聴覚障害者が連続殺人鬼に狙われる…期待の韓国人監督が明かす恐怖の全貌
ananweb / 2021年9月22日 19時0分
社会全体を包む重い空気のなか、刺激のない日々が続いていると感じている人もいるのでは? そんなときにオススメしたい映画は、「アドレナリン全開になること間違いなし!」と話題の体感型スリラーです。
『殺人鬼から逃げる夜』
【映画、ときどき私】 vol. 414
お客さま相談センターで手話部門を担当しているギョンミは、自分と同じく聴覚に障害のある母親と2人で暮らしていた。いつものように仕事帰りに母親と待ち合わせ、スーパーの駐車場に車を停めると、若い女性が血を流しているところに遭遇する。
ギョンミが助けを呼ぼうと慌てていると、近くにいた連続殺人鬼のドシクにあっさりと捕まってしまう。隙をみて逃げ出したギョンミは、全速力で走り抜け、非常ベルを押すことに成功する。しかし、それはギョンミの逃走とドシクの追撃の始まりにすぎなかった……。
驚くほど先の読めない展開で、韓国のみならず、海外の観客をも魅了している本作。今回は、制作の舞台裏についてこちらの方にお話をうかがってきました。
クォン・オスン監督
完全オリジナルの脚本で、華々しい監督デビューを飾ったオスン監督。「韓国からまた新たな才能が現れた」と注目を集めています。そこで、本作誕生のきっかけから現場での忘れられないエピソード、自身の原動力などについて語っていただきました。
―まずは、この物語がどのように生まれたのかについて教えてください。
監督 ある日、カフェで聴覚障害者の方を偶然見かけたのが、この作品につながるもとになりました。そのとき、私はこの作品とは別の脚本を書いていたのですが、ふと遠くに目を向けたときに、聴覚障害を持った女性2人が手話でお話をされていたんです。カフェはにぎやかでうるさかったにもかかわらず、しばらく彼女たちの様子を見守っていたら、私の周りの喧騒が消えて静かになるような感覚に陥りました。
―そこから、殺人鬼へどうつながっていったのでしょうか?
監督 そのカフェというのが、コーヒーができあがったら名前を呼ばれるシステムのお店。でも、2人は呼ばれても気がつくことができないので、従業員が飲み物を運んでいったのです。そして、彼女たちの肩をちょこんと触ったんですが、それだけでも2人はギクッと驚いてしまったんですよ。
その様子を見ていて、この状況を映画にしてみたらどうだろうか、と思いつきました。しかも、自分の前に突然現れた人物が店員ではなく殺人犯だったらどうなっていただろうか。そんなところからどんどん考えが膨らんでいったんです。
―脚本を完成させるうえで、苦労したことはありましたか?
監督 実は、脚本を書く作業はそれほど難しいことではありませんでした。というのも、カフェで見た彼女たちの姿が私にとってはあまりにも強烈でしたし、そのときに感じた気持ちがとても大きかったので。
会った瞬間、チン・ギジュさんしかいないと確信した
―ちなみに、過去の作品などで影響を受けているものもあったのでしょうか。
監督 私は子どもの頃から「将来は映画を撮りたい」という夢を描いていましたが、ちょうどそのときに観ていた作品のひとつが韓国語で『無言の目撃者』というタイトルの映画。この作品では、話すことのできない人が主人公となっているのですが、その様子がとてもうまく描かれていて、ずっと記憶に残っていたので、その感じを思い出しながらこの作品を作りました。私にとっては、大きな助けになっていたと思います。
―キャスティングも見事だったと思いますが、まずはギョンミ役のチン・ギジュさんを選んだ決め手についてお聞かせください。
監督 実は、最初はなかなか引き受けてくださる方が見つからず、今回のキャスティングはかなり難航してしまいました。というのも、脚本を読んだ多くの俳優さんたちにとっては、思っていた以上に挑戦的なキャラクターだったので、大きなプレッシャーを感じてしまったようなんです……。
そんななか、もともと候補のひとりであったチン・ギジュさんと実際に会ったんですが、そのときに彼女しかいないと。すぐにそう感じました。過去の作品を観ても、彼女は誠心誠意込めて役になり切って演じるタイプの俳優さんだと認識していたので、今回も完全にキャラクターになり切って表現してくれるとわかっていました。そして、ミーティングで会った時点で彼女はすでにギョンミに感情移入するための努力をしてきてくれていたんです。
―実際、彼女の役作りの様子をご覧になって、いかがでしたか?
監督 ギョンミというキャラクターは耳が聞こえず、声に出して話すことに慣れていない設定なので、表現をするうえではさまざまな制限があったと思います。ただ、チン・ギジュさんは目を使った演技がうまい方なので、彼女の目を見るだけでどういう感情を表現しているかがわかるんですよね。
なので、彼女ならもどかしさのあるこの役をしっかりと演じてくれるだろう、そして目を通して観客のみなさんに伝えてくれるだろうと私は感じていました。そういった彼女の表現力の高さが、キャスティングをした一番の理由でもあります。
ウィ・ハジュンさんの情熱にほれ込んでしまった
―また、ドシク役のウィ・ハジュンさんも素晴らしかったです。
監督 まず、殺人犯という役についてお話すると、こういった役を新人の方が演じるのは非常に難しいとされています。しかも、キャリアを積んでいる過程で、そういった役をうまく演じることができなければ、俳優としてのイメージも損なわれてしまう心配がありますからね。なので、この役は非常に難易度の高い役だったと思います。
ただ、そんななかでもウィ・ハジュンさんは、「とにかく演技をしたい!」という情熱とチャレンジ精神にあふれていたので、私はその姿に惚れ込んでしまったんです。それに、彼はとても優しいソフトな笑顔を見せるいっぽうで、感情を隠したシャープな表情も際立っている人なので、表現力のふり幅が大きい俳優だというのも決め手ではあったかなと。なので、私はこの2人が主人公を引き受けてくれれば、映画もきっとうまくいくという確信を持つことができました。
―今回は全体的に走っているシーンがとても多く、観ているだけでも体力を消耗しそうなほどでした。
監督 ご覧になった方は走ってるシーンが多く感じると思いますが、それでも完成した作品は編集されているので、実際はもっともっとたくさん走ってもらっているんですよ(笑)。俳優もスタッフも本当に苦労が多かったと思いますが、本当にがんばってくれたのでみんなに感謝しています。
―撮影中にハプニングなどもあったのでは?
