地下トンネルで暮らす少女に未来はある…? 増え続ける「子どもの貧困問題」【米映画】
ananweb / 2022年8月2日 19時30分
早急に解決すべき世界的な社会問題のひとつといえば、子どもの貧困。そんななかご紹介するのは、本国アメリカで“いまこそ観るべき1本”として取り上げられた話題作です。
『きっと地上には満天の星』
【映画、ときどき私】 vol. 508
ニューヨークの地下鉄のさらに下に広がっていたのは、暗い迷宮のような空間。廃トンネルのなかでは、ギリギリの生活を送っているコミュニティがあり、5歳になる少女のリトルは、母親のニッキーと暮らしていた。
ところがある日、不法居住者を排除しようと市の職員たちがやってくる。隠れてやり過ごすことができないと判断したニッキーは、リトルを連れてと逃げ出すことを決意するのだった。夢にまで見た地上で、外の世界を初めて体験するリトル。喧騒の街ニューヨークで追い詰められていく母娘に、希望の光は降り注ぐのか……。
ヴェネツィア国際映画祭をはじめ、さまざまな映画祭でも絶賛された本作。この作品で長編デビューを果たし、一躍注目を集めたこちらの方々にお話をうかがってきました。
セリーヌ・ヘルド & ローガン・ジョージ監督
監督と脚本のみならず、女優として母親のニッキー役も務めているセリーヌさんと、共同で監督と脚本を手掛けたローガンさん。同じ大学で演劇を学んだ友人同士だった2人ですが、現在は公私ともにパートナーとなり、いくつもの作品を一緒に発表して高く評価されています。そこで、本作に込めた思いや撮影現場の裏側、そして日本での忘れられない出来事などについて語っていただきました。
―もともとは、セリーヌさんが住居を持たない母子と出会ったことと、地下コミュニティへの潜入記『モグラびと ニューヨーク地下生活者たち』を読んだことが始まりとのことですが、映画にすべきと思われたきっかけは何ですか?
セリーヌさん その母子と本に出会うまで、子どものホームレスというのがここまで大きな問題であることを認知していませんでした。いまでも、私のようにホームレスには何となく大人のイメージを持っている人は多いのではないでしょうか。ただ、調べていくとニューヨークでも、何万人もの子どものホームレスがいることがわかりましたし、世界中にもたくさんいることを知りました。
さらに、日本の『万引き家族』やレバノンの『存在のない子供たち』といった海外の作品では描かれているにもかかわらず、アメリカの映画ではしっかりと掘り下げていないことにも気づかされたのです。そういったこともあって、この題材に取り組みたいなと。ただ、公共広告的な映画にするのではなく、映画的なストーリー展開でありながらホームレスの子どもたちが抱えている問題を知るきっかけになるようなものにしたいと考えました。
まさにいま起きている問題として考えてほしい
―制作に取り掛かるうえでは、ホームレスたちが住んでいた本物のトンネルにも行かれて、不法侵入で逮捕されたこともあったとか。実際の場所に足を踏み入れてみて、いかがでしたか?
ローガンさん マンハッタンの地下トンネルに初めて行ったのは2012年ですが、そこに人が住んでいたのは1980から90年代頃だったので、すでに誰も住んでおらず、人々が残したものがあるくらいでした。ほかにも、セントラル・パークの下にあるトンネルなどに行きましたが、印象的だったのは壁画が描かれていたこと。それによって、そこにはコミュニティが存在していたことや温かみのようなものを感じたのです。
トンネルのなかで起きていたことは昔の話かもしれませんが、この映画では現代の物語として描きました。その理由としては、過去の出来事として片づけるのではなく、まさにいま起きている問題として考えてほしかったからです。
―そういった経験をした方々と話をするなかで、印象に残っていることもありましたか?
セリーヌさん 私は子ども時代にホームレスをしていた女性と話をする機会があったのですが、彼女は自分の母親に置いていかれてしまった方でした。18歳になったとき自分の母親を探し出し、どうして自分を他人に預けたのか聞いたところ、「母親になる心の準備ができていなかったし、そもそも子どもを産みたいと自分で選択したわけではなかったから」と言われたそうです。
それを聞いたときに、女性だからといって誰もが母親になりたいという願望を持っているわけではないのだと感じ、とても強烈な言葉だと思いました。人によっては、ある程度年齢を重ねたり、タイミングが訪れたりしたことによってそういう思いが出てくるものなのだと改めて感じた瞬間です。彼女が話してくれた母親の話は、劇中のニッキーのキャラクターに多く反映させてもらいました。
誠実な演技と素晴らしい存在感が撮れた
―ニッキーを演じる際、セリーヌさんがイヤホンを付けながら演出と演技を同時に行っていたと聞いて非常に驚きました。精神的にもかなりきつい役どころだったと思いますが、どのようにして監督業と女優業を両立させていたのでしょうか。
セリーヌさん うまくやるのは難しかったですね。ただ、リトル役のザイラと一緒のシーンだけイヤホンをしていたくらいで、ずっと付けていたわけではありません。特に必要だったシーンとしては、ローガンが彼女に指示を出さなければいけなかったときとか、映像の画角を考慮しなければいけなかったときです。
というのも、ザイラにあまりスタッフの姿を見せたくなかったのと、撮影場所が狭かったこともあって、カメラマンと音声と役者だけになることが多かったので。そういったときは、私とローガンが耳でつながることによって、お互いがお互いの目の役割を果たして進めていきました。
ローガンさん ザイラにとっては初めての演技だったので、作品の世界観のなかに身を置いてもらい、自然と撮り続けるなかで演じてもらうほうがいいと思ってそのようにしました。特に、子どもというのはマジカルなものなので、ときには僕たちが脚本で書くセリフより10倍もいいことを口にしたりすることがありますからね。
自由に演技してもらい、自分自身との境界線があいまいになるような感覚になってほしかったので、15分から20分ほどカメラを回し続けたことも。結果的には誠実な演技と素晴らしい存在感が撮れたと思っています。
―ザイラちゃんは初めての演技とは思えませんでしたが、出演のきっかけは家族と教会の炊き出しに来ていたときにキャスティングディレクターと出会ったときだとか。彼女が置かれている状況も、リトルに近いものがあったのですか?
