M・ジャクソン、ベートヴェン…トラウマを乗り越え才能開花できた秘密#19
ananweb / 2020年1月12日 21時0分
マイケル・ジャクソン、ブライアン・ウィルソン、ニッキー・ミナージュといったレジェンドと呼ばれる超有名アーティストたち。彼らはみな子ども時代にトラウマになるような体験をしています。心の傷を抱えながら、彼らはいったいどうして多くの人を感動させるような創造性を開花していったのでしょうか。その鍵となる心理状態に入る方法は、なんと約800年前の日本ですでに説かれていました。そこにはうまくいかない日々でも、私たちが最善を尽くすためのヒントがありそうです。
取材、文・土居彩 看板写真・Yumiko Sushitani
【マック・マインドフルネス時代の瞑想探し。「魂ナビ」が欲しい!】vol. 19
ジャジャジャジャーン! このイントロを文字で見るだけで、「『運命』?」とわかりましたか? それほどベートーヴェンが作曲した交響曲第5番はクラシック音楽のなかでも特に有名です。ところがそんな名作を生んだベートヴェンの幼少期は恵まれず、飲んだくれの父親にしばしば殴られていたと言われています。またTIME誌で最も影響力のある100人のひとりに選ばれたラッパーのニッキー・ミナージュも薬物中毒の父親を持ち、母とともに彼の暴力に怯えながら暮らしていたのだそうです。
■ 幼少期のトラウマから芸術を生む鍵、フロー状態。
そんな子ども時代の心の傷を抱えながら、彼らはどうやって多くの人を感動させるような芸術を創造できたのでしょうか。科学者たちがトラウマ的な幼少期を経験した234人のアーティストたちを分析したところ、そこにはフロー(FLOW)という心理状態が鍵を握るようです(1)。フローが辛い実生活から逃れるための別の世界への入り口となり、芸術を生み出すプロセスになったというのです。
彼らに共通していたのは創作の過程で完全に没頭し、我を忘れた状態になっていたということ。これがフロー状態です。フローという心の状態を提唱した心理学者、ミハイ・チクセントミハイ博士によればフローには8つの要素があります。
■ フローに至る8つの条件。
1. タスクに完全に集中している
2. タスクのゴールとそれで得られる報いが明確で、すぐにフィードバックが得られる
3. 時間を超えた感覚(時間が経つのが早かったり、遅かったり感じられる)
4. やっていること自体に報い、やりがいがある
5. ほとんど努力を要しない
6. チャレンジがありつつも自分が持つスキルとの間の絶妙なバランスで行える
7. 行為と意識が溶け込んで一体となり、忘我の境地になる
8. 自分の力でコントロールしているという感じがある
(PositivePsychology.comより抜粋翻訳)
博士によると、人の神経系は毎秒110ビット以上の情報を処理できないといいます。例えば人の話を聞いて理解するには60ビットが必要とか(2)。簡単すぎるタスクに退屈しながら他のことが頭に浮かんでも、逆に難しすぎて110ビットのキャパシティオーバーになってもフロー状態には入れません。
意識が処理できる情報量をフルで扱うような完全没頭状態に入ると、もはや空腹感や痛み、明日への不安、「わたし」という感覚でさえ処理する力が残っていません。そのため、それらを捉えることができなくなります。そこではトラウマを抱えたアーティストたちを苦しめる恥の意識や不安、落ち込みといった否定的な感情も薄れていくのでしょう。
そこでフローは、創造性につながるだけではなく、幸福の鍵であるとも博士は考えています。得意のピアノを弾くなり、友達と夢中で過ごすなり、ジャンガをするなり、没頭できる仕事をするなり、どんな方法でも良いのですが、自分を感じられないほど集中することができるとそれはフロー状態になっています。
■ 800年前の日本で、”フロー”の秘伝は説かれていた。
さてこのフローですが、実は約800年前の日本で「ある方法だと毎日の生活でキープできるよ」と教えた人がいます。鎌倉初期の禅僧 道元禅師です。お寺という狭い空間でたくさんの人たちが共同生活するためには、日常の動作は調和的なものでなければなりません。そこで道元は、顔の洗い方、食事の仕方、布団の敷き方に至るまで細かな作法をしっかりと定めました。
道元が建立した永平寺で修行するお坊さんたちの生活の様子はこちらで少し垣間見ることができますが、そこではひとつひとつの動作に一心に心を傾けるお坊さんたちの姿が見られます。そして彼らが動作と自分が一体となるような完全没頭状態で勤めているのがわかります。
今は効率的であることが良いとされる時代ですよね。1日にどれだけ企画書が書けるとか、電話しながらメールを返して調べ物をしてと、いろいろなことが同時に行える多動力こそが良いとか。でも、もしもそれであなたの心が疲れているとしたら、やることを少し減らしてみてはどうでしょう。そして我を無くすほどひとつの行為に全身全霊で没頭してみませんか。そうすることであのアーティストたちが到達したような創造性の扉が開いて、思わぬ解決法がハッとひらめくかもしれませんよ。
■ 土居彩
編集者。東京の薪割り暮らしを綴るブログ『東京マキワリ日記、ときどき山伏つき。』。株式会社マガジンハウスに14年間勤め、anan編集部、Hanako編集部にて編集者として、広告部ではファッション誌Ginzaのマーケティング&広告営業を務める。’15年8月〜’17年5月、カリフォルニア大学バークレー校心理学部にてダチャー・ケトナー博士の研究室で学ぶ。’18年9月〜’19年1月、7月、ニュー・メキシコ州サンタフェにあるウパヤ禅センターに暮らしながら、ジョアン・ハリファックス師に師事。現在は、書道家・平和活動家、禅研究家の棚橋一晃氏の著書『Painting Peace(平和を描く)』(シャンバラ社)を翻訳中。
参考
(1)Thomson,P.& Jaque.V.S.(2018).Childhood Adversity and the Creative Experience in Adult Professional Performing Artists. frontiers in Psychology.doi:10.3389/fpsyg.2018.00111
(2)https://www.ted.com/talks/mihaly_csikszentmihalyi_flow_the_secret_to_happiness?language=ja#t-1119370
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