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柚木麻子が語る ドラマ、映画の「残念な女子」と“ルッキズム”

ananweb / 2021年9月28日 22時10分

柚木麻子が語る ドラマ、映画の「残念な女子」と“ルッキズム”

ドラマをこよなく愛する作家・柚木麻子さん。毎クール、注目ドラマをピックアップし、鋭い考察を加えて魅力を深読みします。オードリー・ヘップバーンから小芝風花まで。残念な女子の描き方にも時代の変化が…?

“ダサい”設定のヒロインを小芝風花が丁寧に好演。

『彼女はキレイだった』(以下かのキレ)は昔はみんなの憧れのまとだったが、今ではすっかり冴えなくなったヒロインを小芝風花が好演した。本家の韓国ドラマに忠実にふわふわヘアーにしてはいるが、髪型ふくめ冴えない要素はとくに見当たらない。しかし、小芝は実写版『魔女の宅急便』を受けて立った演技力で「この人は冴えないってことになってんだなあ」と視聴者に呑み込ませることに成功している。常にテンパっていて、人から舐められそうな律儀さを醸し出しているのだ。五話では髪はストレートに、メイクやファッションも「大変身」を遂げた。単に「CANMAKE」の小芝風花に戻っただけであるが、成長していく描写を丁寧に積み重ねていたので、視聴者も素直に拍手を送るだろう。あと、特筆すべきは「ダサい」とからかわれるものの、容姿そのものに関する言及は巧妙に避けられている。残念なのはあくまでも「センスがない」という理由付けがされているところに時代性を感じる。この潮流は『プラダを着た悪魔』(‘06年公開)からか。香里奈が変身を遂げる日本版『プラダ』こと『リアル・クローズ』(‘09)でも、上司の黒木瞳が批判したのは彼女の容姿ではなくセンスである。『かのキレ』の舞台もまた、センスが重要視されるファッション誌だ。今回は「冴えないということになっている」設定の歴史を振り返ってみたいと思うが、オードリー・ヘップバーンぬきに語れないだろう。シンデレラストーリーを得意とするオードリーは最初「冴えない」女子として登場することが多い。もちろん地味といわれる服装さえスタイリッシュに着こなしているのだが、観客はスクリーンの世界を楽しみたいあまり「このオードリーは冴えないということになっているんだなあ」と呑み込んできた。

しかし、映画が唯一の娯楽ではなくなるにつれ、製作陣のリアリティへの甘えがちょっとでも見えるなり、観客はそっぽを向くようになった。近年のハリウッドでは様々な人種、容姿、体型、年齢の俳優を積極的に主役にし、社会問題にも向き合いながら、ラブコメルールを日々アップデートし続けている。しかし、見る目が養われつつあるのは、日本ドラマの視聴者だって同じなのだ。なにしろ、『ひと夏のプロポーズ』(‘96)の頃は、あの坂井真紀が「ブ」と罵倒されていたのだから。記号的な「冴えないとされるアイテム」(‘90年代は国内外問わずメガネが主流)を身につけているわけでさえなかった。確か、視聴者からも「坂井真紀を冴えないとするには無理がある」という声が多かったと記憶している。そんな無茶を成立させるために、本ドラマが使用したのは、突然の夏の土砂降りである。坂井真紀がずぶ濡れでしょんぼり歩いている場面は印象的だった。いつからか、残念キャラには転倒とずぶ濡れがセットになった。

「ブ」という罵倒がドラマで多用される時代はその後、長いこと続く。なにしろあの『ブスの瞳に恋してる』が流行ったのは‘00年代である。森三中の大島美幸との出会いや結婚生活を夫・鈴木おさむが描いたこのエッセイは大人気で、同じく森三中の村上知子、稲垣吾郎というキャストでドラマ化されたほどだ。村上知子演じる「美幸」は努力家で魅力もあるが、ルッキズムにとらわれた人々から貶められる。そんな彼女に手を差し伸べる稲垣吾郎演じる「おさむ」をまるで王子様のように描くのに、激しい違和感があった。あれは鈴木おさむの中での自分像なのか? 妻へのひどい扱いを「世間はそういうもの」としていったん消化してエンタメ化し、自分に一番良いポジションを与えたあたり、森三中ファンとしては怒りを覚える。にもかかわらず、最後まで観てしまったのは美幸の背中を押す室井滋など女性たちとの関係がすばらしいのと、倖田來未「恋のつぼみ」がめちゃくちゃ好きやったからである。悔しいことに、リメイク版『ブスの瞳に恋してる2019』まで放送されている。こっちはミソジニーまでひどい。怒りながらまたもや最後まで観てしまったのは富田望生の名演技と、Dream Amiがカバーした「恋のつぼみ」もめちゃくちゃ名曲やったからである。鈴木おさむ、どこまでも女性に救われているな。

