恋人でありながら…隣人と偽って暮らす「女性カップルの苦悩」【映画】
ananweb / 2022年4月7日 19時0分
社会における障壁や家族との問題、他人からの視線など、日々何かと闘いながら生きている人も多いと思いますが、そんな心に共感や感動を与えてくれるもののひとつといえば映画。そこで、ある苦しみを抱えた主人公たちを描いた話題作をご紹介します。
『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』
【映画、ときどき私】 vol. 471
南仏モンペリエを見渡すアパルトマンの最上階で、向かい合う互いの部屋を行き来して暮らしているニナとマドレーヌ。彼女たちは隣人同士であり、実は長年密かに愛し合ってきた恋人同士でもあった。
不幸な結婚の末に夫が先立ち、子どもたちも独立していたマドレーヌは、静かな引退生活を送っていたが、2人の望みはアパルトマンを売ったお金で一緒にローマへ移住すること。ところが、子どもたちに真実を伝えられないまま、時間だけが過ぎていく。そんななか、突如マドレーヌを襲った悲劇により、2人は究極の選択を迫られることに……。
世界各国の映画祭で評価されるだけでなく、辛口なことで知られるアメリカの映画批評サイト「ロッテントマト」でも98%(2022年4月4日現在)という高い支持を得ている本作。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。
フィリッポ・メネゲッティ監督
ニューヨークやイタリアでキャリアを積んだのち、現在はフランスに拠点を移して制作に取り組んでいるイタリア出身のメネゲッティ監督。長編監督デビュー作となる本作では見事セザール賞の新人監督賞に輝き、注目を集めています。今回は、作品を通して伝えたいことや完成までに見舞われた苦労、そして日本文化への興味などについて語っていただきました。
―監督は、以前から「秘密裏に愛し合う女性たちの物語を撮りたかった」ということですが、こういった題材に興味を持つようになったきっかけはありましたか?
監督 このテーマで語りたかったのは、他人の目線によって人はどのような影響と制限を受けているのか、そして他人によって排除されてしまう人々についてです。それらについて取り上げたいと思ったのは、自分が若いときに知り合った2人の女性がきっかけでした。彼女たちはこの映画の主人公たちよりも複雑でつらい環境に置かれていましたが、そんな彼女たちの生きざまに心を打たれたのです。
と同時に、彼女たちは僕に映画への情熱を植え付けてくれた人でもあったので、僕にとってはとても重要な人物でした。そういったこともあって、彼女たちへの感謝を込めた作品を作りたいという気持ちが大きかったのだと思います。本作は実話を基にした作品ではありませんが、痛みを抱えながら生活をしなければならない人たちを目の当たりにしたことが出発点となりました。
この作品には、映画人としての責任を感じた
―ほかにも、参考にされたことはあったのでしょうか。
監督 脚本を書いていたのは2013年から2018年頃ですが、その間に主人公たちと年代の近いフランス人とイタリア人の女性カップルでご近所さんとして密かに暮らしている方が叔母の知り合いにいることを耳にしたり、フランスで同性婚を認める法案の成立を巡って反対のデモが起きているのを目撃したりと、自分が書いている物語と現実が交差するような経験もしました。資金調達にかなり苦労はしましたが、そういった出来事が刺激となり、このストーリーを書き上げてみたいと強く思うようになったのです。
―日本では中年以上の女性を主人公にした映画の企画が通りにくいという現場の声を聞いたことがありますが、ヨーロッパでは本作のように年配の女性でも主人公の作品は多く作られているような印象です。とはいえ、現状はどのような感じですか?
