不倫のピリオド「思い出」があれば生きていける|12星座連載小説#134~双子座 11話~
ananweb / 2017年8月10日 14時42分
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。
文・脇田尚揮
【12星座 女たちの人生】第134話 ~双子座-11話~
「はい、もしもし」
この声は……、義久さんの声だ。思わず息を呑む。
良かった……。
『あの……私です……』
「……ああ」
『あの……今、どうされていますか?』
「うん、自宅にいる。これからはフリーとしてやっていくつもりだよ」
『二人のこと、知られてしまったの……?』
あえて、“二人”と言う。
向こうで誰かに聞かれているかもしれないから。
「……そうだね」
もうすぐ切れちゃう……急いで100円玉を追加する。心臓がバクバクと音を立てているのが、自分でも分かる。
『もう、会うことはできないんでしょうね……』
「難しいだろうね」
そうか……、難しいのか。
そうだよね、もう会えないよね。
『二人が結びつくようなことって、もうないのかな……?』
「あるかもしれないけど……」
ある……! 可能性はあるんだ……!
「でも、とても苦しい道なんじゃないかな……」
『苦しい道……』
「うん、例えば……“仕事がない中で、数千万円の借金を背負いながら二人一緒に生きていく”とかね」
―――それを聞いて、私の意識の中の何かがパチリと音を立てて入れ替わった。
仮に、数千万円の借金があったとしても、二人に仕事があれば何とか返済しながら生きていくことはできる。
あるいは仕事がなくても、借金さえなければ色んな生き方はあるだろう。
でも、“借金”と“干される”の両方が揃ったら―――
「だから、難しいと思うよ」
私は、それ以上何も言えなかった。自分の人生全てを投げ捨ててまで、添い遂げたいというモチベーションは……、悲しいけど、私にはない。
これが私の限界。これが私の“人間性”なのだと、そこで悟った。
「そういうわけだから……じゃあ、これで……」
『待って!』
今さら、何を言うことがあるのだろう。
何も言うことなんて、ないのに……。
受話器を持つ手が震えている。私はこれまで自分が“損”をするような選択は、一切してこなかった。どんな時も、どんな状況でも。
……そう、小狡い女だったのだ。
だけど……、
「もう、良いんだよ」
『えっ……』
「短い間だったけど、二人は愛し合っていて幸せだった。その事実があれば、また強く生きていけるんじゃないかな」
『………』
「人生は、一瞬の星の輝きみたいなものでさ、忘れられないくらいに大きく光った思い出は、その後の人生も照らしてくれるものなんだって、僕は思う」
『……ううっ……』
嗚咽が漏れる。彼が“最後の言葉”を口にするのが怖い。
「だから、僕たちの輝かしい思い出を忘れなければ、強く生きていけるはずだよ……」
彼は、“私のために”終わらせようとしてくれているのだ―――
「これから二人が別々になったとしても」
最後の選択。
ここで私が「Yes」と言えば、これで終わり。「No」と言えば……
『待ってても良い……ですか……?』
一番狡い選択をした。選択を先延ばしにしたのだ。
「…………」
二人の無言の時間は、刹那のようで永遠にも感じられる。この瞬間、まるで時が止まったかのように。
行き交うサラリーマンたちだけが、時計の針のようにせわしなく時を刻んでいる。
「覚悟……できてる?」
『いいえ』
私の口は、私の意識と連動していないのかもしれない。でも、その時私は、ハッキリと口にした。
「分かった……」
義久さんとの会話が終わる。もう、彼の声が聞けなくなるんだ……。
最後に……最後に、伝えなくちゃ……!
『幸せでした』
「ありがとう」
プツッという音がして、そこで電話は切れた。後には「ツーツー」という電子音が聞こえるだけ。
『私……最低だ……!』
人目もはばからず、電話ボックスの中で泣き崩れる。
これほどまでに、自分を“汚い”と思ったことはない。
彼は最後まで優しくて、私のことを何一つ貶めるようなことを言わなかった。
でも、私は最後まで狡くて……。
―――子供の頃を思う。
キラキラした綺麗な石が目の前にあった。おぼろげな記憶だけど、そこはパワーストーンのお店だったんだろう。
私は、欲しいもの全部を両手の中に収めて、パパに言った。
『これ全部!』
って。
パパは少し困った顔をして、
「しょうがないな……良いよ」
って言ってくれたっけ。
でも、その後、私はつまずいて……
綺麗な石を全部こぼしてしまったのよね。
石たちは、ばら蒔かれて、床の上で散り散りになって……私は泣いちゃった。
結局、それで貰えず終い。
パパが店員さんに、申し訳なさそうにしていて、私がこぼした石を一生懸命拾い集めていた。
欲しいもの全てを、手の中に収めることなんてできないんだ―――
私は、知っていたはずだった。それなのに、またつまずいて、こぼしてしまった……。
喜久さんは、あの時のパパみたいに、今、拾い集めてくれているのだ。私はただ泣いているだけ。
狡い。本当に狡い女―――
まるで風見鶏のようにくるくると。その時の風向きに合わせて、自分をコロコロ変える。
そんな自分が、心底嫌になる。
変わらなければ、ずっとこのまま。そんなの……みっともない。
涙を手で拭って、電話ボックスを出る。一歩一歩足を動かして、会社へと向かう。
彼との……義久さんとの出会いに意味を持たせたい。そうでなかったとしたら、寂しすぎる……。
「思い出があれば、強く生きていける」
彼の最後の言葉が耳にこびりついている。
―――サラリーマンの波は、もう引いていた。
(C) Evgeny Atamanenko / Shutterstock
【今回の主役】
江崎友梨 双子座25歳 アナウンサー
23歳の時にアナウンサーとしてTV局に入社。有名大学出身だが1年浪人している。ハイソサエティな世界に憧れを抱いており、自分を磨く努力も怠らない。現在、同じアナウンサーでもあり、上司である新垣義久と不倫関係にある。当初は踏み台にしようと考えていたが、だんだんと彼に惹かれキャリアと恋の間で、悩み揺れる
(C) Chepko Danil Vitalevich / Shutterstock
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