マスクの下を想像してドキドキ!? 朝吹真理子&綿矢りさが考える“官能”
ananweb / 2021年2月3日 19時10分
朝吹真理子さんと綿矢りささん――2人の作家が語りあう、“官能をめぐる考察”をお届けします。
朝吹:思えば、あれが官能の目覚めかなあと思った体験があって。
綿矢:なんですか?
朝吹:子どものころ雲母っていう鉱石が好きで。好きすぎてミネラルフェア(鉱物や化石の展示会)で買ってきて、食べたりしてたんです。
綿矢:え、食べてた!?
朝吹:層状結晶で薄く剥がれて、やわらかいからすぐ散り散りになってしまう。オーガニックの化粧品パウダーとかにも入っていたりします。れろれろ舐めると、剥がれた破片で舌が傷ついて、血が出るほどではないけど痛いんです。そのときは官能とは感じていなかったけれど、思えばかなり官能的な記憶だなと。子どももマスターベーションをしますが、それは「心地いい」「反応」という感じで官能ではないですよね。雲母で遊ぶのは、それとは違うよろこびがありました。
綿矢:私はあまり身体的な官能ってわからないんです。子どものときから簡潔な文章に色っぽさを感じていました。長い文章もそれはそれで豊かな感じはしますが、無駄がない文章は読むというより見るだけで頭に入ってきて、その静かな激しさにびりびりきました。
朝吹:それは行間をいっぱい想像できるからということ?
綿矢:そうですね、やや乱暴なほどの短さに想像力の余地があるのがいいですね。映像でも、撮りたい瞬間瞬間だけバチバチと撮って、観ている人がついていけないくらい監督本人の趣味だけでつないでいるみたいな表現が好きで。そうやって「編集で整えられたもの」がわりと官能と結びついている。私は目から入る情報に、感動を覚えることが多いかな。
朝吹:へぇー面白い。声は?
綿矢:困ってるけど言えない、みたいな微妙なシチュエーションでの声の出し方は男女ともに好きです。朝吹さんは、好きな声はありますか?
朝吹:私は、かすれている声や、吃音も色っぽいなと思う。身体的に抑圧されてるさまに色気があるというか、言い出しにくいわけでもない話でも、どこか恥ずかしそうにしゃべっているのにぐっとくる。世界に向かってノックしている音だなと思って聞いています。声と言葉の間にあるものを大切にするというのは、詩人の吉増剛造さんもそうで。憧れて真似をしていたら、自分も本当に最初の言葉が出にくくなった。綿矢さんにもそういう何か影響を受けた人はいますか?
綿矢:私、映像ではウォン・カーウァイやキューブリックが大好きなんです。彼らは撮影するとき同じシーンを何度も撮り直したりイヤらしいほど短くするんだけど、そういう切り詰め方にちょっと狂気めいたものを感じます。
朝吹:おお、贅沢ですね。
綿矢:一緒にお仕事している人は大変だったろうと思うのですが、その成果か、キャストだけでなく、照明の明かりのにじみ方や、ラグや絨毯の模様や色、螺旋階段を上ってゆらゆら撮っていくアングルまでも五感に訴えかけてくる。
朝吹:幻想を抱く側が感じることだから、絶対的な官能があるわけではなくて、こちらが求めるなど、受け手側の状態が大事じゃないかなと思いますね。というのも、私は閉所恐怖症で映画館が苦手なので、ウォン・カーウァイ作品を観ても官能を受け取れないかもしれない。でも綿矢さんにはそれをキャッチする感受性があるんですよね。そういう違いは面白い。
綿矢:そうそう。一人一人ポイントがかなり違い、全然理解できないところもあれば、わかるような気もして、理解の幅が混合してますね。
朝吹:官能に限らず、私は隠れているもの、隠されているものが好きなのね。だから、服とかも、重ね着しまくってる方がいいなと思うんです。
綿矢:服はちょっと肌が見えてるくらいの、チラ見せが色っぽいと言う人もいる。ホントに人それぞれです。
朝吹:反応する部分がみんな違うから面白いよね。
綿矢:「隠す」で言うと、いまマスクが日常で、自分の高校時代にコロナ禍が起きたら、片思いの相手のマスク姿はどんな気持ちなのかなと考えたことがあるの。息をするたびに膨らんだり凹んだりする、そのマスクの下の笑顔や呼吸の通り道を想像したり。見えないから物足りない部分と、想像たくましくできる部分とがあって、ドキドキする(笑)。
朝吹:それ、文芸誌の『新潮』にエッセイで書いていたでしょう。マスクの凹みが新しい情緒だと言っているのが最高だなと、感動しました。観察してみれば確かにそうなんですよね。私は「マスクで顔の下半分が見えない分、表情もわかりにくくなる」と考えていたんですが、そんな単純なことではない。着眼点がすごい。
綿矢:官能って、皮膚感覚でぞわぞわするものも連想しますね。
朝吹真理子 あさぶき・まりこ(写真1枚目) 1984年、東京都生まれ。2009年に「流跡」でデビュー。翌’10年、同作でドゥマゴ文学賞を最年少受賞。’11年、「きことわ」で芥川賞を受賞。最新作は『TIMELESS』。
綿矢りさ わたや・りさ(写真2枚目) 1984年、京都府生まれ。2001年に『インストール』で文藝賞を受賞し、デビュー。早稲田大学在学中の’04年『蹴りたい背中』で芥川賞受賞。’12年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞受賞。『私をくいとめて』が映画化。
※『anan』2021年2月10日号より。写真・小笠原真紀 文・三浦天紗子
(by anan編集部)
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