中国の名匠が訴える「大国が作り上げた悲劇的な過去」
ananweb / 2020年4月2日 19時0分
人の運命は、自らの意思だけでなく、社会情勢や予期せぬ出来事によっても大きく変わってしまうもの。それでも、悲しみを乗り越え、喜びを味わいながら生きていくのが人生ですが、そんな人間ドラマに迫った珠玉の話題作をご紹介します。それは……。
■ 壮大な感動に包まれる『在りし日の歌』!
【映画、ときどき私】 vol. 301
中国の地方都市にある国有企業の工場で働いていたヤオジュンとリーユン夫婦。大切な一人息子のシンシンとともに、穏やかに暮らしていた。ところがある日、シンシンは川で命を落とし、一家の幸せな日々は突然終わりを告げる。
悲しみに耐えられないヤオジュンとリーユンは、故郷も親しい友たちとも離れて、見知らぬ土地へと移り住むことに。一人っ子政策が進んだ1980年代、経済成長を遂げた1990年代、そして新たな時代を迎えた2010年代と、変化し続ける社会の片隅で生きた夫婦の姿とは……。
本作は、第69回ベルリン国際映画祭で最優秀男優賞と最優秀女優賞をW受賞した注目作。今回は、その快挙を成し遂げたこちらの方に、映画に込めた思いをお話しいただきました。
■ ワン・ シャオシュアイ監督!
今回、監督・脚本・製作を務めているシャオシュアイ監督。本作を含めて、ベルリン国際映画祭では3度の受賞歴を誇り、カンヌ国際映画祭にもたびたび出品されるなど、世界でも高く評価されている中国の名匠です。そこで、作品の背景や自身の経験、そしていまの時代に対する心境などを語っていただきました。
―まずは、なぜいま1980年代から2010年代までの30年を舞台に本作を描こうと思ったのか、きっかけを教えてください。
監督
私は映画で描かれている時代と変化のすべてを経験してきましたが、いまは「中国社会はどこへ向かうのか」「将来はどうなってしまうのか」といった見守るべきことがたくさんあると感じていたからです。と同時に、社会の変化は、創作活動をするうえで私にも影響を与えてきたこと。
特に、私の世代の考えは上の世代の人たちや80年代や90年代当時の社会のものとは違っていたので、自分たちの観点をもとに映画を作るには、これまでもたくさんの障壁や困難がありました。
―監督も激動の30年間を生きるなかで、ご自身の人生を変えた出来事を振り返るとすればどのようなことが挙げられますか?
監督
私たちの世代が30代になったとき。つまり結婚して子どもたちを作るべきと言われている年代になった頃、中国の一人っ子政策下で、私たちは一人しか子どもを作ることができず、その影響は自然と人生観を左右する出来事となりました。それによって、「何人か子どもを産んで、大家族を作ろう」などとは考えなくなったため、私たちはまるで水の中にいる魚のようになったのです。
その過程で、中国人たちは、自身の両親や兄弟姉妹だけでなく、ほかの人々の人生が変化するのを目の当たりにしてきました。職場から解雇された人もいれば、土地を失った農家の人たち、いっぽうで自ら仕事を生み出した人など、いろいろでしたが、すべてはこうした社会の変化によるもの。だからこそ、私は個人に与えたさまざまな影響を映画のなかで見せたいと思いましたし、個人にしっかりと注目することで、社会全体の変化を映し出すことができると考えたのです。
■ 過去による変化は現代にも影響を与えている
―主人公たちは、息子の悲劇だけでなく、時代にも翻弄された人生を送ることになり、いまお話しのあった一人っ子政策も要因のひとつとなっています。監督は、この政策が中国全体に与えた影響をどう受け止めていますか?
