想像を絶する金メダルへの戦い。華麗な新体操界の裏側に迫る
ananweb / 2020年6月24日 19時0分
「東京2020オリンピック」は、来年の7月に開催されることが予定されていますが、出場を目指す選手のなかには、複雑な思いを抱えている人も多いはず。通常では想像できないほど、肉体的にも精神的にも過酷なトレーニングを積み重ねているスポーツ選手たちの実情に深く切り込んだ注目のドキュメンタリーをご紹介します。それは……。
■ 『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』
【映画、ときどき私】 vol. 306
“新体操王国”と呼ばれるロシアで代表選手として活躍し、リタの愛称で呼ばれるマルガリータ・マムーン。オリンピックに向けて、鬼コーチたちからは厳しい言葉を浴びせられ、過酷な練習に身を投じていた。なかでも、一切の妥協を許さないのは、ロシアでも伝説的な指導者とされ、数多くの金メダリストを輩出してきたヘッドコーチのイリーナ。
金メダルを目指すリタは、イリーナから指導を受けていたが、それは想像を絶するような厳しい内容だった。これまでベールに包まれていたロシア新体操界の実態が、いま明らかとなる……。
オリンピック種目のなかでも、人気の高い競技のひとつといえば新体操。華やかで美しい演技には、誰もが魅了されてしまいますが、その舞台裏に密着しているのが本作です。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。
■ ポーランドのマルタ・プルス監督
ポーランド出身のプルス監督は、米エンタテインメント業界紙Varietyで「注目すべき10人のヨーロッパ人」にも選出されたほどの俊英。子どもの頃に新体操クラブに所属していた経験もあり、新体操というテーマを取り上げています。撮影中の苦労や印象的なエピソードなどについて、語っていただきました。
―本作は出演者を説得するのがかなり大変だったということですが、どのくらいの時間を費やしたのでしょうか?
監督
まず、許可を得るまでかかった時間は3年。リタとコーチのアミーナは、このプロジェクトに最初から興味を持ってくれていたので問題なかったのですが、そこで立ちはだかっていたのは、ヘッドコーチのイリーナでした。つまり、彼女の許可を取るのにかかった時間が3年、ということですね。
―それほど交渉が難航するなかで、最終的に受け入れられた理由は何だと思いますか?
監督
それは、私が決して屈しない断固たる思いを持っていたからではないでしょうか。イリーナは何度もダメだと言いましたが、私は聞こえていない振りをして、彼女と会えそうな場所ならほかの国にまで追いかけていったほど。そういった絶対にあきらめない気持ちが、イリーナを説得したんだと思います。
―ちなみに、その粘り強さは子ども時代に新体操を習うなかで培ったものでしょうか?
監督
確かに、厳しい練習に7年間取り組んできたので、それが影響しているのかもしれませんね。それは撮影が終わってから気がついたことですが、自分のなかに眠っていた頑固さを発見して私自身がびっくりしたくらいです(笑)。
■ もっと残酷で受け入れがたい世界だと思っていた
―なるほど。では、遠くから見ていた彼女たちと実際に行動をともにするようになってから、衝撃を受けたことはありましたか?
監督
外から見ていたときは、もっと残酷で受け入れ難い世界だと思っていましたが、間近で見てみたら、それほど悪くはないのではないかと感じるようになりました。なぜなら、選手たちは、物質的にも肉体的にもつねに安全な状況に置かれていることがわかったからです。
とはいえ、コーチたちから浴びせられる言葉による心理的な抑圧感はあるとは思いますが……。でも、彼女たちは意外とそのことを気にしておらず、受け入れていたので、それには驚かされました。
―イリーナの指導方法はかなり強烈に感じましたが、ロシアでも彼女のような存在は珍しいのでしょうか?
監督
あくまでも私はスポーツの専門家ではなく、ロシアの新体操界について知っているだけであるということを前提に聞いていただきたいのと、私の想像も含めた印象ですが、イリーナはロシアのなかでも例外的な人で、彼女ひとりがロシアの新体操界を牛耳っているように見えました。
ただ、現在の新体操界において、ロシアは世界的な勝利を収めているので、ほかの国でもイリーナ的な方法が繰り返されている可能性はありますね。
―正直言って、いまの日本であれだけの発言をするとパワハラ問題として取り上げられかねないと思うほどでした。監督自身は、イリーナさんの指導方法は有効だと感じましたか?
監督
もし私がイリーナの方法を受け入れていたとすれば、この映画は作らなかったでしょう。つまり、反対の気持ちがあったということですが、同時に完全に反対という立場でもありません。というのも、私は観客に対して、一義的な答えを出したくないという思いがあるからです。
■ 撮影中に追い出されそうになったこともあった
―監督は選手の立場として、あれほど厳しい指導を受けた経験はありましたか?
