アニメ「さらざんまい」 熱狂的ファン生む“イクニワールド”とは?
ananweb / 2019年5月25日 20時30分
第一話が放送されるやいなや話題騒然となったアニメ『さらざんまい』。監督の幾原邦彦さんの手によるものです。その魅力をライター・ひらりささんが「イクニワールドの中毒性。」として寄稿してくれました。
幅広い世代に定着した、アニメというエンターテイメント。その中でも、唯一無二の美学をもって熱狂的なファンを生み出してきたのが、“イクニ”の愛称で知られる幾原邦彦監督です。1986年に東映アニメーションに入社し、キャリアはすでに30年以上。アラサー女子なら誰もが熱狂していた『美少女戦士セーラームーン』のシリーズディレクターも務めました。
独立以降は、3本のオリジナルシリーズを制作。かつて自分を救ってくれた“王子様”を目指す少女・天上ウテナが、“薔薇の花嫁”をめぐる決闘に巻き込まれていく『少女革命ウテナ』(1997年)、病弱な妹・高倉陽毬の命を救うため双子の兄弟・冠葉と晶馬が世界の運命を変える“ピングドラム”を求めて奔走する『輪るピングドラム』(2011年)、そして“断絶の壁”で隔てられた世界で生まれたクマとヒトの少女が愛し合う『ユリ熊嵐』(2015年)……と、どれも“イクニワールド”とも言うべきユニークな作品ばかり。
エンタメの役割のひとつは、観客の内面に自己革命をうながすことだと考えている幾原監督。そんな彼が、魅力あるキャラクターの条件として挙げるのは、「間違っている」こと。たしかに、王子様に憧れてお姫様になる……のではなくむしろ自分自身が王子様になろうと男装している天上ウテナを筆頭に、幾原アニメの人物たちは、主人公も、対立するキャラも、画面の端の脇役たちも、それぞれの正義・願いを追求するあまり、「ホントにそれでいいの?」と言いたくなる方向へ突き進みます。共感できない行動ばかりをとる彼らですが、そのがむしゃらさがとてつもない魅力であるのも事実。見守るうちに、視聴者の側も、「善/悪」「大人/子供」「愛すること/愛されること」といったさまざまな“対立”について考え、自分の内面と向き合っていくことになるのです。
もうひとつ見逃せないポイントは、これら個性ゆたかなキャラクター同士の「関係性」が、きわめて多様で、ステレオタイプではない在り方で成り立っていること。『ピングドラム』では中盤、高倉家の両親には大規模なテロにかかわった過去があることが発覚し、さらに3兄妹は全員血のつながりがないことも明らかになります。どうしようもない現実によってバラバラになった3人がそれでももがく姿は、視聴者に「家族を家族たらしめるものは何か」「愛とは何か」という問いを投げかけます。彼らがたどり着いた結末には、さまざまな理由で自分は孤独だと感じている人を、心から勇気づけるメッセージが感じられました。
こうした幾原アニメのメッセージ性が、決して押しつけがましいものにならないのは、キャラクターの魅力はもちろんのこと、それらが、きわめて過剰な演出―幾重にもはりめぐらされたメタファーやギャグ、発想に仰天しつつも癖になる映像・サウンド、演劇的で意味深なセリフの数々―によって構成されているから。『ウテナ』の決闘シーン直前に挿入される“影絵少女”たちの謎めいた寸劇や、『ピングドラム』で毎度唐突に始まる高倉陽毬の“生存戦略”シーン、そして『ユリ熊嵐』の“ユリ承認”シーン……など、幾原アニメの30分間には、「何だかよくわからないが、永遠に見ていたい」と本能的にヘビロテしたくなるシークエンスが盛りだくさん。登場するセリフも、「世界を革命する力を!」「きっと何者にもなれないお前たちに告げる!」といった口上から、「弱肉強食!鮭肉サーモンだ!」といったダジャレまで、やはり何度でも口ずさみたくなる中毒性。そして、その過剰さに魅了されているうちに、潜んでいたメッセージが、予想とは違ったかたちで姿を現してくるのです。作品のテーマや、ディテールに込められた伏線、セリフの意味などを考察し、それぞれの解釈を言い合って盛り上がれるのも、幾原アニメの味わい深さといえるでしょう。
「視聴者の価値観を揺さぶるキャラクター」「ステレオタイプではない関係性」「無限に考察できる過剰な世界観」……など、あらゆる角度から、私たちに驚きと興奮を与えてくれる幾原アニメ。3人の少年がカッパに変身してゾンビと戦う最新作『さらざんまい』にも、これらの醍醐味はしっかりと引き継がれています。各々の願いをかなえるためにゾンビを倒し、“尻子玉”を集める彼らはどこまでもピュアですが、尻子玉を手に入れるたびに“漏洩”される彼らの秘密は、めちゃくちゃに悪。愛する弟を喜ばせるためなら女装も盗みも辞さない矢逆一稀、明らかに反社会勢力な兄を尊敬し仕事を手伝う久慈悠、親友である一稀に恋をしてストーカーに走る陣内燕太……。彼らはそれぞれの「つながり」を純粋に信奉するあまりに、ちょっとずつ道を踏み外しています。
興味深いのは彼ら3人が、これまでの幾原キャラクターに比べると、見た目も性格も、だいぶ“普通の男の子”たちであるということ(カッパになることを除けば……)。そんな彼らが自らの“悪”を悪とも思わず突き進む姿は、少年たちの冒険譚というにはあまりにも繊細で危うく、それが『さらざんまい』に独特の不穏さをもたらしています。カッパやゾンビという“妖怪”の存在を通じて、生/死の曖昧さが暗示されるだけでなく、少年たちの屈託のなさを通じて、私たちが持つ善/悪の境界も溶かされてしまうような予感を感じる、『さらざんまい』。3人の「欲望」と「つながり」の旅は、果たしてどんな終わりにたどり着くのでしょうか? ああじゃないこうじゃないと考察するうちに、イクニワールドの虜になってしまうに違いありません。
ひらりさ ライター。オタク女子ユニット「劇団雌猫」の一員。編著書に『浪費図鑑』『だから私はメイクする』など。ツイッターは@sarirahira
『さらざんまい』 東京・浅草に住む中学2年生の一稀と悠、燕太は謎の生命体・ケッピによってカッパにされてしまう。3人が人間に戻るためにケッピが与えたミッションとは…。フジテレビ“ノイタミナ”ほかにて毎週木曜24:55~放送中!
※『anan』2019年5月29日号より。取材、文・尹 秀姫 ©イクニラッパー/シリコマンダーズ
(by anan編集部)
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