開された主演映画『若武者』でも注目を浴びる坂東龍汰が乱暴な“だけじゃない”奥行きを感じさせたり、『仮面ライダーリバイス』の前田拳太郎がかわいらしくもありながら少し危うさを感じさせるなど、実写映画で活躍する俳優それぞれの声質と演技も、「大人のようで大人になりきれていない」役柄にぴったりとハマっているので、それぞれのファンも必見でしょう。2:『きみの色』とは好対照の「言葉で大切な人を傷つけてしまう」作品に
現在も上映中のアニメ映画『きみの色』は、高校生の男女の悩みを示しつつも、それが悪意として表出することはない、「悪い人が1人も出てこない」作品でした。一方で『ふれる。』はその正反対。ひどい言葉をぶつけて大切な人を傷つけてしまう、「ギスギスした関係」がはっきりと描かれる内容になっています。『ふれる。』の物語の発端は、小学校の頃に不思議な生き物の「ふれる」と出会ったことです。そのふれるには「互いの体に触れるだけで心の声が聞こえてくる」という特殊な能力があったため、3人それぞれは「本音で分かり合える」親友同士になります。つまりは、彼らにはギスギスした関係に「なるはずもない」ほどの信頼があった……はずなのです。しかし、3人はとある事態から、誰にでも優しいあまり八方美人な面もある「奈南」と、物事をはっきりと言う姉御肌タイプの「樹里」という、2人の個性的な女性と出会い意識し始めます。さらに、20歳という年齢ならではの、それぞれが将来の道を決めなければいけない葛藤も描かれます。自立が目の前にある「大人」だからこそ生じる戸惑いも関係し、さらには恋愛における「エゴ」も表出して、少しずつ、でも確実に信頼し切っていた関係が崩れてしまいます。
しかも、「ふれる」の能力には、これまでの認識とは違う特徴があることも明らかになり、それもまた関係の悪化につながります。口に出さずとも思いを伝えてくれるファンタジーの存在がいてもなお、言葉で傷つけ合ってしまうコミュニケーション不和は起こり得るという、残酷かつ現実的な視点の物語にもなっているのです。むしろ、「ふれる」という「簡単に心をつなげてくれる」存在がいたことで、3人はその心地よい関係性のままでいられる一方、「出会った子ども時代」「あの時のまま」で、大人になりきれていなかった、とも言えます。
「ふれる」がチョコチョコと小動物のように動き回る様はとても愛らしいですし、なるほどこれは実写ではなくアニメで描く意義を感じることができました。それでいて、ある場面で多くの鋭い「トゲ」が伸びる特徴が、そのままトゲトゲしたコミュニケーションを(それ以外の意味も?)示しているかのようでした。もちろん、『きみの色』と『ふれる。』のどちらかがよくてどちらかが悪い、というわけではありません。どこまでも美しくて優しい世界を描いた『きみの色』と、信頼に満ちた関係性が悪意のある言葉で瓦解(がかい)してしまう『ふれる。』は、物語のアプローチは正反対でありつつも、どちらも現実に存在し得る若者たちのコミュニケーションに対し、誠実に向き合った作品であるのは間違いありません。
3:「秩父三部作」の延長線上にある、脚本家・岡田麿里の到達点
長井龍雪監督×岡田麿里の脚本×田中将賀のキャラクターデザインによるテレビアニメ『あの花』および、アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』と『空の青さを知る人よ』は、いずれも岡田麿里の出身地である埼玉県秩父市を舞台にしており、「秩父三部作」とも銘打たれていました。今回の『ふれる。』では、主人公たちは東京に進出しているわけですが、その「秩父三部作」の延長線上にある作品、またはその集大成、さらには岡田麿里という脚本家の到達点だと思うことができました。
例えば、『あの花』では小学校から高校生までの時間経過がある中で、幽霊の少女の存在をもって、キャラクターそれぞれの「秘めた思い」を示していました。『心が叫びたがってるんだ。』では幼少時のトラウマが影響してしゃべれなくなってしまった少女を通じ、「誰かを傷つけてしまったことへの後悔」を描いていました。『空の青さを知る人よ』では大人と少女、それぞれの視点を介して「(秩父という場所の)内と外それぞれの可能性」を示していました。 脚本家の岡田麿里の経験や心理が、それぞれの作品で確実に反映されていることも重要でしょう。例えば、『あの花』の主人公である引きこもりの少年は、自身も引きこもりだった岡田麿里自身の姿にも重なりますし、そのほかの作品でも岡田麿里は一貫してコミュニケーション不和の物語を、「秘めた思い」や「誰かを深く傷つけてしまったことへの後悔」を含め、ほぼ一貫して描き続けています。
岡田麿里の自伝本『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』(文藝春秋)を読めば、それらがいかに自身の経験に基づくものだったかが分かるでしょう。
今回の『ふれる。』では、主人公3人は20歳という年齢で、仕事や将来の悩みに直面しています。そこにも、コンピューターゲームの専門学校に入るために上京し、脚本家を目指すことになった岡田麿里自身の経験や心理が反映されているのは、ほぼ間違いありません。
『空の青さを知る人よ』で示されていた「外の可能性」を、『ふれる。』ではこれまでの“秩父市”ではなく、東京という具体的な場所で描いているとも解釈できるのです。
さらには、岡田麿里が脚本と監督を務めたアニメ映画『アリスとテレスのまぼろし工場』は「ここ以外のどこにも行けない」閉塞感を、ファンタジー設定とダウナーな心理描写をもってつづった作品でもありました。そんな岡田麿里が長編映画として、『アリスとテレスのまぼろし工場』で描いていた閉塞感を打ち破るかのように、東京という若者にとっての夢と希望がある場所に出て、コミュニケーションなどに悩みつつ、それでも尊い何かはきっとある、という作品を手掛けたことに感慨深さがありますし、一つの到達点を迎えたとも思えるのです。
「直接気持ちを伝える」尊さや意味を伝える優しい作品に
岡田麿里の脚本を形にした長井龍雪監督の言葉は、前述してきた『ふれる。』の攻めた挑戦と特徴と魅力を端的に示しています。「言葉でうまくコミュニケーションできない少年が不思議な力を持つ生き物と出会い、それにより繋がった3人のお話です。
アニメーションで不思議な出来事が起こるのは幼少期や少年期が多いように思いますが、本作は不思議な生き物と共存し、そのまま大人になった青年達の物語。通常だったら主人公になりえない人物にフォーカスしています。
幼い頃と大人になってからの関係性の変化は誰しもが経験するもの。長く一緒にいるとつい相手を分かった気になり発言してしまったりもしますが、ちゃんと相手に直接気持ちを伝えてみよう、そんな風に感じてもらえる作品になっていたらと思います。」
まさにその通りで、『ふれる。』は不思議な生き物と出会ってから大人になった青年3人それぞれの、時には胸が痛くなりそうなギスギスも含めた関係性の変化を描きつつ、それでも「直接気持ちを伝える」尊さや意味を伝える、やはり優しい作品なのです。劇中にファンタジーの生き物がいたとしても、現実のさまざまなコミュニケーションにフィードバックできる、非常に普遍的な物語であるのも間違いありません。1人でも「この映画を見ることができてよかった」と思える人が増えていくことを期待しています。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)
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