“推しメン”探しがコツ? 文楽にハマるにはこれがおすすめ
ananweb / 2020年9月14日 19時0分
初心者だからといって手加減されると腹が立つ――そんなタイプの人にうってつけの一冊だ。「文楽ナビ」と銘打っているが、初心者にとって、本書を読むのは決してたやすくはない。けれど、いや、だからこそ、読み終えたあとに、生の舞台が観たくてうずうずしてくる。
■ 「文楽を一生懸命観れば、能も歌舞伎もわかるようになります」
演劇評論家・渡辺保さんの古典芸能のナビシリーズは、『歌舞伎ナビ』『能ナビ』(共に小社刊)に続く第3弾。文楽の演目全16本を、初級編、中級編、上級編、卒業編に分けて、編集者との問答形式で解説。読み進めるうちに、物語の筋書きと、文楽の世界への扉が少しずつ開いていく。
「何百年も前にできた古典は難しいのが当たり前。手ぶらで観に行ってはだめです。勉強は大事。本書はそのためのナビゲーションです。同時に、古典であろうと現代ものであろうと、その場で観てわからなければ芸術じゃない。解説でわかろうとしないで、舞台を観て自分で感じてください。人形だからこそ表せる、人間の本質がそこにあります」
いまも昔も変わらない男女の機微、親子の情、不可解な人間の性(さが)。
文楽は、太夫という語り手がいて、三味線を弾く奏者がいて、人形を動かす人形遣いの三者によってつくられる。しかもそこに楽譜はない。アンサンブルという概念もない。三者が互いの息ひとつで合わせるところに、芸の神髄があるという。
「三味線の名人、二代目豊澤団平は『浄瑠璃は語らず語れ、三味線は弾かずに弾け』という金言を残しました。西洋音楽では無音は空白で、それも楽譜で時間が決められています。日本の音楽は、そこは決めない。決めないからこそ、合わせるだけでなく、合ったことが倍増して無限の効果になっていく。そして、主役はむしろその音のない部分であって、音は脇役。何も音のしない部分が、語り手の、弾き手の魂を、観客にストレートに渡す瞬間になるんです」
三者それぞれの芸から出る電波が、双方に飛び交って別の空間が生まれる。最初はピンとこなかったそんな解説が、最後の「山の段」を読み終えるころになると、少しずつ目の前に立ち上がってくる。
そして巻末に「名人が教えてくれたこと」と題して、文中に登場した往年の名人たちが、カーテンコールのように登場する。太夫、三味線、人形遣い、芸に人生を捧げた人々のドキドキするようなエピソードが語られる。その芸は現代に引き継がれ、江戸の、明治の人たちと同じように、いま私たちも古典の世界に遊ぶことができる。
「文楽を一生懸命観れば、能も歌舞伎もわかるようになります。日本の文化のすべてに通じる、芸という概念がわかるようになる」
と渡辺さん。古典は過去の遺産ではなく、いまに生きているから面白い。その豊かさを、手加減なしでナビゲートしてくれる。
■ 「推し」の芸人を追っかけよう。
いざ文楽を観るとなったら、どんなふうに観ればいいのだろう。渡辺さんいわく「公平に観る必要はありません。自分が追っかけたいと思う人を探してください。その芸人に打ち込まない限り、芸はわかりません」。たとえば、国立劇場で現在公演中の演目から「人形なら、第一部の『嫗山姥』で八重桐を遣う勘十郎、第二部の『鑓の権三重帷子』で笹野権三を遣う玉男、女房おさゐの和生。この3人が面白い。勉強なさるのには一番いいと思います」。書を閉じたら、さあ劇場へ。
「鑓の権三重帷子」より。写真の人形遣いは三代目桐竹勘十郎。今回の公演では「嫗山姥」に出演。写真提供・国立劇場
9月文楽公演 公演中~9月22日(火) 国立劇場チケットセンター TEL:0570・07・9900
渡辺 保『文楽ナビ』 「酒屋」「引窓」「寺子屋」、忠臣蔵の「七段目」など人気の演目16本を掲載。あらすじに沿って見どころがわかる。マガジンハウス 3000円
わたなべ・たもつ 演劇評論家。1936年生まれ。東京都出身。古典から現代劇まで、常に自身の身体で感じたことを軸に論評し続ける。『戦後歌舞伎の精神史』(講談社)ほか著書多数。
※『anan』2020年9月16日号より。インタビュー、文・佐野由佳
(by anan編集部)
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