横尾忠則「幼児の頃から絵を描いていて、今87歳なんだけど、それでもまだ到達点が見えない」
ananweb / 2023年9月23日 21時40分
1960~’70年代にはグラフィックデザイナーとして、’80年代以降は美術家として世界的に評価されている横尾忠則さん。現在87歳、「自分は飽きっぽい」と語るその理由とは?
ポップでセンセーショナルなデザインで昭和を駆け抜け、その後は現代美術家として世界中から引く手あまた。令和の今は若手ミュージシャンからも「ジャケットを描いて!」という熱烈なオファーが届く横尾忠則さん。87歳になった今もまだ絵を描き続けるモチベーションはなんなのか。緑がひろがる大きな窓が印象的なアトリエにお邪魔して、お話を伺いました。
――毎日アトリエに通っていらっしゃるんですか?
そうだね。僕は目が覚めるのが早くて、8時にごはんを食べて、その後自転車でアトリエに来る。絵を描いたりゴソゴソ散らかしたりしているうちに夕方になって、家に帰って晩ごはんを食べてお風呂に入ってすぐ寝ちゃいます。あ、でも今日は2時に起きた。大谷の試合を観たかったから。
――? 大リーガーの、大谷翔平さんですか?
そうそう。ホームラン打つかなと思って期待して見ていたんだけど、三振ばかりするので二度寝しちゃった。大谷が活躍すると、その日は一日気持ちいい。別に親戚でもなんでもないんだけど、なんか嬉しいよね(笑)。
――惹かれる理由はなんですか?
彼は次から次へと新しいルールを開拓していくじゃないですか。大谷のそういった在り方や精神はアートの精神と近いんですよ。既成のルールをどんどん壊して、新しい道を作る。僕はその辺が好きなんです。
――横尾さんの作るアートや活動にも、そういった“既存を壊して新しいルールを作る”感覚を感じる人は多いと思いますが…。
あ、そうですか? でも、僕自身は新しいものを作りたいとは全然思ってないんです。飽きちゃうんですよ。今日描いた絵の延長を明日描こうとは絶対に思わない。だって明くる日になったら、別の気分や発想が出てきますから。だから僕の絵には、統一したテーマや様式がない。
――“横尾忠則の作風”的なものはない、ということですか?
そう。一般的には画家は自分の統一したアイデンティティを持っていて、それを持続継続していくものだけど、でも僕は、自分が描いた絵に飽きちゃう。食べ物と同じですよ。毎日食べて飽きないのは白米くらいなもんで、おかずは別のものが食べたくなるじゃないですか。僕にとって創作は、食事と同じくらい肉体的なもので、頭で考えるよりも身体的な生理が優先されるんです。まあ、飽きっぽいんですよ。
――飽きっぽい性格は昔から?
子どもの頃からですね。だから87歳になった今も、子どもの頃の延長で絵を描いてる感じです。
寒山拾得の顔つきには自由を感じるんです。
――現在、東京国立博物館で展覧会が開催されていますが、今回のテーマは“寒山拾得(かんざんじっとく)”。中国、唐の時代に生きた伝説的な2人の詩僧、寒山と拾得だそうですが、展覧会の資料を拝見すると、先ほどのお話のとおり、全く異なる作風の絵がズラッと並んでいて、驚きました。
そうでしょう。今回は1年2か月の間に描いた100点くらいを展示するんですが、毎日コロコロ作風が変わっていったから、並べてみると、もはやどれが僕の作品なのかよくわからないけれど、僕が描いたんだから全部僕の作品だ。僕はコンセプチュアルアートのような観念や言葉を、脳の中から廃除して、極力、考えないことに徹している。自由になるためには観念は邪魔だからね。だから僕は、描きたいものを描くだけ。あとは見た人が勝手に評価してくれればいい。今回来てくれる人には、100枚のスタイルの変化を見て、僕の頭の中の複数の小さい僕と出合ってくれれば、それでいい。
――今回の作品は、コロナ禍にアトリエで描かれたものだと伺いました。どういうきっかけで“寒山拾得”を描くことに?
あのね、江戸時代の日本の画家のほとんどが、寒山拾得を描いてたんですよ。というか、描かない人がいないくらいポピュラーな題材だった。中国からの影響が大きい時代だったんでしょう。ところが明治時代になってからは、一切誰も描かなくなったんです。
――え、その理由は…?
知らない(笑)。おそらく明治になると西洋近代主義が導入されて、そうすると中国的な土壌や文化が絵のテーマにならなくなったんじゃないですかね。
――その間、“寒山拾得”は忘れ去られたテーマだったんですね。
そう。その、“誰もやっていないことをやる”に、僕は興味があるわけ。非常に“大谷的”じゃない(笑)。会ったこともない未知のものに興味を持って、挑んでいく。それってアートへの姿勢だけではなく、生き方そのものにも通じるところがあると思うんですよ。
――寒山と拾得という2人の僧自体にも興味がありましたか?
この2人についてのちゃんとした伝記や書物はゼロに近いくらい何もなくて、“唐の時代の禅僧”ということくらいしか情報はないんですが、その奇行ぶりから“風狂の僧”と言われていて。いつもボロボロのものを着て、わけもなくニタニタ笑っていたらしいんですよ。どちらかといえば、阿呆の“相”。でも僕は、阿呆の相こそが悟った人間の最終的な面相だと思っていて。現代社会では本を2万冊も3万冊も読んで何かを悟った人間を“知の巨人”とか言いますが、僕は悟った人間の知的な表情になんて興味はない。“寒山拾得”の阿呆の相に、惹かれるんです。人間は愚者になることによって、天と通じるんです。つまり知性ではなく霊性にね。
――そこに何を見るんですか?
