「妊婦が女性じゃないなんて」と猛反発も……ウィーンの新「優先席ピクトグラム」が大炎上した背景
オールアバウト / 2024年12月18日 21時25分
オーストリアのウィーン公共交通機関が2024年11月、地下鉄の優先席ピクトグラムを変更したところ大論争に発展。ジェンダーニュートラルな新デザインに対して寄せられた賛否の声とは……?
先月、オーストリアのウィーン公共交通機関が地下鉄車両内の優先席ピクトグラムをジェンダーニュートラルなデザインに変更したところ、同国で大論争が巻き起こりました。
ピクトグラムのデザイン変更が国を揺るがす大論争に
オーストリアの全国紙Der Standard(デア・シュタンダルト)の当該記事には1560件ものコメントが投稿されましたが、これは人口がわずか913万人(2023年統計)の同国にとっては驚くべき反響。総人口がオーストリアの約13倍の日本に単純計算で当てはめれば2万件超のインパクトとなりますが、Yahoo!ニュースでもこれほど多くのコメントを集めるトピックはそうそう見かけないことを考えれば注目度の高さが分かります。話題の優先席ピクトグラムの新旧を比較してみると(いずれも左から)、2007年導入の旧ピクトグラムは、女性の胸の谷間まで描かれています。
①ステッキ・ハンドバッグ・眼鏡姿の老婦人(高齢者)
②視覚障害者の腕章・松葉づえ・眼鏡姿の女性(身体障害者・負傷者)
③幼児連れ・ヒゲ姿の男性(子連れ)
④スカート姿のおなかの大きな女性(妊婦)
対照的に、今回新たに採用されたピクトグラムでは老若男女の特徴を極力排除したジェンダー中立かつユニバーサルなデザインとなっていることがうかがえます。
①子どもを抱いた人間
②ステッキを持った人間
③おなかの大きな人間
④視覚障害者の腕章と杖を持った人間
ピクトグラムに寄せられた賛否のコメント
今回の変更に関しては、「「個性は不要、シンプルで分かりやすい」
「スタイルが時代と共に変化するのは普通」
「誰も排除されないよう、当たり障りのない表現になった」」
と肯定的な声が上がる一方で、人間味のあるデザインに慣れ親しんでいたウィーン市民の中には納得がいかない人も少なくない様子。
「「性別中立と言いながら、男性4人に見える」
「姿勢が良過ぎて老人に見えない」
「この標識は黒人向け? 白人は座れないのか」」
など、画一的なデザインの限界に批判的な意見が多数寄せられたほか、
「「操り人形師、羊飼いかハイカー、ビール腹のハゲおやじ、盲目のゴンドラ船頭(※1)の風刺画か?」
※1:操り人形劇は現在もオーストリアの子どもに人気、羊飼いとハイカーはアルプス国のオーストリアでよく見られる光景、国民1人当たりのビール消費量がヨーロッパ第2位(2021~2022年)、ゴンドラは隣国イタリア名物、という文化的背景から」
というヨーロッパならではのユニークな発想も見られました。このほかにも、
「「グラフィックが簡易化されただけで、なぜこれほど怒る?」
「ジェンダー論争白熱し過ぎ」
「こんなことより戦争やインフレの心配をしたらどうだ」
「税金を投入してまで変更する意味が分からない」」
など、ジェンダー論に無関心な層からの冷めた意見もあり、賛成派・反対派と共に三つどもえを成して、ここでは到底紹介しきれないほど白熱した議論となっていました。
ジェンダー中立の妊婦ピクトグラムはありか?
今回もっとも議論の対象となったのは、妊婦のピクトグラムでしょう。というのも、以前のピクトグラムには描写されていた「ボブヘア・胸のふくらみ・スカート」といった女性らしさが完全に消え去り、おなかが大きいだけの性別不明瞭なデザインとなったからです。これには、
「「妊婦が女性として描かれないことに憤りを感じる」
「女性が社会から排除されていく新たな例」
「男性の姿が再び標準とみなされ、女性が再びそこに含まれるのは原点回帰」」
と猛反発が巻き起こりました。
さらにそれに対して、
「「胸のない妊婦だっている。妊娠中のトランスジェンダー男性(※2)とか」
「胸が大きいことが女性の定義? 小さな人は女性ではないの?」
「胸がないからと言って男性と決めつけるな。ペニスの膨らみも描写されていない」
「スカートが女性の特徴というなら、スコットランド人男性(※3)はどうなんだ」
※2:出生時は女性、性自認は男性の人
※3:スコットランド人男性はスカート状の民族衣装を着用」
と性の先入観に物申す声や、
「「乳房、長髪、スカートといった典型的な女性の要素が取り除かれ、余分な装飾のない、ジェンダーに適した一般形式になっただけ」」
とジェンダー中立を擁護する意見、
「「ジェンダー信奉者はトラブルを欲してやまない」」
とジェンダー論自体への不快感といった反論も相次いでいました。
先行するウィーンのLGBTQピクトグラム「カップル信号機」
ウィーンの代表的なピクトグラムとして想起するのが、2015年の「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」と「ライフ・ボール(命の舞踏会)」の2大イベントを機に誕生した、世界初の「カップル信号機」です。これはレズビアン、ゲイ、ヘテロセクシュアル(異性愛者)の3種類のカップルがそれぞれ赤信号と青信号に描かれたもので、いずれもペアが仲良く手を繋いだり肩を組んだりしているのが印象的です。
この信号機の導入時には、オーストリア代表の「ひげ美女コンチータ」がユーロビジョン・ソング・コンテスト優勝者として世間を席巻していたことや、ライフ・ボールがHIV感染者およびエイズ患者を支援するヨーロッパ最大のチャリティイベントという背景とも相まって、LGBTQ機運がかつてないほど高まっており、「圧倒的に好意的な反響をもって迎え入れられた」と、当時のマリア・ヴァシラコウ副市長は述べています。
それ以前でも、2007年導入のウィーン公共交通機関の優先席ピクトグラムには「幼児連れ女性」に代わり「幼児連れ男性」が新規採用されていましたし、オーストリア航空では20年以上も前から女性の客室乗務員にパンツの制服を用意するなど、その先進的なジェンダー平等性にはかねてより目を見張るものがありました。
そんな多様性にあふれていてリベラルだったはずのウィーンで、新しい優先席ピクトグラムはなぜ大炎上したのでしょうか。
行き過ぎたジェンダー論へのバックラッシュか?
もろもろの意見を吟味したところ、これまで常に進化を遂げてきたウィーンのジェンダー論が、どこまで走ってもゴールが見えないことから一般市民の「ジェンダー論疲れ」に繋がったこと、女性が自分たちの権利を侵されていると危機感を募らせていることなどが原因ではないかと感じています。日本でも昨年からジェンダーフリーの公衆トイレや、トランスジェンダーの公衆浴場利用が大きなテーマになっていると聞きます。誰もが排除されていると感じない快適な社会づくりは、どこの国でも手探り状態にあるようです。
この記事の筆者:ライジンガー 真樹
元CAのスイス在住ライター。日本人にとっては不可思議に映る外国人の言動や、海外から見ると実は面白い国ニッポンにフォーカスしたカルチャーショック解説を中心に執筆。All About「オーストリア」ガイド。(文:ライジンガー 真樹)
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