難民から王者へ…強制送還の危機から逃れるために少年が起こした奇跡の実話
ananweb / 2020年8月13日 19時40分
現在、空前の将棋ブームが巻き起こっていますが、同じく“盤上の格闘技”と言われている競技といえばチェス。そこで、フランスのチェス界を賑わせたある天才少年の波乱の人生を映画化した注目作をご紹介します。
■ 感動の実話『ファヒム パリが⾒た奇跡』
【映画、ときどき私】 vol. 318
政変が続くバングラデシュに暮らしていたファヒムは、身の危険を感じ、父親と一緒にフランスのパリへと脱出をする。わずか8歳にして、母親と離れ離れになってしまうだけでなく、言葉も文化も違う異国で、さまざまな困難に見舞われることに。
そんななか、母国で“チェスの天才”と呼ばれていたファヒムは、フランスでもトップコーチのシルヴァンと出会う。国籍も年齢も超えてぶつかり合っていた2人だったが、いつしか信頼関係で結ばれていた。ところが、父親が強制送還の危機にさらされ、姿を消してしまう。その問題を解決する唯一の方法は、ファヒムがフランス王者になることだった……。
1人の少年の実話をもとに映画化された本作は、本国フランスでも多くの観客の心を捉えた話題作。今回は、本作を手掛けたこちらの方にお話をうかがいました。
■ ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル監督
もともとは俳優としても活躍しているピエール監督。これまでは、コメディを中心に制作してきたこともあり、実話ものに挑戦するのは初となります。そこで、完成までの心境や舞台裏などについて語っていただきました。
―本作は、監督がテレビでファヒムくんのインタビューを見たことがきっかけだったそうですが、実際に会ったときはどのような印象を受けましたか?
監督
テレビで見たあと、実際に会ったのは2014年のフランス選手権のとき。最初は彼がチェスを戦っている様子を客席から見ていましたが、とてもエモーショナルな感動を覚えた瞬間でしたし、彼の姿からはインスピレーションを受けました。
―そのときに、映画化のお話もすぐにされたんでしょうか?
監督
はい、そうです。でも、「君の映画を作りたいんだ」とファヒムに伝えると、彼はすごく恐縮していました。なぜなら、私はフランスでは喜劇の作品を作る監督として知られているので、そんな私がある意味“悲劇”のような物語を映画にしたいと言ったことに対して驚いていたのです。そのいっぽうで、彼のコーチは、「とてもエキサイティングなことだ!」と言って、すごく興奮していましたけどね(笑)。
―脚本を作り上げていくなかで、ファヒムくんから意見をもらうこともありましたか?
監督
自伝を脚色する作品だったので、今回は脚本を書くたびにファヒムに読んでもらって許可を得るという形を取りました。映画としておもしろくするために、どうしてもフィクションの要素も入れなければならなかったのですが、ときには彼が気に入らないこともあったので、そこが難しかった部分ですね。ただ、僕としては本人のことを裏切りたくなかったので、心がけていたのはきちんと話し合いをすること。なので、2人で一緒に協力をして作業を進めていきました。
それから、ラストシーンに関してですが、脚本の第一稿の段階でフランスにファヒムの家族が到着するところまでを描きたいと伝えましたが、その時点で彼はまだお母さんには会えていませんでした。でも、せめてフィクションの世界では家族が再会するところで終わりたい、という思いがあったんです。そうしたら、その数か月後、なんと本当にお母さんがフランスに来ることに。まるで魔法のような話なんですが、脚本が彼の現実を裏切らずにその通りになった瞬間でしたね。
■ 物語に真心を持って語ることが大事だと気がついた
―ステキなエピソードですね。ただ、監督はこの映画を作る資格があると自信を持てるようになるまで時間が必要だったとそうですが、なぜですか?
監督
僕は90年代の末に非常にシュールな喜劇集団に属していたこともあり、映画の世界に移っても、演じるのも監督するのも喜劇のものばかりでした。なので、それとはまったく違う作品を作る資格が自分にあるのか、ということを当初は悩んでいたんです。
―その後、自信を与えてくれたものは何ですか?
監督
それは、シルヴァン役のジェラール・ドパルデューがイエスと言ってくれたときですね(笑)。今回は彼のエージェントが気に入ってくれたこともあって、すぐドパルデューに脚本を渡してくれたんですが、なんと彼は脚本を手にした24時間後には、イエスの返事をくれたんです。そのことが、僕に“翼”を授けてくれることとなりました。
そのあと、自分で気がついたこととしては、ファヒムの物語を映画にするうえで、ジャンルは関係ないんだということ。確かに自分はコメディの出身だけど、物語に真心を持ち、真摯な気持ちで語ることのほうが大事なんだとわかってからは、リラックスして取り組むことができました。
―いろいろな意味で、ご自身にとって挑戦的な作品だったと思いますが、完成まで一番大変だったことを挙げるとすれば?
