前向きじゃなくていい!「幸せを感じられる」簡単な思考法 #20
ananweb / 2020年1月18日 20時20分
嫌な出来事が頭を離れず、クヨクヨ、イライラ。上司は怒り、世の中は暗く、事件にあふれて、将来は不安。目の前の世界が物寒く見えてしまうのはあなたのせいではなく、私たち全員に共通している脳のクセ「ネガティビティ・バイアス」によるものかもしれません。その仕組みと、パチッと簡単一押しで不快気分のスイッチをオフする方法についてお話しします。
取材、文・土居彩 看板写真・Yumiko Sushitani
【マック・マインドフルネス時代の瞑想探し。「魂ナビ」が欲しい!】vol. 20
例えば、通勤中の電車で隣の席に座った人のイヤフォンから音漏れしている。嫌だなぁ。マインドフルネスの練習に、向かいの席でお母さんにかわいらしい声で話しかけている赤ちゃんの声に意識を向けてみよう。…あぁ、やっぱり無理。不快な音漏れのほうにばかり気を取られてしまうのはなぜだろう? ネットのニュースも、ポジティブな記事よりもネガティブな記事に目がいきがちだし……。上司は怒り、今日も世の中は暗く、事件にあふれ、年金にも期待ができない明日の未来が不安だ。
そんなふうに感じる? それは仕方ないことです。だって私たちの脳は、良いことよりも悪いことのほうに影響されやすくできているから。そもそも後ろ向きなんです、私たちの脳って。だから「なんで私ってこんなにクヨクヨしちゃうの」とか「また怒っちゃった」と反省こそはしても、それで自分を責めたりしすぎず安心してください。私たちの心はそのようにクセづいているんです。
■ 暗い現実のほうが目に行く脳のクセ。
このような人生の明るい面よりも暗い面のほうに目がいきやすいという、世界を判断するときの脳のクセ(偏り)のことをネガティビティ・バイアス(後ろ向きバイアス)といいます。
これは生まれつきのものではありません。実は、私たちは生後7か月ぐらいまでは逆に良いことのほうに反応しやすいポジティビティ・バイアス(前向きバイアス)がかかっているんです。生まれたばかりはみんなポリアンナ、つまり善きものを信じる楽観主義者なんですね。6か月から7か月の赤ちゃんの前では、大人が恐ろしい形相や、怒った顔などといったネガティブな表情をするよりも、ハッピーな表情を浮かべたほうが反応しやすいという研究結果もあります(1)。
■ 生後7か月を境に、ハッピー脳が後ろ向きに変わる。
ところが生まれたときはハッピー脳でも、発達にしたがってネガティビティ・バイアスがかかり、私たちは悪いことのほうが反応しやすくなります。生後12か月頃になると、大人が新しいおもちゃの前でネガティブな表情を浮かべるとそのおもちゃに触れようとしなくなります。そのいっぽうで大人がおもちゃの前でハッピーな顔つきをしてみたところで、赤ちゃんの「おもちゃを使ってみたい」という気分は上がらないのだとか(1)。ネガティブさに比べてポジティブさが持つ威力は、もはや生後12か月で薄れてしまうのです。
というのも私たちは死ぬのも、傷つくのも怖い。批判されたら落ち込むし、失敗したら恥ずかしい。だから「危険や苦痛の可能性はいち早く察知して身を守ろう」と学習しながら脳が指令を出すようになっていくからです。つまりネガティビティ・バイアスがかかっていなければ、進化の過程で毒を口にして命を落としたり、猛獣から身を隠すことなく食べられてしまいます。つまりネガティビティ・バイアスは適応機能で、人間にとってなくてはならないものでもあります。
■ ラッキーはスルーされがち。
しかし当然そこにはデメリットがあって、それは目の前の幸せに気づけなくなってしまうということ。例えばこんな研究結果があります。買ったチケットよりも良い席に案内された生徒たちはなんの感謝も表さなかったけれど、悪い席に通された生徒たちはものすごく怒ったというものです。ネガティビティ・バイアスがかかった私たちは約束が破られたときは期待を裏切られて強い怒りを感じるけれど、見込み以上のことをされたところでそれに見合うほどには十分に感謝しないものなのだそう。不運に比べて、ラッキーは無意識のうちにスルーしてしまうのです。世の中のメディアに悪いニュースがあふれているのはなぜでしょう? そのほうが目を引くからです。
またネガティビティ・バイアスは、効果的な学習法を知るための実験結果でもみられました。さて、質問です。答えを間違えるたびにおはじきでいっぱいの瓶から1個ずつおはじきを没収されるか、正解を出すたびに空っぽの瓶におはじきを1個ずつ入れてもらえるかではどちらのほうが、子どもが早く学習すると思いますか? ここまでお読みいただいたら答えは、おわかりですね。そう、没収方式のほうが、生徒たちが早く学んだという結果でした。悲しいかな、恐怖政治には一定の効力があるのですね……。
