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「嫌な記憶を消す方法」はないのか【脳科学者が解説】

オールアバウト / 2024年10月17日 20時45分

「嫌な記憶を消す方法」はないのか【脳科学者が解説】

【脳科学者が解説】震災や事件などによる「つらい記憶」は、それを体験した人を長く苦しめてしまうことがあります。脳科学的なアプローチで、脳のしくみを利用して記憶をコントロールする方法はあるのでしょうか? 分かりやすく解説します。

Q. 脳科学的に「嫌な記憶を消す方法」はないのでしょうか?

Q. 「震災を経験し、非常につらい記憶に悩んでいる方の話を聴きました。精神科や心療内科では、話を聴いてもらえたり、不安定になった心を落ち着けるような薬が処方されているようですが、脳のしくみをつかって、『嫌な記憶を根本的に消す』方法、あるいはやわらげるような方法はないのでしょうか?」

A. 現時点ではありませんが、脳科学の研究が進めば可能になると思います

私たちは誰しも、程度の差はあれど「つらい記憶・嫌な記憶」を持っているものです。そして、嫌な記憶は気にすればするほど、頭に強く残ってしまいます。「つらい記憶・嫌な記憶」は、生きていく上で注意しなくてはならない体験が関連するため、しっかりと脳に残そうとするしくみが働いてしまうからでしょう。

しかし、嫌なことを忘れられないのは、つらいものです。いくら生きるための脳のしくみと言っても、その記憶のために健康的な生活に支障が出るほどのつらさを抱えてしまっては、本末転倒です。

記憶や脳に限らず、体の働きを深く研究すると、必ずと言っていいほど、ある機能を「促進」するしくみと「抑制」するしくみの両方が備わっています。車のアクセルとブレーキのような関係です。体の機能を一定に保つには、正と負のしくみが必要なのです。

ですから、記憶に関しても、記憶を消すようなしくみがあるのではないかと考えられ、最先端の研究テーマの一つになっています。

記憶の形成に中心的役割を果たす「海馬」という脳領域には、神経前駆細胞(※神経になる前段階の細胞)が存在し、大人になっても新しい神経細胞が新生し続けています。

その生理的意義については諸説ありますが、2009年に富山大学などの研究チームがマウスを使って、海馬におけるニューロン新生と恐怖記憶の関係を解析したところ、人為的に神経新生を抑制すると恐怖の記憶が長く残り、逆に適度な運動をさせて神経新生を促すと、海馬から情報が消失しやすくなったという結果が出ました。

つまり、海馬で新しく生まれる神経細胞は、海馬における記憶情報を積極的に消す働きをしているのかもしれません。

また、理化学研究所の研究チームは、マウスを使った実験で、「嫌な記憶」を「楽しい記憶」に変えることに成功したと2014年に報告しました。具体的には、オスのマウスを小部屋に入れ、足に電気ショックを与えると、「この小部屋は怖いところだ」という嫌な記憶が海馬に作られます。

これを記録している細胞を特別な方法で活動させると、そのマウスは嫌な体験の記憶がよみがえり、体をすくませます。しかし、同じ細胞を働かせながら、メスのマウスと一時間ほど一緒に遊ばせてやると、体をすくませなくなったのです。

つまり、同じ出来事に対して、楽しい感情を伴う体験を重ね合わせると、嫌なことが嫌でなくなるということを実証したのです。

ただし、どちらも「海馬」における研究です。海馬は、入力された情報を一時的に蓄えておき、それらを取捨選択した後に、脳の別の場所にある記憶の貯蔵庫(おそらく側頭葉)へと送り出すと考えられています。つまり、海馬ではなく、側頭葉へと送られて一生忘れない記憶となった情報を、人為的に変えることができるかどうかはまだ分かりません。

非常にショッキングな事件や災害の体験から、つらい記憶に苦しめられている方は多くいらっしゃいます。脳研究がさらに進んで、嫌な記憶を消去できる方法が見つかれば、そのような方々を救う治療法の確立にもつながると期待されます。

阿部 和穂プロフィール

薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。
(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))

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