監督 まさに日本と同じで、今回の資金調達が難しかった原因には主人公の年齢という問題が大きくありました。「もし主人公の女性たちが若かったらすぐに制作できるのに……」といったことは、何回も言われましたから。でも、僕としては年齢の高い女性を表現することが自分の映画人としての責任だと考えていました。
なぜなら、現代は強迫観念にとりつかれて生きているような社会で、若さやスタイルの完璧さばかりを良しとしているところがあると感じているからです。とはいえ、現実はみんなが若いわけでもなければ、全員がモデルのようなプロポーションをしているわけではないですよね? 映画では筋骨隆々のかっこいい店員さんがいることもありますが、僕が行くお店ではそんなことはなく、いろいろな体型の人がいます。だからこそ、人に強迫観念を与えないような正直な映像を撮りたいというのが自分の希望でもあったのです。
若さだけでなく、年齢を重ねたところにも魅力はある
―そういった信念を貫いたからこそ、素晴らしい作品として完成したのだと感じました。
監督 あとは、年齢についても包み隠すことなく表現したかったので、ニナとマドレーヌを演じてくれた女優さんたち伝えたのは、「メイクはあまりせず、シワも撮りますよ」ということ。でも、70歳を過ぎた彼女たちはナチュラルで美しく、本当に魅力的でした。僕自身、魅力というのは若さだけでなく、年齢を重ねたところにもあると考えていますから。おそらく主人公たちの年齢を若くしていたら資金調達の問題は早く解決できていたと思いますが、自分の決断は本当に間違っていなかったと感じています。
―ちなみに、日本ではフランス人女性に対してありのままの姿で自由に生きている印象を持っている人が多いと思うので、マドレーヌのように夫から虐げられていることに耐え、カミングアウトできない女性像を少し意外に感じる人もいるかもしれません。キャラクターを作り上げるうえで意識したのは、どんなことですか?
監督 もちろん、フランスにもこういう女性はいますが、パリのような大都会か、今回のような田舎町かによっても考え方や人々のメンタリティは違うように感じています。おそらくそれは、イタリアでも日本でも同じことが言えるのではないでしょうか。人それぞれ感受性はまったく違いますが、僕としては小さな町を舞台にすることによって、誰にでも当てはまる話であるということを示したかったのです。
日本文化については、これからもっと知りたい
―なるほど。また、劇中では日本風の絵画や盆栽が部屋に飾られているのが目に留まりましたが、何かメタファーのような意図がありますか?
監督 気がついてくれたのはすごいですね。ただ、正直な答えとしては「好きだから」です(笑)。実は、日本文化にはとても興味があり、僕の家にも盆栽や浮世絵のような絵が置いてあるほどなので。作品に取り入れたことについては自分でも無意識でしたが、好きだから使わせてもらいました。
―日本文化のどういったところに興味を持たれているのかを教えてください。
監督 まずは、やはり日本映画ですね。黒澤明監督や溝口健二監督をはじめとする偉大な古典映画は、何度も繰り返し観ました。日本には一度だけ行ったことがありますが、その際に興味を持ったのは、自分に語り掛けてくるような美的感覚。細かいところにまでバランスが取れていたり、わずかな記号で多くを物語っていたりするのは素晴らしいと感じました。
あとは、日本人作家の方々が書かれた作品もいくつか読ませていただいています。そういったことが自分の何に影響を与えているのか自分ではわかりませんが、非常に複雑な日本文化からさまざまな感銘を受けているのではないかなと。ただ、まだ自分には無知なところが多いので、日本についてはこれからもっと知りたいと思っています。
―ありがとうございます。それでは最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。
監督 僕が映画作りをするのは、観客の方々と感情を共有するためでもあるので、この映画がみなさんの心の琴線に触れ、感動していただけたらとてもうれしいです。ぜひ、感情移入しながら観ていただけたらと願っています。
愛がもたらす光と影を鋭く映し出す!
目に見えない社会の圧力や他人の視線に苦しみながらも、愛する人との自由な人生のために命をかけて闘う女性たちをサスペンスフルに描いた秀作。年齢や偏見に囚われることなく突き進む彼女たちの姿は美しく、そして観る者の心を激しく揺さぶるはずです。
取材、文・志村昌美胸を引き裂く予告編はこちら!
作品情報
『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』
4月8日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
配給:ミモザフィルムズ
© PAPRIKA FILMS / TARANTULA / ARTÉMIS PRODUCTIONS - 2019
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