監督
中国の一人っ子政策は、人間社会でかつて一度も存在しなかったものですが、1970年代の終わりから2015年まで、中国はこの政策によって大きな影響を受けています。政府がこの国家政策に終止符を打ったとき、今後は同様のことが人間社会で繰り返されるべきではないとさえ思いました。
なぜなら、子どもを産み、家族を作ることは人間社会の基礎であり、人間や動物の自然な営み。それは外部からの力で変えられるべきことではありません。しかし、驚くことに当時は政策によってそれが決められていたのです。
そのときの中国では、経済の発展や金儲けがもっとも重要なことだと思わされていたので、私たちはだんだんと家族の概念に無頓着になり、人々は自然と大家族という伝統的な中国の家族観を捨てて、お金や物質的な追求を強めていました。
そして、すべての社会的資源を1人の子どもに集中して注ぐことが良いと思うようになっていたのです。各家庭のなかに1人しか子どもがいないということが社会全体にもたらす大きな変化については無視されていたので、その変化は現代にまで影響を及ぼしていると思っています。
―そういった国民たちが感じていたさまざまな変化も、主演のワン・ジンチュンさんとヨン・メイさんによる繊細な演技で見事に体現されていました。
監督
そうですね、彼らはこの映画の非常に重要な部分を支えてくれました。もし、2人がいなければ違う映画になっていたでしょう。この作品において、キャスティングがもっとも大きな意味を持っていたと思います。
中国には素晴らしい俳優がたくさんいますが、今回ワン・ジンチュンとヨン・メイを選んだのは、彼らが私の頭のなかにある伝統的で優しい心を持った中国人像にとても近かったから。しかも、私たちは同世代で、改革から現在の開放までのほとんどすべてをともに経験していたというのもありました。
そのため、過剰な演技や技術によってではなく、それぞれの俳優が自分自身の人生から考えや感情、経験を持ち出すことができたのです。映画のなかで彼らはただ生きてくれましたし、すべての経験や感情はすでに彼らの血のなかにありました。おそらく、純粋に演技だけでここまで自然なレベルに達することは難しかったと思います。
■ 中国と日本はもっと協力し合うべき
―時代はついに2020年代へと突入しましたが、監督がこれからに期待していることがあれば、教えてください。
監督
2020年は始まったばかりにもかかわらず、私たちはいま世界中で多くの深刻な問題に直面しています。重大な影響を受けるなかで、今後の発展などについて考えなくてはいけませんが、そのなかでも私が話し合いたいのは人生観についてです。
「どのような人生を送りたいのか?」「お金だけがすべてなのか?」「私たちは精神世界に注意を払う必要があるのではないか?」「文化的な生活が必要なのではないのか?」「政治に関心を持つべきではないのか?」といったことを考えるべきだと思っています。
政治に興味を持ちさえすれば、私たちが生きた時代がどのように変化したのかを知ることができ、それに対処できるかもしれません。特に中国では、政治はどんなときも私たちとともにあり、発展は政策と政治次第といえるほどですから。ただし、政府も政策をもっと明確にし、人々が接点を持てるようにすべきだと感じています。透明化することで、人々は知る権利をより享受することができるはずなのです。
―それでは、最後に日本の観客へ向けてメッセージをお願いします。
監督
現在、中国でも多くの若者たちは日本に親近感を持ち、日本のことが好きですが、経済や文化的な発展だけでなく、私たちにとって大切なのは学ぶことです。映画に関しても、日本には非常に素晴らしい時代があったので、私も多くの日本映画を観てきました。その点においても、日本は歴史と経験がある国だと思っています。
中国と日本には多くの類似点があると感じているので、私たちはもっとコミュニケーションを取り、協力すべきなのかもしれません。だからこそ、日本のみなさんには『在りし日の歌』で描かれている庶民の視点から、さまざまな経験に直面した中国人の家族の感情や実際の生活に触れていただけたらと思います。これこそが、私たちがお互いに理解し合うべきことでもあるからです。
そして、願っているのは、中国の山々や水辺といった中国の美しい景色だけでなく、閉ざされた扉の向こうの人々の暮らしや人生を見てもらうこと。特に、日本のみなさんには、何が彼らの人生や運命、感情に影響を与えたのかを見て、感じ取っていただけたらと思っています。
■ 人間の機微に触れられる傑作!
時代の“波”に飲み込まれながらも、手を取り合って歩き続け、懸命に生きた夫婦の姿を描いた本作。変化し続ける社会のなかでも、変わることのない家族の絆や友情に、心の奥深くから込み上げる思いを感じるはず。激動の時期を迎えているいまだからこそ、映画でしか味わえない感動に浸ってみては?
■ 胸を打つ予告編はこちら!
■ 作品情報
『在りし日の歌』
4月3日(金)より角川シネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー!
配給:ビターズ・エンド
© Dongchun Films Production
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