SNSの危うい落とし穴… 誰にでも起こりうる問題を突き付ける話題作【イラン】
ananweb / 2022年3月30日 20時0分
いまや私たちの日常生活から切り離せなくなったものと言えばソーシャルメディアですが、まもなく公開を迎えるオススメ作品は、その光と闇をサスペンスフルに映し出した注目のイラン映画『英雄の証明』。そこで、各国で高い評価を受けた話題作で主演を務めたこちらの方にお話をうかがいました。
アミル・ジャディディさん
【映画、ときどき私】 vol. 468
イランの名匠アスガー・ファルハディ監督の最新作で、借金を返せなかった罪で投獄されている主人公ラヒムを演じているアミルさん。劇中では、ある出来事をきっかけに一躍“英雄”として注目されるいっぽうで、SNSによって広まった噂に翻弄されていく男の姿を見事に演じています。今回は、役作りの裏側や現場の様子、そして日本への思いについて語っていただきました。
―まずは、本作への出演を決めた理由から教えてください。
アミルさん 一番は、やはりファルハディ監督の作品であったからですね。以前から彼とは一度仕事をしてみたいと思っていましたし、彼の演出からはいろいろなことを学べるだろうと感じたので、すぐに出演することを決めました。
―とはいえ、ファルハディ監督といえば、イランが世界に誇る映画監督の一人なので、その作品で主演を務めることに対するプレッシャーもあったのではないでしょうか。
アミルさん それよりも、彼と一緒に仕事ができることがうれしかったですし、彼との現場を楽しみたいという気持ちのほうが大きかったので、特にプレッシャーのようなものはありませんでした。あとは、自分が演じるラヒムのキャラクターを気に入っていたというのも、大きかったですね。今回のように、監督も演じたキャラクターも好きな作品に参加できたのは、とても幸運なことだったと感じています。
演じるのではなく、キャラクター自身を生きている
―実際に現場を経験してみて、ほかの監督にはないような演出方法や印象に残っているアドバイスはありましたか?
アミルさん イランにはとても偉大な映画監督が多いので、もちろん一人ずつ違いはありますが、ファルハディ監督の映画に出演して気がついたのは、演技に関して役者任せではないということ。自分で脚本を書いているからというのもありますが、役者にディテールまできちんと説明したうえで、僕たちの演技を非常に細かく見てくれる姿勢はほかの監督とは違うところかもしれませんね。僕自身、これまで細部まで気を配って役作りをしていると自分で思っていましたが、ファルハディ監督との現場を経て、より深いところまで考えるようになりました。
―なるほど。今回はリハーサルに数か月もの時間をかけたそうですが、具体的にはどういったところに力を入れて役作りされていたのかお聞かせください。
アミルさん カメラの前で行うリハ以外に、舞台となったシラーズの方言を覚えるため、僕はその土地で生活を送りました。実際にいろいろな話を自分で見聞きしたかったので、普通に暮らしている方々と友達になり、元看板職人であるラヒムと近い職業である大工やペンキ屋さんのところで数日間バイトをしたこともあったほど。とにかくラヒムというキャラクターを自分の体になかに入れたかったので、街のなかでさまざまな人からたくさんのヒントをもらうことを意識していました。
―その過程で、苦労されたことや難しかったシーンはどのようなことでしょうか。
アミルさん いま話したように、僕はキャラクターを自分の体のなかに入れて、その人自身を生きようとするタイプ。つまり、演じている意識はないので、「演じるうえでここが難しかった」というのは言えないんです。ただ、生きていればつらいときも楽しいときもあるものなので、そういう意味で大変だったのは、ラヒムの息子が父親をかばうためにある撮影に応じようとする場面。そこは、僕自身ではなくて、ラヒムとして一番つらい瞬間だったと思います。
SNSで正義の意味が変わることは最悪のケース
―心が引き裂かれるような非常に印象的なシーンでした。また、ラヒムという人物のとらえ方については観る人によって、英雄か、それともペテン師かにわかれると思いますが、アミルさんはどのように受け止めましたか?