セリーヌさん ザイラが2歳のとき、つまり彼女と出会う3年前のことですが、家族で住んでいた家が火事で全焼してしまったそうです。しかも、当時は仕事をしていたのはお父さんだけでお母さんはまだ大学に通っていたそうなので、仮の住まいしかなく、生活もまだ不安定なときだったと思います。
ザイラは5人兄弟の真ん中で、他の兄弟たちは赤い髪色で人目を引く家族だったので、お父さんもいつか家族が撮影されるような機会があればいいなと考えていたのだとか。なかでも、ザイラは演技が好きだったようなので、いい出会いができたと思っています。いまでは、きちんと家もあって安定していますし、私たちとは家族ぐるみの付き合いをしているところです。
日本での結婚式は、完璧で美しい一日だった
―日本についてもおうかがいしたいのですが、もし日本にまつわるエピソードがあれば教えてください。
セリーヌさん 実は、私たちは日本にあるインターナショナルスクールで2年間ほど演技や演劇を教えていたことがあるんですよ。なので、日本をとても愛していますし、住んでいた東京を気に入っています。
ローガンさん ただ、毎日仕事が忙しくて東京以外の場所に行く時間がなかったのは残念だったかなと。ぜひ地方の町も見てみたいので、ちょうどいい季節のときにまた戻りたいなと考えているところです。個人的には、日本の冬の景色に惚れ込んでいて、特別なものを感じています。
セリーヌさん それと、日本での思い出と言えばですが、なんと私たちは日本で結婚をしたんです。というのも、当時はコマーシャルのプロジェクトや短編の制作も日本でしていて、いろいろな手続きの関係上、夫婦になったほうが楽だなと思ったので、勢いで結婚したんですが(笑)。
ローガンさん でも、僕たちはもともと小さな結婚式をしたいと思っていたので、僕たちのことを誰も知らない土地で結婚するという意味では完璧な場所でしたね。
セリーヌさん 式を挙げたホテルからは結婚の証明書もいただいたので、それを壁に飾っているんです。2人きりの結婚式を日本という美しい国ですることができて、とても光栄に思っています。
ローガンさん しかも、日本人のみなさんはとても思いやりがあって優しい方々ばかり。おかげで、本当に美しい一日を過ごすことができました。
社会で起きている問題を知るところから始める必要がある
―素敵な思い出を教えていただき、ありがとうございました。セリーヌさんがこの問題に取り組み始めて、すでに10年が経過していますが、ホームレスの方々が置かれている現状は変わりましたか? もし私たちにでもできることがあれば、教えてください。
セリーヌさん アメリカも経済的に不況になってきたので、あまり改善は見られていないように感じています。
ローガンさん しかも、コロナ禍になってしまったので、ニューヨークをはじめ、西側のロサンゼルスやカリフォルニアなどではホームレス問題はより深刻になっている印象です。
セリーヌさん ただ、ワシントン州では住宅を基本的人権のひとつとみなすようになり、すべての人に住宅を与える対策を取ったところ、それがうまく行っているようなので、改善されている州もあります。
ローガンさん でも、アメリカでは不平等がどんどん広がっているのではないかなとも思っています。
セリーヌさん 確かに、アメリカの政策は迷走しているところもあるので、これからどうなるのかはわからないところかなと。だからこそ、この作品を通して「ニッキーのような人が電車で自分の隣に座っているかもしれない」と観客に感じてほしいと思っています。
ローガンさん ニューヨークでは、ギリギリホームレスではないけれど、明日にでもホームレスになりそうな可能性のある方は増えていますからね。
セリーヌさん そのほかに、個人的に人生を変えてくれた出来事といえば、ボランティアに参加したこと。そこで自分の行動が他人の人生を少しでも変えられるかもしれないと感じられた経験は大きかったです。なので、みなさんに言えるとすれば、ボランティアをしてみること、あとはこれらの問題を解決してくれる実行力のある人に投票するといったことでしょうか。ただ、いまは世界的に見ても本当にいろんなことが起きているので、社会で起きている問題について、まずは知るところから始めていく必要がありそうです。
暗闇のなかでも、手を伸ばせばきっと希望はある
当事者の目線から物事を見ることによって、これまで知ることのなかった世界を知るきっかけを与えてくれる本作。胸が張り裂けるような愛でつながった母と娘の姿に、心が揺さぶられる必見作です。
取材、文・志村昌美目が離せない予告編はこちら!
作品情報
『きっと地上には満天の星』
8月5日(金)より シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開
配給:フルモテルモ、オープンセサミ
️©2020Topside Productions, LLC.All Rights Reserved.
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