きっかけは、カルト集団施設跡地の白骨死体…辻村深月の新作小説『琥珀の夏』
ananweb / 2021年7月13日 21時10分
「閉じ込めた記憶や時間や骨…。ずっと忘れられていたものが、あるきっかけで呼び起こされる。そんな思いを込めたタイトルに牽引されて、書けた部分も大きかったですね」
辻村深月さんの『琥珀の夏』は、残酷な真実が描かれながら、慰撫されるような余韻が残る。
物語は、弁護士の近藤法子が〈ミライの学校〉という団体の事務局を訪れたところから始まる。〈ミライの学校〉は、学校教育に疑問を感じていた有志が集い、運営されていた。ある事件をきっかけにカルト集団と批判されたその団体施設の跡地で、女児の白骨死体が見つかったのだ。法子もそのニュースを知り、「自分の娘と孫が〈ミライの学校〉に入ってしまったまま連絡が取れない、白骨死体は孫なのではないか」と案じる吉住夫妻の代理人となった。
対応した団体の担当者は、「うちは無関係です」とけんもほろろ。だが、法子の胸の内はざわつく。法子は小学校の4年生からの3年間、〈ミライの学校〉の夏合宿に参加していたことを思い出す。“見つかったのは、ミカちゃんなんじゃないか”。ミカは、当時クラスになじめず孤独だったノリコを、〈友だち〉と呼んでくれた子だった。
「法子を弁護士にしたのは、自分の過去を見つめ直してもらうときに、個人としてより、仕事として“関わらなくてはいけない”ようにするのがいちばん自然なのではないかなと思ったからです」
いい思い出もある〈ミライの学校〉がカルト的だと言われることに違和感を覚える法子でさえ、調べ、記憶を掘り起こすうちに、自分の中にある無意識なバイアスに気づく。物語の重要なキーとなるのは、大人と別々に暮らす子どもの自立を促す〈学び舎〉や、願いを叶えてくれるという〈泉〉、子どもの自主性を育むという名目でなされる〈問答〉、〈内部の子〉と〈麓の子〉の距離感…。大人になった法子が、数々の思い出とそのころの気持ちを、リアルに細やかに掬い上げていくのも読みどころ。
「以前は、大人が子どものころを振り返る形で書くときには、“子ども時代”を別の何かのように見ていた感覚があったんです。それが『かがみの孤城』やこの『琥珀~』を書いた近年、子どもの時間と大人の時間は分断しているわけではないな、子どもの時間の地続きに、私は私のままあるのが大人の時間なんだ、ということが、作家としても私個人としても実感できるようになってきて。すると、実は記憶はとても恣意的なものなのだなと感じたんですね。ならば、自分が真実だと思っていたものにもう一歩踏み込んだらまた違うものが見えるのではないか。あらためて、記憶というものを検証してみたいという気持ちもありました」
また、読者から反響が大きかったテーマのひとつが“育児/教育”だ。
「現実の中でも多々ある違和感を、〈ミライの学校〉を通じて書きました。子どもが自分の方を見てほしい時期に、親はもっと大きな理想や理念に夢中。子どもの未来のためと言いながら、親が我が子の未来をないがしろにしてしまうとか。よい活動とされていることも、その本当の主体に“子ども”はいるのかなど。そういうことも今回とことん向き合って書いてみたいと思いました」
実際、幼いころのミカが両親と離ればなれの寂しさに耐えかね、夜中にこっそり朝一番の水を求めて泉に向かう場面は、胸が痛む。
終盤に、読者がそれまで見ていた風景を一変させるようなサプライズが仕込まれている。だが、この名シーンは、さらなるクライマックスへの布石なのだ。辻村深月、恐るべし。
「ミステリー的にも大事に書きたかったシーンです。私自身もそこがゴールだと思っていたら、ここがスタートだったのかと(笑)」
500ページ超の大作だが、ついページを繰る手が逸る。傑作だ。
つじむら・みづき 作家。1980年、山梨県生まれ。2004年メフィスト賞を受賞しデビュー。’11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、’12年『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞。本屋大賞受賞作『かがみの孤城』が文庫に。
『琥珀の夏』 白骨死体の少女は誰か。事故か他殺か。動機は。守れなかった子ども時代の自分と友を、大人になった本人たちが代わって守る――。ミステリーとしてのリーダビリティも備えた、贖罪の物語でもある。文藝春秋 1980円
※『anan』2021年7月14日号より。写真・土佐麻理子(辻村さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
藤ヶ谷太輔&奈緒 W主演で映画化『傲慢と善良』 2人が語った辻村深月の原作小説への思い
日テレNEWS NNN / 2024年6月28日 22時40分
-
藤ヶ谷太輔&奈緒、実写版『傲慢と善良』本予告&メインビジュアルが公開!辻村深月のコメントも
シネマトゥデイ 映画情報 / 2024年6月28日 7時0分
-
【SPトークショー出演者が決定!】『かがみの孤城』シネマ・コンサート スペシャル公演映画スタッフ・キャストによるSPトークショーも!
@Press / 2024年6月27日 10時0分
-
93万部突破のベストセラー、辻村深月さんの『傲慢と善良』が待望のコミカライズ決定!描くのは『メタモルフォーゼの縁側』の鶴谷香央理さん
PR TIMES / 2024年6月23日 22時40分
-
辻村深月『闇祓(やみはら)』待望の文庫化! カバーと本文扉は山田章博描き下ろし+初回限定イラストカード付き&文庫化記念のスペシャルグッズ受注販売スタート!
PR TIMES / 2024年6月14日 12時40分
ランキング
-
1すき家、7月から“大人気商品”の復活が話題に 「この時期が来たか」「年中食いたい」
Sirabee / 2024年6月29日 4時0分
-
2“1.5倍の大幅値上げ”の衝撃…オリーブオイルを買う前に知っておくべき3つの事実
女子SPA! / 2024年7月1日 8時46分
-
3パンと白米よりやっかい…糖尿病専門医が絶対に飲まない"一見ヘルシーに見えて怖い飲み物"の名前
プレジデントオンライン / 2024年7月1日 9時15分
-
4訪日観光客がSNSには決して出さない「日本」への本音 「日本で暮らすことは不可能」「便利に見えて役立たない」と感じた理由
NEWSポストセブン / 2024年7月1日 16時15分
-
5正しさを忘れた渋沢栄一etc.「新紙幣の偉人たち」知られざる“やばい”一面とは
日刊SPA! / 2024年7月1日 8時51分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
![](/pc/img/mission/point-loading.png)
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください
![](/pc/img/mission/mission_close_icon.png)