監督 ハプニングというか、ご紹介したいエピソードのひとつは、小さな路地で走っているシーンを撮っていたときのこと。それまでは、カメラのアングルを変えて何回も撮っていたんです。でも、1度だけ走っているチン・ギジュさんとウィ・ハジュンさんの正面から撮ってみたら、2人の感情が非常にうまく表れていたので、これなら別のアングルは必要ないなと。
そこで、「これでOKです」と言ったんです。私としては、何気ないひと言だったんですが、次の瞬間、俳優とスタッフ一同が大喜び。一斉に「ありがとうございました!」と私に言ってきたんですよ(笑)。その姿を見て、いかに大変だったのかがよくわかりました。
自分を支えてくれたのは、映画館で味わう喜び
―みなさんのお気持ちがわかる気がします(笑)。監督自身についてもおうかがいしますが、一時は「映画を作りたい」という夢をあきらめかけたこともあるそうですね。それでも夢を追い求め続けられた原動力となったものは何だったのでしょうか。
監督 これは私だけでなく、映画監督としてデビューしてきた多くの監督に言えることだと思いますが、インディペンデント映画よりも商業映画でデビューするのは本当に大変なこと。とにかく長い時間を要します。もちろん、人によっても違うので、すぐデビューできる方もいますが、私の場合は約10年かかってしまいましたから……。その間は、本当につらいこともたくさんありました。
なので、「現実的に考えて自分にはもうチャンスがないから、映画監督はやめてほかのことをしたほうがいいのかな」と思ったことも。それくらいデビューできないかもしれないという不安は、つねにありました。ただ、そんなときに映画館に行って、ワクワクドキドキしながら映画を観ていると、やっぱり映画を撮りたいなと。そういう気持ちに突き動かされて続けることにしたので、映画館で味わう喜びが自分を支えてくれた原動力になっていたと思います。
―ステキなお話ですね。ちなみに、本作では殺人鬼から逃げている主人公が描かれていますが、監督もこれまでに何かから逃げたいと思ったことはありますか?
監督 これは斬新な質問ですね(笑)。私が逃げたいと思っているのは、まさにいま。コロナ禍の状況から逃げたい気持ちです。というのも、コロナによって映画界は本当に大変な状況に陥っていますし、観客のみなさんもなかなか映画館に行けない環境を強いられていますからね。こういうなかで映画を作るのは難しいので、早くこの状況から抜け出したいと思っています。
自分の体には日本の文化が染みついていると感じる
―まさにその通りですね。では、日本についてもお尋ねしますが、日本の作品や文化で好きなものや影響を受けているものはありますか?
監督 私は子どもの頃から日本の漫画が大好きで、よく読んでいました。あと、映画もたくさん観てきましたが、なかでも岩井俊二監督の『Love Letter』が大好きです。ほかの作品も好きですが、この作品は特に楽しく拝見させていただきました。
日本は私にとってはとても近い国で、漫画やアニメ、映画などさまざまな文化からたくさん影響を受けているので、体のなかに染みついているような感覚があるほどです。
―ありがとうございます。それでは、日本の観客に向けて注目してほしいシーンやメッセージをお願いします。
監督 まずは、この作品を日本で公開してくださることにとても感謝しています。コロナ禍という大変な状況ではありますが、映画を通して日本のみなさんとお会いできるのは、とても光栄なことです。
本作では、弱者が声を上げるというところから始まっているように見えますが、いまはいろいろな媒体や技術を使って誰でも声を上げられるようになっています。なので、昔だったら口がきけない人だけが弱者だと思われていたかもしれませんが、いまではその声に耳を傾けない人こそが弱者だと言えるのではないでしょうか。私はそんなふうに思っていますし、そういう思いを込めてこの映画を撮りました。
劇中では、ラストにギョンミが一生懸命に声を絞り出して世の中に問いかけるセリフがあるので、そのシーンを注意深く見ていただけたらと。多くの方に共感していただけると思っています。そういったところをポイントとして、ぜひ楽しんでいただきたいです。
“最恐の鬼ごっこ”で、最後に笑うのはどっち?
手に汗握る緊迫した展開と、衝撃的なラストにまで続く狂気に満ちた疾走感を味わうことができる本作。聴覚と視覚と刺激する新たなサイレントスリラーで、驚異の没入感に浸ってみては?
取材、文・志村昌美恐怖に震える予告編はこちら!
作品情報
『殺人鬼から逃げる夜』
9月24日(金)TOHOシネマズシャンテ他 全国順次公開
配給:ギャガ
©2021 peppermint&company & CJ ENM All Rights Reserved.
© peppermint&company
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