のび太のように「運動神経のない子」を徹底的に見えない化! 運動会の「教育的配慮」はアリかナシか?
オールアバウト / 2024年11月1日 21時45分
昨今の運動会で、足の速さ遅さが「見えない化」されていることが一部で議論になっている。しかし、どちらのシステムを採用したところで、日本の子どもたちの競争心や「やればできる」という気持ちが育まれることはないだろう。その理由を解説する。
子どもを持つ親ならば分かると思うが、実は今、運動会の徒競走では子どもの足の速さ、遅さは分からないことが多い。タイムがほぼ同じくらいで拮抗(きっこう)している子ども同士を走らせるというシステムを導入しているからだ。
このシステム下では例えば、リレーの選手に選ばれるような俊足の子どもが5着になることもある。その逆に『ドラえもん』の“のび太”のように運動神経が悪い子どもがトップになるようなレースもあるのだ。
「無気力な子どもをつくらないため」のシステムだが……
このシステムについて今、一部で議論になっている。「足が速い=モテる」という時代の小中学校を経験してきた世代からすると、これは足の速い子どもの努力や才能が正当に評価されないし、足の遅い子どもにとって「負ける悔しさ」を教えることができない。結果、子どもの競争心が育まれないと主張している。一方、教育関係者などからすれば、このシステムが多く導入されているのは「無気力な子どもをつくらないため」だという。自分よりも圧倒的に足の速い子どもと同じ組だと、「どうせ何をしても無駄」と捨て鉢になってしまう。しかし、このシステムを導入することで、より多くの子どもに「やればできる」という「随伴経験」の機会を設けることができるのだ。
どちらも「なるほど」と思う部分はある。ただ、個人的にはどちらのシステムを採用したところで、日本の子どもたちの競争心や「やればできる」という気持ちが育まれることはないと思っている。
競争心や「やればできる」気持ちを殺す日本の運動会
運動が得意な子も苦手な子も十把(じっぱ)ひとからげにして、本人たちの意志と関係なく競争と努力を強制する「運動会」というシステム自体が、子どもの競争心や「やればできる」という気持ちを殺しているからだ。よく言われることだが、日本のように、子どもを全員参加で走らせたり玉入れで競わせたり、人間ピラミッドをさせたりする「運動会」は珍しい。かつて日本が統治していた韓国、台湾、あるいは近代化を目指す過程で日本を「手本」とした東南アジアなど一部の国だけしか見られない“少数派”の教育スタイルだ。ほとんどの国で教育現場にあるのは「自由参加のスポーツイベント型」、あるいは「運動エリートの競技会」である。
当然、ここまで紹介したような議論も起きない。足の遅い子、運動に興味がない子は、これらの学校行事では応援や観戦にまわる。中にはそもそも参加もせず、その時間は自分の趣味や得意分野に力を注ぐ子もいるのだ。
徒競走を強制するシステムの弊害
ご存じの人も多いだろうが、のび太は「あやとり」がプロ級だ。早撃ちもガンマンに勝つほどの腕前だ。海外の場合、このような子どもは、その分野をさらに磨いてYouTubeに映像を流し世界を目指すとか、同じ趣味を持つ子どもたちとさらにスキルを磨いていく。しかし、日本ではこういう子どもであっても問答無用で運動会に参加させる。そして本番まで来る日も来る日も練習をさせ、挙げ句の果てに教師はさらなる努力ということで、「自主練」を推奨する。この子が本当に好きなことや、才能のあることに費やせる時間を犠牲にしてでも、「みんなと一緒に徒競走をする」ということを強制させるのだ。
こんな押し付けがましい教育をしていて、子どもたちの競争心や「やればできる」という気持ちが育つわけがないではないか。育まれるのは「人間というのはどんな嫌なことでも、不得意なことでもやらなくてはいけない」という社畜会社員のような従順さと、自分が得意なことなんてこの世で生きていく上ではなんの役にも立たないんだなという無力感しかないではないか。
それがこれ以上ないほど残酷な形であらわれている調査がある。日本財団の「18歳意識調査」だ。
「自分には人に誇れる個性がある」で最下位の日本
これはアメリカ、中国、イギリス、韓国、インド、日本の6カ国で、17歳から19歳の1000人にさまざまな質問をしたもので2018年から定期的に行われている。毎回、他の5カ国とは異なる日本の若者特有の傾向が浮かび上がって話題になるのだが、最新の「国や社会に対する意識」もかなり興味深い。まず、「自分には人に誇れる個性がある」と答えた若者の比率だ。人に誇れるというのは、これは自分は負けないという「競争心」もつながる考えであろう。
最も高いのはやはりというか、中国の若者で84.8%、次にインドで83.9%、アメリカ81.1%と続く。いずれも競争心のある若者たちが、国の成長をけん引しているイメージがある国だ。
では、日本はどうかというと最下位で53.5%しかない。韓国の65.6%よりも10ポイント以上も低いのである。
本当に議論すべきは日本の学校のシステム
道徳の時間には『世界に一つだけの花』を読み聞かせ、「個性を伸ばす」と学習指導要綱にも入っている日本で、なぜこんなに没個性の子どもが「量産」されるのかというと、運動会に象徴される「全員強制参加」が多いからだ。個人の意志を殺して、全体秩序を守らせることを叩き込んでおきながら、「人に誇れる個性」もへったくれもないではないか。「やればできる」という気持ちにもつながる「自分の行動で、国や社会を変えられると思う」と答えた若者の比率も中国83.7%、アメリカ65.6%、韓国60.8%というなかで、日本は45.8%とビリである。
これも当たり前だ。自分がやりたいことではなく、学校や教師、親という「みんな」がやらせたいことを、ひたすら強制される小・中・高12年間で、「やればできる」という自己肯定感を身に付けられる若者の方が少ない。
このような日本の子どもの没個性・無気力はずっと続いている。つまり、われわれが議論しなくてはいけないのは、「競争して足の遅さ速さの優劣をつけるべきだ!」「いや、運動神経のない子どもにも“やればできる”を経験させよう」という枝葉の話ではなく、「そもそも運動会に象徴される日本の学校のシステムが問題じゃないか?」ということなのだ。
……と言ったところで、「昔から続いている」というだけでシステムを変えられないのが日本人だ。なんやかんやとそれらしい理屈をつけて続けていくしかない。
足の速さ遅さの「見えない化」も、そんな苦肉の策の1つなのではないか。
この記事の筆者:窪田 順生
テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経てノンフィクションライター。また、報道対策アドバイザーとしても、これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行っている。(文:窪田 順生)
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