木村綾子&前田エマ「直接的な性描写よりずっとノックアウトされた」 文学の“焦がれ”
ananweb / 2022年3月5日 18時40分
読書を愛し、自身も表現活動に携わる、文筆家・木村綾子さんとモデル・前田エマさん。文学と焦がれや高まりの関係、焦がれを感じる好きな作品についてなど、あれこれ語っていただきました。
木村綾子&前田エマが考える、文学における焦がれの正体
木村綾子:“焦がれる”という言葉から連想したのは、届かなさ、わかり合えなさ、一方通行の思い…そんな満たされなさを抱える相手に抱く思いでした。そんな本を今日は持ってきましたが、前田さんのセレクトも楽しみにしてきました。
前田エマ:私もです! 私は今までの人生でトップレベルで好きな本を持ってきました。欠けているからこそ求め、憧れ、そして“焦がれる”。すごく共感します。
木村:私は、たとえ肉体的な交わりがあっても、人間は本質的にひとりだという孤独感から逃れられないからこそ、官能が刺激されると思うんです。そういう意味で、村田沙耶香さんの作品は、自分自身の肉体に対する違和感や反感まで突き詰めていて凄みがあります。性というものを徹底的に疑うんですよね。たとえば『地球星人』では、男女が結婚するのに性は必要なのかを疑うし、『しろいろの街の、その骨の体温の』では生理や女性性を疑う。
前田:私は『しろいろの~』が村田作品でいちばん好きでお守りのような本です。多くの作家が今日まで繰り返し孤独と寂しさ、“動物としてのヒト”と“人間としての人”との葛藤を描いてきました。体を重ねるほど相手が遠くなる普遍的な感情もたまらない。
木村:前田さんは、気になるところに付箋をつけるんですね。私は角を折り曲げちゃうんです。
前田:読み返してみたら付箋を貼っている箇所の多くが匂いの描写でした。それも香水のような芳香ではなく、汗の酸っぱさや肉体が交わったときに漂う湿った匂い。匂いは私にとってとても大事なんでしょう。
木村:血なまぐさいのも官能をくすぐられませんか。田村俊子の『生血』は、一晩男の人と過ごし処女を喪失した翌日から物語は始まります。赤い金魚を眺めて生理を思い出し「目刺しにしてやりたくなる」とか、生殖と殺意が同居しているような表現が頻出します。
前田:官能が死と隣り合わせというのはよくわかります。『本格小説』で、死の淵に立つヒロインのよう子に、主人公の太郎が「おまえをずっと殺したかった」と言う場面があるんです。「いつから?」「出会ったときから」。愛しすぎているゆえに究極の感情に至るのはすごく人間らしいなと。その二人の愛の行方は、よう子の生家で住み込みの家政婦をしていた冨美子の視点で描かれます。実は太郎との間に関係があったようなのですが「匂わせ」だけで描かれないんです。直接的な性描写よりずっとノックアウトされました。
木村:人間の想像力はたくましいので、実際に書かれている文字情報以上のもの、たとえば自分がしてきた経験や見聞や五感で得たものを同時にそこに読み取ってしまうんですよね。だからこそ、同じ文章が書かれていても、それぞれにイメージするものが違う。私が中学2年生で『仮面の告白』を読んだときに、ちらっと本から目を逸らしたときに映った、銀杏の揺れる枝葉や前の席の男子の背中が生々しくて。小説で描かれている官能が肌感覚と直につながったと感じた瞬間でした。
前田:すごい大人びた素敵な中学生ですね(笑)。
木村:『溺レる』も、結構暴力的なセックスがあったり、排泄の場面があったり、五感が刺激される作品集です。
前田:谷崎潤一郎の『痴人の愛』は外せませんよね。木村さんも谷崎をお持ちですね。
木村:『瘋癲老人日記』。谷崎は死ぬまで性や欲望に従順で奔放で、女性の肉感…特に足ですよね、その憧れと渇望の描写がすごい。
前田:谷崎の趣味をこれでもかというくらい見せられて笑ってしまう。エロティシズムって滑稽な面もあるのだなあと思います。
木村:前田さんは、山田詠美さんもお好きですか。
前田:『蝶々の纏足・風葬の教室』は何度も読みました。私は、同性愛者でも異性愛者でも、女の子が最初に焦がれる相手は女の子だと思っていて。ちゃんのまつ毛が長くてキレイだな、触ってみたいな、とか。この一冊には女の子同士の小さな焦がれが、膨れ上がり変化していく様子が描かれているように思います。官能に意味を持たせたり娯楽にするのは大人ですが、決して大人だけのものではないと思います。
木村:焦がれるって、人にとって本能的なものかもしれませんね。
木村綾子さんselect
『溺レる』川上弘美
焦がれているからこそ増す8組の男女の愛しさと孤独。
男に言われるがままに一緒にあてもない旅を続ける女の愛欲を描く表題作など、全8編。「二人の間に愛やセックスがあっても、決してわかり合えない部分がある寂しさがさまざまなシチュエーションで描かれ、皮膚感覚に迫ってきます」。文春文庫 660円
『仮面の告白』三島由紀夫
男性にも女性にも惹かれる複雑な内面が吐露される。
自身の性的指向とアイデンティティに苦悩する青年の告白小説。「直接的な性描写があるわけではないのに、たとえば聖セバスチャンの殉教図を見た〈私〉の内面描写で『ああ、射精したんだな』とわかるんですよね。言葉で官能の魅力を味わえる一冊」。新潮文庫 新装版 649円
前田エマさんselect
『本格小説』水村美苗
歴史のうねりと運命的な愛を描く、日本版『嵐が丘』。
アメリカンドリームを掴み凱旋帰国した東太郎と、軽井沢のお屋敷の娘・よう子の引き裂きがたい絆はどうやって生まれたのか、運命的な愛に翻弄された登場人物たちの生と死を追う。「冨美子の語りの行間から伝わる太郎への思いが切ないです」。新潮文庫 上巻924円、下巻825円
『蝶々の纏足(てんそく)・風葬の教室』山田詠美
息を詰めるように読む、少女期の繊細な心の動き。
〈私〉が語る幼なじみのえり子との関係と成長を描く「蝶々~」を含む全3編を所収。「『風葬~』を、村田沙耶香さんがインタビューで“人生でいちばん読み返した小説”に挙げていたので、手に取った本なのですが、『蝶々~』にもとても感動しました」。新潮文庫 572円
木村綾子さん(写真右) 文筆家。中央大学大学院にて太宰治を研究。現在は文筆業のほか、ブックディレクション、イベントプランニングなどで活躍する。昨年8月より、作者と読者がつながるオンライン書店「コトゴトブックス」をスタート。
前田エマさん(写真左) モデル。東京造形大学在学中からモデル、エッセイ、写真、ペインティング、ラジオパーソナリティなど、ジャンルにとらわれない活動が注目を集める。雑誌やウェブメディアでエッセイの連載を多数持つ。
※『anan』2022年3月9日号より。写真・小笠原真紀 取材、文・三浦天紗子 撮影協力・TITLES
(by anan編集部)
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