監督
一番難しかったのは、素人を俳優として起用したことですね。今回は、子役だけでなく、お父さんの役もストリートキャスティングで選びましたが、彼らもファヒムたちと同じような経験をしてきた人たちだったんです。なので、演技の経験はなかったんですが、彼らを信じ、僕が彼らのエモーショナルな部分を引き出せるように意識しました。それが、僕にとっては一番大きな仕事だったと思います。
素人俳優を起用したことが第一の賭けだとすると、第二の賭けはチェスを映画にしなければいけないことでした。というのも、チェスの対局を長々と映すのはボクシングを映すのとは違って、観客が退屈するリスクが大きかったからです。そこで至った結論は、俳優にフォーカスすること。そうすることで、よりおもしろさを伝えられることができたと思っています。
■ 俳優たちとは時間をかけてわかり合うことができた
―ファヒムを演じたアサド・アーメッドくんは、演技初挑戦とは思えないほどで、驚かされました。
監督
本当に彼は素晴らしかったと思います。私たちは何か月もの間、スーパーや道で子どもたちを探していたんですが、なかなかリアルにファヒムと感じられる少年に出会えませんでした。そんなとき、背が高すぎるという理由で諦めた男の子に別れを告げようとしたとき、その子を迎えに来ていたのが、彼のいとこであるアサドだったのです。
アサドはお医者さんになることが夢だったので、俳優になることはまったく考えていなかったんですが、キャスティングディレクターも「この子しかいない!」と言ってお父さんに何度も電話をして来てもらうことができました。実は、彼もファヒムと同じく、政治亡命した父親とフランスに来た子で、僕が会ったときは3か月前に入国したばかりだったんですよ。
―運命的な出会いだったんですね。とはいえ、演出するうえでの苦労もあったのでは?
監督
アサドは大人に対して怒りを示してはいけない、という宗教的な教育を受けて育ったこともあり、そういう場面での表現ができず、最初の4週間は、演技らしいことはまったくできませんでした。でも、徐々にこれは演技なんだということに気がついてから、できるようになっていったので、かなり時間をかけてわかり合えたという思い出がありますね。
―そんななかで、フランスの名優ドパルデューさんの存在感は大きかったと思いますが、一緒にお仕事をされていかがでしたか?
監督
まず、彼との出会いについてお話しますが、実は2004年に『RRRrrrr!!!(原題)』という映画で共演したことがありました。ただ、彼はおそらく僕のことは覚えていないので、今回は僕にとって彼との“2回目の初めての仕事”という感じでしたね(笑)。
―(笑)。そのなかでも、忘れられないやり取りなどがあれば、教えてください。
監督
そもそも、彼自身がものすごく印象的な人。フランスだけでなく世界的にも有名な大御所俳優ですからね。ある日、映画の話をするために、彼のお宅に初めてお邪魔したときのこと。とても暑い日だったんですけど、パンツ一丁でお出迎えしてくれました(笑)。そして、大きなテーブルに座って話し始めたんですけど、当然この映画の話をするのかと思いきや、彼が最初に話したのは、日本のことだったんですよ。
■ 普遍的なテーマをこの映画から感じてほしい
―なぜ日本の話になったのでしょうか?
監督
彼は日本がすごく好きで、いまも日本を舞台にした映画を撮っているらしいんですが、「日本はプライベートでも何度も訪れているほどなんだ」といきなり始まったんです。広島の原爆の話にも詳しいので、アメリカに対して怒っていましたが、そのほかには日本料理、あとは日本女性のことについても延々と語っていましたよ(笑)。
―その後、映画の話はきちんとできましたか?
監督
「じゃあ、そろそろ映画の話をしましょうか」って言ったら、今度はアルジェリア戦争の話が始まってしまって……。ただ、そのことによって彼は教養があって、世界市民的な感覚を持っているということがよくわかりました。でも、この映画の話をするまでに、2時間くらいかかってしまいましたけどね(笑)。
―彼自身が印象的な人、とおっしゃる意味がわかった気がします。この作品では、ファヒムくんの物語とともに、難民や亡命者たちの抱える苦しみについても描かれています。普段あまり身近ではない問題も映画を通じて知ることができますが、観客に伝えたいことはありますか?
監督
日本のみなさんがこの映画をどういうふうに受け止めるのか、ということは僕自身も不安に思っているところもありますが、この映画で描かれているのはとても普遍的なテーマ。特に、移民と難民の問題ですが、ヨーロッパの人でさえ移民と難民の違いを理解していない人が多いので、そういった“混乱”を正すことができるのではないかなとも考えています。
つまり、移民とは豊かな国の富を得るために移動する人たちのことであり、難民は母国で死の危険にさらされてしかたなくほかの国に逃げる人たちを指しているということ。難民たちがいかに困難な立場に置かれているのか、ということはこの映画で啓蒙できるのではないかと思っています。それがこの映画のテーマの一つでもあるのです。
―興味深いお話をありがとうございます。そして今回は、なんと現在20歳になったファヒムくん本人もananwebにコメントを寄せてくれました。
■ 本人から日本の観客へメッセージ
ファヒムくん
私が自分の経験を通してみなさんに言いたいことは、決して諦めないこと。もし、やりたいことがあるのなら、それに向かって最後までとことん行くべきです。そうすることによって、たくさんのことを学ぶことができますから。「自分のやりたいことをやっていれば、人は決してルーザーになることはない」ということを伝えたいです。
私のモットーは、「後悔なく生きる」。どんなに困難な状況にあるときでも、全力で物事と向き合うことが大切だと思います。
■ 小さな巨人から大きな力をもらう!
不可能と思えるようなことでも、諦めなければ自らの力で道を切り開くことを教えてくれる本作。ひとりの人間が持つ力の可能性、そして周りの人たちの絆に胸が熱くなり、いまの苦しい状況のなかでもがんばろうという勇気をもらえるはず。まさに、いま観ておきたい1本です。
■ 心を揺さぶる予告編はこちら!
■ 作品情報
『ファヒム パリが⾒た奇跡』
8月14日(⾦)ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国公開
配給:東京テアトル/STAR CHANNEL MOVIES
© Fahim Mohammad._Fahim_bis
©POLO-EDDY BRIÉRE.
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