不安な心がスッと整う…今お家で読みたい「本とその名言たち」 #35
ananweb / 2020年5月6日 20時10分
みんなで協力して家にこもるSTAY HOME期間が延長されました。最適な行動を取るために、今は自分と向き合って心や体のメッセージを感じながら、自分軸をしっかりさせる大切な時間。毎日のニュースやSNSで現状を把握することは大切ですが、それに振り回されすぎると、心のバランスも意識の方向性も崩れます。そこで今回は、非日常的な世界の中で心がスッと整い、本質を見抜く力を養ってくれる3冊の本&絵本をそのメッセージとともにご紹介します。
文・土居彩
【マック・マインドフルネス時代の瞑想探し。「魂ナビ」が欲しい!】vol. 35
マインドフルネスを欧米に広めた禅僧のティク・ナット・ハン師は、私たちが消費したものが私たちを形作っていくと言います。それは食べたものが私たちの血となり肉となるように、目にしたもの、読んだ情報も私たちの意識の奥深くに沈み、私たちを作るということです。そこで取り入れたり、発信する情報も「何が自分の栄養になるのか」と深く意識しながら、できるだけ力や喜びになっていくものと関わりましょう。
自分に対して健やかな栄養を与えることは、自分だけではなく全ての人の栄養にもなるというのは、心理学者ユングが考える集合的意識という考えです。
例えば、長野県で出土した縄文時代中期の土偶「縄文のヴィーナス」とシュメールの女神「イシュタル」像の姿は大変似ています。遠く離れた地で文化交流もなかったような時代に、人々がこのような女神のイメージを共有していたことは、民族や国、文化の境界線も超えて、私たち全員がアクセスできる共有の無意識、考え方や行動様式があるという現れです。つまり、集合的無意識の健康な種に水をやるような、心の栄養になる情報を取り入れることは、自分の心を整えるだけではなく、全体の心を整えるためにもとても大切なこと。それは私たちがパニックに陥らず、自分と社会全体の幸せに繋がります。そんなふうに心を整え、豊かな気持ちを感じさせてくれる3冊の本とその中の言葉が以下です。
■ 1冊目 『まがったキュウリ』
戦争、娘は自殺、妻は滅多刺しに。アメリカに禅を伝えた激動の一生。
あなたたちが特殊なもの、頼りにできると考えられる何かに依存する限り、独力で進んで行く十分な強さは持ち得ないでしょう。あなたたちは自分の道を見つけ出すことは不可能です。それ故、まず自分を知りいかなる標識も情報もなしに生きる強さを持たねばなりません——これが最も重要な点です。そこには真実があるとあなたたちは言います。しかしたくさんの真実があり得るのです。問題は、どの道をいくべきか、ということではありません。もし一つの方向に行くことだけを心がけ、あるいは常に標識に依存するならば、自分自身の道を見つけられないでしょう。最良の方法は、種々の標識を読みとる目を持つことです。
ー『まがったキュウリ 鈴木俊隆の生涯と禅の教え』ディヴィッド・チャドウィック著 浅岡定義訳 藤田一照完訳(サンガ)より
昨日までの考えや生き方が通用しない激動のとき、過酷な状況を生きた先人の人生に触れることは、大きなヒントになります。『まがったキュウリ』はカリフォルニアに渡ってサンフランシスコ禅センターを建てた鈴木俊隆老師の伝記です。老師は、故スティーブジョブズにも大きな影響を与え、サンフランシスコ禅センターのひとつタサハラ禅センターでも修行しました。写真はタサハラ禅センターにある老師のお墓へ向かう道です。
彼がアメリカに渡って奮闘しながら禅の教えを広めていくその過程も感銘を受けるものですが、私が最も息を飲んだのは敗戦後に満州から命からがら友人の息子を連れて帰国するときのエピソード。先の言葉はその体験から得た、老師の学びです。
満州から乗った船が目的地日本まで行かずに韓国北部で降ろされ、戦争中に他国に酷いことも行ってきた日本人なので、いつここで殺されてしまうかもわかりません。しかも港には「切符は販売しない。日本に行く船はない」と書かれた掲示板が貼られ、友人の息子を預かりながらの絶体絶命のピンチです。
ところが老師はこれに落胆せず、私には「切符は販売します。日本行きの船はあります」と読めると、毎日波止場まで通いました。そしてある日「これだ」と直感した船の船長を呼び止めて交渉し、乗船許可を取って、友人の息子を連れて無事に博多港のそばに到着。港からの列車では途中3回空襲を受けながら、命からがら静岡に到着します。