アミルさん 僕はラヒム自身ですよ。ということは、自分で自分のことをペテン師とは言わないですよね(笑)。
―確かにそうですね。劇中でも描かれているように、ラヒムという人物を判断するうえで大きく関わってくるのが、ソーシャルメディアの存在。ソーシャルメディアの登場によって、社会が求める正義や英雄像が変化しているのと感じることもあるのでは?
アミルさん そうですね。ただ、ソーシャルメディアによって正義の意味が変わってしまうというのは、最悪なケースだと思っています。とはいえ、すでに僕たちの生活はSNSと深く関係していますから。正直言って、これはあまり喜ばしいことではないと感じています。
―良くも悪くも、ソーシャルメディアには人生を変えてしまうほどの力があると思いますが、ご自身はソーシャルメディアとどのように付き合っていますか?
アミルさん 僕はもし自分が俳優ではなかったら、ソーシャルメディアとはまったく関わっていなかったかもしれません。でも、いまの人々がどういう考えを持っているのだろうかといったことを知ったうえで役作りをするので、いろいろな情報を手に入れるためにも必要とせざるを得ない状況ではありますね。そういう意味では、いまの僕にソーシャルメディアを非難するのは難しいと思います。
日本はいつも心のなかにある好きな国
―いよいよ日本で公開を迎えますが、日本に対しての印象を教えてください。
アミルさん 僕が出演している映画が東京国際映画祭で上映されたことはありますが、残念なことに僕はまだ日本には行ったことがありません。にもかかわらず、以前からなぜか日本のことは心のなかにあり、好きな国なので、日本に関するニュースなどはいつもチェックしているほど。日本のみなさんは、優しくて穏やかな方が多い印象なので、ぜひ日本を訪れたいと思っています。
―ちなみに、日本でしてみたいことはありますか?
アミルさん 僕はもともと他国の文化を積極的に取り入れるようにしているので、日本に行ったら昔の文化が残っているところを訪ねてみたいです。あとは、偉大な黒澤明監督の国でもあるので、ぜひ日本の観客のみなさんの反応を見たり、いろいろな人と話したりしたいなと思っています。そして、最終的には、お寿司をたくさん食べたいですね(笑)。
―ぜひ、お待ちしています! それでは最後に、日本の観客へ向けてメッセージをお願いします。
アミルさん まずは僕たちが作った映画を観ていただき、みなさんがラヒムの目を見て、彼と関係を持っていただけることを願っています。そして、日本の方々の心にもこの作品が伝わってくれたらうれしいです。
インタビューを終えてみて……。
俳優だけでなく、テニスプレイヤーとしても活動しているため、忙しい合間を縫って取材に答えてくださったアミルさん。劇中の雰囲気とはがらりと変わっていたのも印象的でしたが、役に対する真摯な姿勢やファルハディ監督との充実した現場の様子が手に取るようにわかりました。いつか来日されたら、また日本での経験や印象などについておうかがいしたいです。
緻密なストーリー展開に引き込まれる!
諸刃の剣とも言えるソーシャルメディアが引き起こすリアルな現実と、それによって生まれる葛藤が観る者の心を震わせる傑作。イランならではの社会背景を見せつつ、現代を生きる私たちなら誰にでも起こりうる問題を突き付ける本作は、まさにいま観るべき1本です。
取材、文・志村昌美ストーリー
借金を返せなかった罪で投獄されている元看板職人で服役囚のラヒム。借金さえ返済すればすぐにでも出所できる状況のなか、彼の婚約者が偶然拾ったのは、17枚の金貨が入ったバッグだった。彼らにとって、それはまるで神からの贈り物のように思えたが、いつしか罪悪感を抱き始めたラヒムは、金貨の落とし主にバッグを返却することを決意する。
すると、ささやかな善行がメディアで大反響となり、ラヒムは“正直者の囚人”という美談の英雄に祭り上げられていく。未来への希望に胸を膨らませているとき、SNSである噂が広まり、疑惑の眼差しを向けられたラヒムを取り囲む事態は一変しまうのだった……。
胸がざわつく予告編はこちら!
作品情報
『英雄の証明』
4月1日(金)よりBunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
配給:シンカ
©2021 Memento Production - Asghar Farhadi Production - ARTE France Cinema
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