昭恵夫人はなぜ「日米関係のエモい状況」を作れたのか。石破首相が直視すべき「実力不足」の現実
オールアバウト / 2024年12月23日 20時15分
12月15日(日本時間16日)、安倍昭恵氏がドナルド・トランプ次期大統領夫妻と面会を果たしたことが大きな話題を呼んでいる。昭恵氏が橋渡し役でつなぐ「日米関係」の今後、そして石破首相に求められることは何か。(サムネイル画像出典:メラニア・トランプ氏の公式Xより)
安倍晋三元首相の妻である安倍昭恵氏が、世界で脚光を浴びている。
その理由は12月15日(日本時間16日)に、アメリカ・フロリダ州にあるドナルド・トランプ次期大統領の自宅である「マー・ア・ラゴ」で、トランプ氏の妻・メラニア夫人と面会したことだ。
「首をかしげてる国民は多いと思いますよ」発言も話題に
すると日本では、この昭恵氏の行動に対して、是非の議論が吹き荒れることに。テレビ番組に出演したタレントが「まだ石破さんに会っていない状況で、外務省だったりに言わないで行くっていうのはどうなのかな? って首をかしげてる国民は多いと思いますよ」と発言してSNS上でも大きな話題になっていた。もっとも、ここまで議論になるのは、日本国民が日米関係をかなり気にしていることの表れだろう。そこで今回は、政権発足前からドタバタしている石破茂政権の対米関係について、2025年1月20日にトランプ政権が発足したあとで日米関係がどうなってしまうのか考察してみたい。
メラニア夫人の投稿から「面会」が発覚
まず昭恵氏の面会については、その経緯も内容も、当初は日本政府、外務省、メディアまでもが詳細を把握できないままだった。結局、事後に当事者たちから情報が漏れてきたことで内容が徐々に明らかになった。まずメラニア夫人が、昭恵氏、トランプ氏と一緒に撮影した写真をX(旧Twitter)に掲載。その後には、トランプ氏自身が記者会見でこの面会に言及した。そのやりとりは以下だ。
「記者:昨日、安倍首相夫人と会談されましたが、日本の石破首相はすぐにでも会談したいと言っています。
トランプ:会うよ。実は彼に記念品を送った。首相に本を送った。安倍夫人はファーストレディのメラニアととても親しかった。メラニアが書いた本を気に入り、電話をかけてきて、夕食できるかどうかたずねて......。私は安倍晋三首相ととても親しかった。彼は素晴らしい人物だった。彼の奥さんが夕食を共にできないかと言ってきた。晋三に敬意を表してのことだ。そして、ええ、首相に会いたいし、そうしましょう。実は安倍夫人を通じて、彼に本やほかのものを送った。
記者:就任式までに実現する可能性は?
トランプ:ありえる。日本の首相という立場の人なら重要視しているから。もし彼らがそうしたいなら、そうする。」
石破氏は昭恵氏の面会前から、トランプ氏側と会談をしたいと、日本政府や外務省を通して要請したが断られた経緯がある。にもかかわらず、昭恵氏がこともなげに夕食会を実現したことで、政府筋が面白くないのも理解できる。
昭恵氏はなぜトランプ氏と面会したのか、面会できたのか
帰国後の昭恵氏のX投稿によると、「できれば一言お礼とお祝いを言うためにお会いしたいとお願いしたところ、夕食会にお招きいただきました」という。さらに、都内で講演を行った昭恵氏は、トランプ氏との面会について「いい夕食会だった」と触れるにとどまったが、最後に「私が動くことで、日本のことをよく思ってくれるのであれば、外務大臣などが行かれない地域に、主人が残してくれた足跡をたどって、行けたらいいなと思う」と語った。ただ筆者は、この発言が今回の顛末(てんまつ)の全てを物語っていると思う。
昭恵氏には何も悪気はなく、「純粋に日本のために何ができるのか」という思いがあったらしい。少なくとも、日本の政界に影響を行使したいとか、自民党内における安倍晋三元首相の対抗勢力だった石破首相に恥をかかせたいとか、リベンジしてやろうなどといった思惑はなかっただろう。
トランプ氏は、自身にとっても親しかった安倍氏暗殺の報を受け、事件当時から哀悼のコメントを送っており、今回昭恵氏とフロリダ州で会うまでも、何度か昭恵氏を気遣って個人的に連絡を取ることもあったという。
そんなトランプ氏は今回、さすがに日本政府に対しても気を遣って、先に触れた会見での発言にあるように石破首相へ本(トランプ氏の写真集)を送り、そこに「PEACE(平和)」とのメッセージを添えていた。
トランプ氏は「大人」になった?