このように「冴えないということになっている」設定はルッキズムと直結することが多い。しかし、ベッキー主演金曜ナイトドラマ『アンナさんのおまめ』だけは一風変わったやり方でこれを切り抜けている。奇しくも『ブス恋』無印と同じ2006年放送だ。美人のアンナさんへの誘いや羨望をすべて自分に向けられたものとする親友・リリの勘違いを描いた、鈴木由美子の漫画原作コメディである。リリに浴びせられる「勘違いス」にひっかかりは感じるものの、そこは鈴木由美子の世界観で、リリは漫画にしかできない方法でキュートでファニーな小動物のように表現されているし、アンナとリリの男たちからの分断をはね返すシスターフッドは痛快だった。だから、リリ役があのベッキーと聞いた時、不安しかなかった。ベッキーといえば太陽のような魅力の持ち主で、当時は演技畑ではなかった。リリの役はただでさえ難しい。「冴えないということになっている」容姿ではあるが、彼女自身は自分を「冴えないとは思っていない」。リリはいつも自信満々で完璧なおしゃれをしている。一体どんなふうにして映像化するのか、固唾を飲んで見守ったのだが、ベッキーはやってくれた! 漫画チックなくねくねした動きとオーバーな顔芸で周りをドン引かせ、アンナ役の杏さゆりが男に口説かれるたびに、ものすごい早さで割って入って「アンタは私のタイプじゃないからァ!」と肩をそびやかしてつっぱねる。異性全員が自分に好意があると勝手に悩み、一人でブツブツつぶやき、激しくもだえる。「冴えないということになっている」人間が自信満々だからイタくて面白い、というより、単に「ぶっ飛びすぎていて常人には理解できない」愉快な女性像を生み出した。原作の根幹を変えることなく、親友との信頼関係、勘違いからくる笑いまですべて成功に導いた。しかし、このドラマの視聴率は深夜帯ということもあってか振るわなかった。私は今こそベッキーの振り切れた演技を地上波でもっと観たい。

ラブコメにつきものの「冴えないということになっている」設定、振り返れば少しずつ進化してきたことはわかるが、容姿差別が論外なのはもちろんのこと、センスが悪かろうが、そもそも冴えなかろうが、周囲に不当に貶められない世界が描かれればそれが最高だ。自信を身につけた瞬間、ヒロインはパワーを持つ。私たちが見たいのは結局のところ、その輝きだけなのだから。

『彼女はキレイだった』は、フジテレビ系にて今年7月~9月、毎週火曜21時~放送された。原作:チョ・ソンヒ 脚本:清水友佳子、三浦希紗 出演:中島健人、小芝風花、赤楚衛二、佐久間由衣ほか

『ひと夏のプロポーズ』(‘96年・TBS系)誰もが羨む“3高”男性との結婚が破談となり、ショックのあまり会社も辞めてしまった恵(坂井真紀)。再就職もうまくいかず、踏んだり蹴ったりの恵は夕立に降られる。雨宿りする彼女の前に、ある男(保阪尚輝)が現れ、新しい生活と恋のバトルが始まる。インターネットを通じて視聴者参加型の形をとるなど、新しい試みに挑戦したドラマ。脚本:鈴木貴子 出演:坂井真紀、保阪尚輝、稲森いずみ、仲村トオル、高岡早紀、野際陽子ほか

『ブスの瞳に恋してる』(‘06年・フジテレビ系)バラエティ番組などを手掛ける売れっ子放送作家の主人公・山口おさむ(稲垣吾郎)。担当する番組は次々と高視聴率を叩き出し、超美人モデルの蛯原友美(蛯原友里)と付き合うなど、絶好調の日々を送る。そんなある日、おさむは群馬県から上京してきた女優の卵・太田美幸(村上知子)に一目惚れしてしまい…。原作:鈴木おさむ 脚本:マギー 出演:稲垣吾郎、村上知子、蛯原友里、大森南朋、MEGUMIほか

『アンナさんのおまめ』(‘06年・テレビ朝日系)自分のことを美人でモテモテと信じ切るポジティブ人間、桃山リリ(ベッキー)。親友であり、皆が認める美人の西園寺アンナ(杏さゆり)の彼氏、坂上恭太郎(柏原収史)の行動がすべて自分への恋のアタックだと勘違いし、その陽気でぶっ飛んだ性格と言動で、周囲に大騒動を巻き起こす。原作:鈴木由美子 脚本:高山直也、深沢正樹、福島治子 出演:ベッキー、杏さゆり、柏原収史、徳井義実、滝沢沙織、高橋ひとみ、草刈正雄ほか

ゆずき・あさこ 1981年、東京都生まれ。2008年、「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞受賞。小学館webきららにて「らんたん」連載中。

※『anan』2021年9月29日号より。イラスト・サイトウユウスケ

(by anan編集部)

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