帰国してしばらくすると、寺に出入りしていた精神薄弱者に妻を滅多刺しにされ、殺害されてしまいます。アメリカに渡って禅を広めていると、母が殺されたショックから回復することなく娘が精神病院で自殺します。「どうして仏の道をひたむきに生きる老師にこんな悲劇ばかり起きるのか」と理不尽に感じるような悲劇がたくさん起きます。私だったらとてもじゃないけど、こんな酷いこと続きじゃ乗り切れません。
先の文にある、壮絶な人生の中で老師が得たこの悟りは、人生の方向を「絶対ここから北じゃないと向かえない」ではなく、「今は東に行って、次は少し南、まっすぐじゃないけど、最終的に北を目指す」という柔軟性と正しいコンパス(在り方)を持つことの大切さ。また「絶対北だと思っていたけど、実はちょっと南でも肌に合うのかもしれない」と自分の正しさにとらわれすぎないこと。老師の生き方は、全てを自分の思い通りにしたいと苦しまず、人生を的確に捉える力の必要性を教えてくれます。
鈴木老師が敬愛した13世紀の禅僧 道元を生きた人として、他に江戸時代後期の僧侶、良寛が挙げられます。その人生を彼の歌とともに描いた一冊が以下です。良寛もまた、人も自分も全てを許し、受け容れるという生き方を貫いた人です。
■ 2冊目 『風の良寛』
全てを許し、無一文で自由に生きた良寛。
良寛の時代の人々は、自然に対してはまずそれを受け入れることを考えたのであった。自然を受け入れ、堪えがたくも堪え、自然と融和して生きる。良寛という人はそれを哲学として原理化していたのだ。
ー『風の良寛』中野孝次著(集英社)より
良寛は、僧侶であり、歌人、書道家です。元々は出雲崎の名手の家の生まれですが、その立場を棄てて出家し、生涯寺も伴侶も持たず、扉も無いような粗末な草庵で暮らした乞食僧です。托鉢がなければ白湯でしのぎ、余るときは乞食や鳥獣に分かち与えるというその日暮らし。彼は書や歌の名手なので、その気さえあれば裕福な地主たちの世話になれたでしょうが、着物や食物を贈られても余分なものは全部返してしまうような、清貧生活を貫いた人です。
名利にとらわれない良寛ですが、塩焚き小屋を借りていたころ、小屋の火事が罪のない彼のせいだと疑われ、村民に生き埋めにされそうになります。そんなピンチのときも、自己弁護を一切せずに、良寛はただ黙って暴力に耐えていたそうです。また、地元の子どもたちと鞠つきをして「成人の僧侶らしくない」と蔑まれても反論せず、ただ申し訳なさそうに首を垂れるばかり。良寛は、自分と全く違う価値観を持つ人の存在も、自分のことも丸ごと認めているのです。
彼は外側のものには生きず、心の平安、自己充足のための生き方を重視しました。世間一般で価値があるとされる生産効率を上げたり、収益を増やすことよりも、ボロボロの草庵で過ごす厳しい冬に訪れた春を心から祝ったり、鳥の声に耳を傾けたりと、自分の魂と自然との一体化のなかで、深い命の源泉を感じながら生きました。
良寛が愛した厳しくも豊かな自然。その受け入れてただ与え続けるという生きざまを、一本の木から触れられる本があります。
■ 3冊目 『おおきな木』
どこまでも与え、生命力や豊かさ、喜びにある木の生きざま。
そこで おとこは えだを きりはらい じぶんの いえを たてるため みんな もっていって しまった。きは それで うれしかった。
ー『おおきな木』シェル・シルヴァスタイン作・絵 本田錦一郎訳(篠崎書林)
男が少年、青年、老人と成長していく過程で、木はただただ男の幸せを願って、冠を作るための葉、よじ登るための幹、恋人と愛を語らうための木陰、売ってお金にするための美味しいりんご、家を建てるための枝、ついには旅に向かう男の舟のためにと身を投げ出して、その幹を与えます。自分の命を削ってまで、男の幸せを一心に願った木からは母性愛を見ますが、それで木は幸せだったのでしょうか? では読み手であるあなたの幸せとは何でしょう? そんな問いかけの余韻を残しながら、与え続ける木から、鈴木俊隆や良寛が実践しようとした無私の愛による大きな力と豊かさを感じて心が洗われる一冊です。
■ 土居彩
編集者。東京の薪割り暮らしをイラストとともに綴るブログ『東京マキワリ日記、ときどき山伏つき。』。株式会社マガジンハウスに14年間勤務し、anan編集部に所属。退職後に渡米しカリフォルニア大学バークレー校心理学部ダチャー・ケトナー博士の研究室で学ぶ。その後2年間のハウスフリー生活を行って、ウパヤ禅センターやタサハラ禅センター、エサレン研究所などで暮らす。現在は帰国し、書道家・平和活動家、禅研究家の棚橋一晃氏の著書『Painting Peace(平和を描く)』(シャンバラ社)、芸術家で社会活動家の小田まゆみ氏の『Sarasvati’s Gift』(シャンバラ社)を翻訳中。
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