そもそもトランプ氏はアメリカ第一主義の姿勢と、予想のつかない突飛な言動で周囲を困惑させる人物ではあるが、例えば、第一次政権時に比べて、明らかにトンデモ発言も減っている。多少「大人になった」と言うべきなのかもしれない。ただ相変わらず、メディアをボロカスに叩く発言は続けており、逆にメディアからは引き続きトランプを叩くネガティブ報道が続いている。筆者としては、4万人以上の死者を出しているイスラエルとその周辺の紛争、さらに、24万人とも言われる死者を出しているロシアによるウクライナ紛争などの状況を見るにつけ、トランプ氏が紛争をすぐに終わらせると宣言していることだけでも、これ以上戦争で多くの人が死ななくて済むのならトランプ氏の手腕に期待したいと考えてしまう。
日本でも「平和主義」を掲げるリベラル層こそトランプ氏を支持すべきではないか。
そんなトランプ氏が糾弾に倒れた友人の妻に、「PEACE」というメッセージを石破首相に向けて託したのだから、石破政権側は素直にその意を汲み取り、昭恵氏にも感謝すべきだ。国会議員や官僚などが、国民のために仕事をしているという意識があるなら、それが普通の反応だと考える。
石破首相が「本音」でトランプ氏と会談しないほうがいい理由
こうした日米間のエモい状況を安倍夫妻が作った状況で、石破政権はどう対応していくのかが今、問われている。石破首相は既に5分だけ、トランプ氏と電話で話をしている。実際には通訳を介しているので、会話部分はさらに短い。石破首相はそのときの感想を聞かれて「これから先、言葉を飾ったり繕ったりするのではなくて、本音で話ができる方だという印象を持った」と述べているが、石破首相に限っては、決して本音でトランプ氏と話をしない方がいいと言える。
なぜなら、石破首相の持論には、「日米地位協定の改訂」と「アジア版NATOの創設」があるからだ。少なくとも、これらについてはトランプ氏に提案すべきでないだろう。前者は、在日米軍の扱いを変えるための提案で、後者は、米軍に頼り切らずに地域で軍事的に協力するという意思表示ととれる。
筆者は先日、アメリカで知日派として知られるマイケル・グリーン元米国家安全保障会議(NSC)アジア部長からこんな意見を聞いた。「もし石破首相が地位協定改訂などの発言をトランプ氏にするなら、トランプ氏は『よし、じゃあ米軍を撤退させよう』と言ってくるかもしれない」
言うまでもないが、今日本から米軍がいなくなれば、日本周辺の懸念国などが日本に攻勢をかけてくるのは想像に難くない。日本政府の指揮で独自に国民を軍事的に守れるとは思えない。もっと言えば、トランプ氏がかつて韓国政府に対してやったように、米軍撤退などをちらつかせてほかの交渉でも強く出てくるかもしれない。
日本とアメリカの橋渡しを果たした昭恵氏
今回の昭恵氏の訪米について、あるメディア関係者は筆者に「昭恵夫人がいなかったら日本にとっての橋渡し的役割の人がいなかったのではと考えると恐ろしくなる」とメッセージをくれた。確かに、安倍元首相と昭恵氏がいなければ、トランプ氏が率いるアメリカとの関係はかなりギクシャクした緊張感のあるものになっていただろう。もちろん馴れ合いになる必要はないが、国益を考えれば、どんな形であっても、最重要な同盟国であるアメリカの大統領には接近しておいた方がいいに決まっている。石破政権はまず現実と実力を直視した方がいい。実力ではトランプ氏には会えなかったのである。ならばほかの誰かに頼るしかない。今後も、トランプ氏とうまく付き合っていくのに昭恵氏などが必要なら、昭恵氏側が許す限り協力してもらえばいい。これが国民のためになるのなら、昭恵氏も協力は惜しまないだろう。
この記事の筆者:山田 敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。
X(旧Twitter): @yamadajour、公式YouTube「スパイチャンネル」
(文:山田 敏弘)
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