自由、じゃないですかね、やっぱり。彼らはルールのない世界に住んでいて、霊的なものと交流しながら生きていたと思う。いわゆる知識人とは全く違う。彼らが対話していたのは、宇宙なんですよ。
――やはり自由に憧れますか?
最終的に…というと変だけど、同じ道を行くならば、そこを目標にはしたいです。だけどね、人間の一生は短すぎて、なかなか寒山拾得のような境地には到達できない。そこに行くためには何度も何度も輪廻転生を繰り返さなければならない。
――1回の人生ではとても無理?
そんなの絶対無理(笑)。キリストやブッダだったら2回くらいで行けるかもしれないけれど、我々みたいな人間は100回か200回繰り返してもまだ無理かもしれない。
――今の現世で、自分はどのくらい自由になったと思われますか?
いや、まだ階段の真下にいるくらいなもんですよ。階段の先は全然見えない。その階段が三次元的ではなく、四次元的階段であることを願いたいね。
――絵を描くことは、自由になることに繋がりますか?
僕の場合は絵を描くことでしか、そういった世界にはたどり着けない。絵しかないなって思うんです。僕は幼児の頃から絵を描いていて、今87歳なんだけど、それでもまだ到達点が見えない。だけどこの寸善尺魔の現世での生は最後にしたい。不退転に行くために、ただ描きむしるだけです。できれば現世で輪廻を打ち止めにしたいですね。
――次の人生があったら、絵を描きますか?
次? 絵描きなんてもう結構。今だってもう飽きちゃってるんだから(笑)。ただこれはさ、僕を司っている運命的な力が僕に描かせているわけだから、しょうがないんですよ。運命には従うしかない。「嫌だなぁ」と思いながら、絵を描く。「嫌だなぁと思いながら描いた絵ってどんなもんなんだろう、それを見てみたい」っていう。今は運命と、その好奇心によって描かされている感じで、世のため、人のためには描いていません。
――誰にでも運命はあると思いますか?
生まれてから人はいろんな運命に出合うわけで、それを100%受け入れて生きようとする人と、「この状況は嫌だ、違うものが欲しい」と運命に抵抗する人の2種類に分かれると思うんです。僕は、与えられた運命に従って生きてきたと思う。ていうかね、そのほうが便利がいいんです。努力する必要がないから。だって運命どおりのことをやればいいんだもん(笑)。別のものを求めるから、努力をしたり、競争したり、戦ったりしなきゃいけなくなる。怠け者の僕にはそれは合わなかったんだよね。
――なるほど(笑)。
でも一方で、運命に従うってことはどこに連れていかれるかわからないわけ。ただ僕はそこに興味を持ったんです。変なことになったなぁとか、おかしなところに連れてこられたなぁと思っても、「それも運命」と思って身を投げ出せばいいだけです。その結果が画家にさせられたんだから。
――その思考が構築されたきっかけはあるのでしょうか?
そうねぇ…。もともと僕は別の家に生まれて横尾家に養子に行ったわけなんだけど、僕が望んでそうなったわけではないんですよ。つまり運命なの。「行きたくない」とか「こっちの両親がいい」みたいな選択肢はなくて、「あ、そうですか」と行くしかなかった。まあそもそも2つか3つの僕に判断力なんてないですけどね(笑)。横尾家のおじいさんとおばあさんは僕を猫可愛がりしてくれて、僕が求める前にいろんなものを用意してくれた。それで19歳くらいまで過ごした結果、与えられたものに従って生きるのが一番いいんだな、というところにたどり着いて、今までずっと来てるわけ。
――ご自分から「これをやりたい!」みたいな気持ちは…。
ないない。来たものに乗る。あ、でも今ちょっと面白いことをやっていて。前衛音楽家のテリー・ライリーさんという人がいるんだけど、ちょっとした偶然で出会った彼と2人でグループを作ったの。テリーさんが音楽を演奏する後ろで僕が絵を描いたり、展覧会の会場で僕の絵をイメージした曲を演奏してもらったり、そういうことをいろいろやろうって。でも、僕は87歳で、彼は88歳だから、おじいさんグループなんだよね(笑)。しかもグループ名は、2人の年齢を足した数字なんだけど、毎年変わるわけ。だからなかなかグループ名が思い出せない(笑)。
――めちゃくちゃ楽しそうです。
でしょう。あのね、どんな運命でも面白がるしかないんです。与えられたものを受け入れて、楽しみに変えて生きていく。人生ってそういうものだと思いますよ。
独自の解釈で描いた“寒山拾得”の作品を102枚一挙公開する展覧会「横尾忠則 寒山百得」展が、上野の東京国立博物館 表慶館で12月3日まで開催中。また来年には上海の美術館で大規模な回顧展が予定されており、「まだ言えないけれど、その後も展覧会がいろいろあるんですよ」(横尾さん)とのことです!
よこお・ただのり 1936年生まれ、兵庫県出身。20代よりグラフィックデザイナーとして活動し、独立。広告やポスター、エディトリアルなどを手掛け、また寺山修司や三島由紀夫とも多数仕事をした。’72年にニューヨーク近代美術館で個展を開催。’80年代以降は美術家として世界的に活躍。兵庫県神戸市と香川県豊島には自身の美術館も。
※『anan』2023年9月27日号より。写真・八木 咲
(by anan編集部)
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