監督
私が習っていたトレーナーは全然違うタイプでしたし、プロを目指すようなレベルではなかったので、あそこまでのつらい経験は味わうことはありませんでした。ただ、将来もし私に子どもができたとしたら、イリーナのようなコーチのもとで習わせるのは嫌ですね(笑)。
とはいえ、イリーナの教え方に対しては、「なぜ、あそこまですごい成功を収めることができるのか?」というある種の称賛もあります。実際、私は撮影後に「もしこれがイリーナではなくて、ほかの方法論を持ったコーチだったら、あれほどの結果を出せただろうか?」と考えたほど。いまでもその答えはわかりません。
―確かに、そこに関しては賛否両論あると思います。映画では「ここまで映していいんだろうか?」と思うような場面もありましたが、撮影を止められたことはありませんでしたか?
監督
「出来上がった作品はイリーナが最初に観る」という契約だったおかげで、撮影を止められたことはほとんどなかったですね。とはいえ、100日間の撮影期間において、実は2回だけ止められたことがありました。1回目は私たちがリタ以外の選手を撮っていたとき。そして、2回目は撮影を始めたばかりの頃に、撮影がリタに悪影響を及ぼすのではないかとイリーナが恐れていたときです。
彼女が出場していた競技会がすごく重要なものだったので、カメラがいることで注意力が散漫になってしまうのではないかという心配があり、私とスタッフは追い出されそうになりました。でも、それ以外は大丈夫でしたね。
■ 人間の一面だけを誇張する映画にはしたくない
―ちなみに、イリーナさんの素顔や別の顔を見たことは?
監督
実は、私も彼女の“別の顔”を探そうとしたんですが、結論から言うと、それを見つけることはできませんでした。なぜなら、イリーナは私たちを一度も家に呼んでくれることはありませんでしたし、家族と一緒にいるところも見せてくれなかったからです。
ただ、私は最初の段階から人間の一面だけを映し出し、誇張するような映画にはしたくないと思っていました。つまり、彼女を悪魔のような真っ黒い性格の人間であるようには見せたくなかったのです。
映画のなかでリタがいい演技をして勝利を収めたときには、イリーナが彼女を優しく抱きしめている様子が映し出されていますが、そこで彼女の多面性を表すことができたと思っています。
―とはいえ、完成した映画を観たときのイリーナさんは、どのような反応でしたか?
監督
最初は、彼女自身が選手たちをののしるような言葉を発していた場面で映像を止めさせ、過激な表現には、「ピー」の音をかぶせたらどうか、と提案してきたこともありました。
でも、観終わったときに彼女は「この映画は素晴らしい。ロシアでも上映会をしましょう」とまで言い出すほどでしたね。なぜなら、「これだけの成功を収めたんだから、これは私の指導方法が最良であることの証明になる映画だ」と彼女が感じたからだと思います。
上映中の彼女の様子を横で見ていたら、自分が厳しく指導している様子を見て、満足そうにうなずいていたほどですよ(笑)。
■ この映画を感情的に体験してほしい
―さすがイリーナさんですね。リタさんの感想はいかがでしたか?
監督
彼女は、この映画を観ながら感動で泣いていましたし、「素晴らしい映画を撮ってくれてありがとう」と言ってくれました。
そこには2つの理由があって、まずは亡くなったお父さんの最後の姿が映されていたということ。そして、体操をしていたときには自分の演技にだけ集中していたこともあって、周りで何が起きているのか気がついていなかったけれど、この映画によってそれを知ることができたからということでした。
自分の経験を客観的に見ることで、自分が何をしていたのかがようやくわかった、とも言っていましたね。彼女はすでに引退していますが、いまでもこの映画を時々観ては自分がやっていたことは正しかったのだと感じているそうです。
―それでは最後に、日本の観客へ向けてメッセージをお願いします。
監督
私が重要だと感じていることは、すべて映画に込めたつもりですが、私がみなさんに期待することといえば、この映画を感情的に体験していただきたいということ。そして、それをきっかけに人生についても考えてほしいと思っています。
■ 華麗な世界の光と影を垣間見る!
本作で体感できるのは、オリンピックでアスリートたちが感じている重圧や、栄光の裏に隠された限界を超える過酷さ。その熾烈さには衝撃が走り、ときには背筋がゾッとするような場面もあるものの、人間の持つ強さや美しさも改めて感じられるはず。来年のオリンピックを迎える前に、観ておきたい1本です。
■ 驚愕の予告編はこちら!
■ 作品情報
『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』
6月26日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリー他、全国ロードショー!
配給:トレノバ、ノーム
©Telemark, 2018
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