フランス年金問題「62歳→64歳」に国民怒りのスト。若者が「高学歴で高収入の政治家」に猛抗議するワケ
オールアバウト / 2024年12月23日 21時25分
たびたびニュースになるフランスの年金問題。高齢化が進むフランスでは、62歳だった年金受給開始年齢が64歳に引き上げられたことで、国民の大きな反発を招いています。
フランスは「ストライキの国」だと言われています。確かに、政府が何か「改革」をほのめかせば、国内の各地で抗議活動が起こるのが常。エマニュエル・マクロン大統領が推し進めた「年金改革」に対しては、これまで以上に強い反発がフランス国民の間で巻き起こりました。
年金受給の開始年齢が62歳→64歳に
2017年に就任したマクロン大統領は、年金改革を主要な公約の1つとして掲げ、当選を果たしました。その改革案とは、年金受給の開始年齢を、現行の62歳から64歳に引き上げるというもの。退職年齢を2030年までに段階的に引き上げることで、フランスが抱える年金の財政難を救おうとする狙いがあります。フランスの62歳という受給年齢は、欧州連合(EU)諸国の中でも一番低いものでした。ドイツやベルギーでは65歳、イタリアでは67歳と設定されています。かつてはフランスも65歳と設定されていた時代がありましたが、国民と労働組合が結託してそれを引き下げたという「逆改革」の歴史があります。フランスの人々は、不利な状況に対して声を上げることにまったくためらいがないのです。
「デモ」や「スト」にあの手この手
政府に対するフランス国民の反発は、一部ライフラインを巻き込んだ大規模なものだったと記憶しています。例えばコロナ禍前の2019年暮れには、パリ交通公団(RATP)やフランス国鉄(SNCF)がストライキを起こし、パリの公共交通機関が1カ月以上にわたり“まひ状態”に陥ってしまいました。これはリモートワークが定着する前のことです。電車も地下鉄もバスも動きませんから、通勤には徒歩と自転車を活用するしかありません。また、ストライキは公共交通機関だけでなく、教員や一部の公務員にまで広がりました。当然、子どもたちは学校で学ぶこともできません。
さらに、年金改革が決定した2023年には、パリ市内でゴミ回収作業員による抗議ストが起こっています。当時のパリは本当にゴミだらけ。焼却所も閉鎖され、街にはネズミが大量発生するという深刻な問題が起こりました。
迷惑なストライキも受け入れるフランス国民
日常生活が滞るほどのストライキに、フランス人は何を思うのでしょうか。在住者である筆者が一番驚いたのは、デモやストの規模ではありません。フランス人たちが「彼らにも声を上げる権利がある」と、ストライキを当然のこととして受け入れる姿です。子どもの頃から慣れているとはいえ、不満を口にせず淡々と歩いている彼らを見ると、「フランスはまさに人権の国だ」と改めて感じます。
「お客さまに迷惑がかかる」という日本人の心情とは逆に、「迷惑をかけることで固い意志を示す」フランス人。今回の年金改革は、その決意が過去で最も固かったと言えるでしょう。
年金問題に若者も黙ってはいない
ところがフランス政府は、2023年3月に年金改革の法案を強硬採択してしまいます。そのとき用いられた方法は、フランスでも悪名高い「憲法49条3項」。これは、議会の採決を経ずに法案を成立させることができる憲法で、過去には1993年の財政法案や、公的企業の民営化など重要な法案が採択されてきました。この強行突破がフランス国民の怒りに火を付けたのは言うまでもありません。「民意を踏みにじった」として、フランス全土で100万人規模のデモが行われる事態へと発展したのです(労働組合の発表では250万人)。
当時、フランス人の憤りには本当にすさまじいものがありました。デモが行われたパリの「レピュブリック広場」では、学校の教師や病院の看護師、弁護士、会社員といったありとあらゆる社会人が参加。しかしそこで筆者が目にしたのは、年金問題が身近ではない若者たち、つまりフランスの学生たちが声高らかに抗議する姿です。
コロナ禍から悪化する就職難、住宅難、いまだにはびこる学歴社会と、自らの将来に不安を感じる若者たちは年金問題をきっかけとして、怒りの矛先をマクロン政権そのものに向けました。「高学歴で高収入の政治家に俺らの何が分かる」と、10~20代の学生たちが街頭で大声を上げていたのです。そして抗議は、X(旧Twitter)やTikTokといったSNS上でも止まることがありませんでした。
反発するも、政治へ強い関心が
年金改革を決行したエリザベット・ボルヌ元首相は、それから1年もたたない内に辞任しています。一方でマクロン大統領の支持率は、過去20年で最低水準にまで低下。2024年にはデモが一段落したものの、フランスの首相が1年で3度も交代するなど、年金改革以降の政局は波乱含みです。ただ、2024年夏に行われたフランス総選挙(国民議会議員を決める選挙)では、非常に多くのフランス人が投票に向かいました。選挙は2回にわたって行われ、1回目の投票率は52.5%、2回目の決選投票では66.6%という高い数字を記録しています。その中でも若い世代の投票率が高かったことは、フランスならではの現象と言えるでしょう。彼らは「変わらない将来」を憂うより、「自分たちで変革を」と率先して行動を起こします。
このようにフランス国民の不満は、単なる年金問題にとどまらず、全世代にわたる「将来への不安」に根ざしています。現在はデモもストも落ち着いていますが、社会全体を巻き込んだ複雑な問題だけに、抗議活動が再燃する可能性は否めません。
この記事の筆者:大内 聖子 プロフィール
フランス在住のライター。日本で約10年間美容業界に携わり、インポートランジェリーブティックのバイヤーへ転身。パリ・コレクションへの出張を繰り返し、2018年5月にフランスへ移住。2019年からはフランス語、英語を生かした取材記事を多く手掛け、「パケトラ」「ELEMINIST」「キレイノート」など複数メディアで執筆を行う。
(文:大内 聖子)
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