これらは『悪いことが持つ力:私たちを操る「ネガティブ効果」の仕組みとその取扱説明書 (未邦訳/ The Power of Bad: How the Negativity Effect Rules Us and How We Rule It)』を共著出版した社会心理学者のロイ・ボイメイスター博士とニューヨーク・タイムズのライター、ジョン・ティエーニーさんが語るところです(2)。
■ 陽気な修道女は後ろ向きな修道女より10年も長生き。
ところで今までこの連載でお話ししてきたように、心理学が解き明かした事実とは、私たちがどう物事を見て、どう反応するかで、実際に体験する現実が変わるということ。全米の修道女の人生を60年間、彼女たちの日記から分析し、陽気で明るい修道女は暗い修道女よりも平均で10年間も長生きしたという研究結果もあります(3)。ではどのようにしてこのネガティビティ・バイアスと付き合えば、よりハッピーで健康的にいられるのでしょう。
■ まず、「脳は後ろ向きだ」と自覚しよう。
それは簡単です。私たちにはネガティビティ・バイアスがかかっているとまず自覚することです。えっ、それだけ? はい、無理して前向きな別人格になろうとしてうまく行かずに嫌な気分になるよりも、これがとても大きな一歩になります。「そもそも、後ろ向きにできているんだな」と。
というのも私たちの脳には1千億を超えるニューロン(神経細胞)があります。このニューロン同士が会話をすることで情報が伝達・処理されて、私たちが物事を認識して反応できるようになります。ニューロンが同じ相手同士で何度も同じ会話を繰り返すと、そのパイプが強くなってしっかりした回路ができるようになります。長年連れ添った夫婦が「あ・うん」で会話するようなものです。
ところが「これってネガティビティ・バイアスのせいか(じゃあ、現実ってそうじゃないかも?)」と一呼吸入ることで、今までニューロン同士が会話を始めるために速攻で入っていた電極スイッチにわずかな変化が起きます。何の疑問もなく後ろ向き脳に即レスしていたパターンが揺らぐのです。これが脳のネットワーク全体の反応に、そして結果的には人格に影響が及ぶ可能性だってあります。
■ 最近、夕焼けを見ていますか?
anan編集部に居たころ、常にトップを走る大人気の俳優さんに取材させていただいたことがあります。地位も名誉もお金も私生活の幸せも全て手に入れた彼に「幸せってなんでしょうか」と尋ねました。その答えは、「夕焼けを見て、それをキレイだなと思えること」でした。
サバンナで獲物を追いながら、少しでも油断をしたらライオンに食べられたり、毒性の強い植物に触れて高熱を出すような生活をしていたあの頃なら、このネガティビティ・バイアスのスイッチは常にオンしておく必要があるでしょう。脳はその名残りで私たちを守ろうとしてくれていますが、今はそうではありませんよね。この後ろ向き脳は、助けにならないことも多いのです。そこで、少し視点を変えてみませんか。しかめっ面で足早に闊歩する通りすがりの人の頭上には、美しい夕焼けが広がっているかもしれませんよ。
■ 土居彩
編集者。東京の薪割り暮らしを綴るブログ『東京マキワリ日記、ときどき山伏つき。』。株式会社マガジンハウスに14年間勤め、anan編集部、Hanako編集部にて編集者として、広告部ではファッション誌Ginzaのマーケティング&広告営業を務める。’15年8月〜’17年5月、カリフォルニア大学バークレー校心理学部にてダチャー・ケトナー博士の研究室で学ぶ。’18年9月〜’19年1月、7月、ニュー・メキシコ州サンタフェにあるウパヤ禅センターに暮らしながら、ジョアン・ハリファックス師に師事。現在は、書道家・平和活動家、禅研究家の棚橋一晃氏の著書『Painting Peace(平和を描く)』(シャンバラ社)を翻訳中。
参考
(1)Keltner, D. Oatley, K. & Jenkins, J.M(2014). Understanding Emotions. Danvers, MA: John Wiley & Sons, Inc.
(2)https://greatergood.berkeley.edu/article/item/how_to_overcome_your_brains_fixation_on_bad_things
(3)エレーヌ・フォックス著(2014).脳科学は人格を変えられるか?森内薫訳:文藝春秋
外部リンク
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