今年の注目ワードは「シスターフッド」 “今”読みたい小説5選
ananweb / 2020年12月18日 19時50分
物語に没頭しながら、舞台となっている社会のあり方に思いを巡らせたり、多様な価値観があることに気づいたり。ライターの瀧井朝世さんと三浦天紗子さんが、“今”を感じられる小説を指南!
注目を集めたキーワード、“シスターフッド”。
瀧井:最近、世の中の価値観が変わってきたことを感じさせる小説が多く、数年前の作品でさえ違和感を覚えることが結構あります。
三浦:わかります。
瀧井:ジェンダーやLGBTQもそうだし、家族観や仕事観でも。価値観のアップデートが求められるなかで、心に響くものを書いてくれる作家は頼もしいですよね。
三浦:問題そのものをテーマにしていなくても、さりげなく挟み込まれている作品も多いですね。それによって今起きている問題に改めて気づいたり、もやもやと考えていたことを言語化してもらえて理解できたりします。
瀧井:そもそも小説を読むのは学ぶことが第一目的ではないけれど、小説は微妙な問題を浮き彫りにさせやすかったり、読者が主人公に感情移入しやすい。それが良さでもありますよね。そういった意味で今年、ジェンダー問題で大きな話題になったのが『持続可能な魂の利用』。おじさんにだけ少女の姿が見えなくなった社会が最初に描かれるのですが、“おじさん”は別に中高年の男性というわけではなく、男性優位な古い考え方を持っている人全般を指す、象徴的な意味になっています。そこで描かれるいくつかのセクハラが、体を触るような直接的なことではなく遠回しだけど嫌なやり方で。こういうことでも十分に人を傷つけるのだときちんと書いてくれたところが素晴らしいです。
三浦:遠回しなセクハラを快く思わない同僚女性が復讐する際も、上司に訴えるような直接的なやり方ではなく、同じように知恵を絞って追い詰めていくのが痛快でした。また、男性発信のフェミニズム小説として挙げたいのが『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』。女性が不快に思うかもしれない言動にいちいち引っかかる男性が主人公で、女性以上に繊細なんです。それと、『ピエタとトランジ〈完全版〉』もそうですが、シスターフッドは今年のキーワードですよね。女性たちが手を取って権力に立ち向かったり、社会システムの問題点について一緒に声を上げる様は、いろんな小説に描かれていました。
瀧井:強靭な肉体を持つ女性がヤクザのお嬢様を守る、王谷晶さんの『ババヤガの夜』もそうですね。強い人が可憐な人を守るだけなら今まで通りだけど、全然違う展開が待っています。
三浦:ノンフィクションですが、『その名を暴け:#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』も。ハリウッドのプロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインを告発するために調査し続けた、2人の女性記者の執念が素晴らしい。次の世代に被害を持ち越さないために自分たちが戦うのも、シスターフッドですよね。
瀧井:女性同士の話といえば『愛されなくても別に』は母娘問題がいろんな形で描かれていて、学生の貧困が切実。経済問題が親子関係により影響しやすくなっている気がします。家族のあり方を描いた小説としては『だまされ屋さん』も最高です。母親と成人した子どもたちが断絶しているのですが、それぞれの葛藤について言葉を尽くしていく中でいろんな問題が浮かび上がって、従来とは違う家族の形態が見えてきます。
三浦:息子を溺愛して娘に厳しい母親は、一見、プロトタイプな毒母なのに、物語として読むと全然違う印象なんですよね。
瀧井:世の母親が言いそうなことを言うし、無意識に子どもを傷つけているような“あるある”が描かれているけど、そういう母親を責めるだけの話ではない。希望を感じさせてくれる小説です。
「おじさん」中心の社会からの脱却。
『持続可能な魂の利用』 松田青子
セクハラを訴えたのに会社に追い詰められて無職になった30代の敬子は、図らずも男が演出する女性アイドルにハマっていく。そして日本社会の中心にふんぞり返っている「おじさん」から自由になるべく立ち上がる。著者初の長編小説。1500円(中央公論新社)
日常に潜むジェンダーバイアス。
『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』 大前粟生
表題作は、ぬいぐるみに心の内を語るサークルに所属する大学生・七森が主人公。「男らしさ」「女らしさ」のノリが苦手な彼は、痴漢被害の話に胸を痛め、女性を見下す会話に同調して自己嫌悪に陥る。繊細な若者たちを描いた4編。1600円(河出書房新社)
バディの生涯変わらぬ友情。
『ピエタとトランジ〈完全版〉』 藤野可織
天才的頭脳を持つ女子高生探偵トランジと、その才能に惚れ込んで助手となる同級生のピエタ。トランジは事件を誘発させる体質で、次々と周囲で人が死ぬなか恐るべき事実が明らかに。2013年に発表された短編が、長編ガールズエンタメに変身。1650円(講談社)
母親の呪縛に囚われた娘たち。
『愛されなくても別に』 武田綾乃
浪費家の母を抱え、学費と家計のために日夜バイトに明け暮れる大学生・宮田。母に売春を強要されていた江永。過干渉な母を持つ木村。過酷な奨学金返済や毒親などの社会問題を背景に、現代を生きる10代の苦悩と友情を描いた問題作。1450円(講談社)
家族という枠組みの意味を問う。
『だまされ屋さん』 星野智幸
公団住宅でひとり暮らしをする70歳の夏川秋代のもとに、長女と家族になるという男が現れる。本当に娘の婚約者なのか疑うも、3人の我が子には相談できない理由があって……。変わりつつある家族のあり方について考えさせられる長編。1800円(中央公論新社)
たきい・あさよ ライター。WEB本の雑誌「作家の読書道」、文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、弊誌などで作家インタビュー、書評を担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『ほんのよもやま話~作家対談集~』など。
みうら・あさこ ライター、ブックカウンセラー。『CREA』『サンデー毎日』『小説宝石』、弊誌などで書評やインタビュー、メディカル記事を担当。著書に『そろそろ産まなきゃ 出産タイムリミット直前調査』『震災離婚』など。
※『anan』2020年12月23日号より。写真・中島慶子 文・兵藤育子
(by anan編集部)
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