「母のように日本の作品に出てみたい」フランス映画界の新星が語る日本での思い出
ananweb / 2023年12月7日 19時30分
これまでに数多くの良作と世界的な俳優を生み出してきたフランス映画界ですが、そのなかでも現在話題となっているのがまもなく公開の『Winter boy』。主演を務めた若手俳優は、「新たなスター誕生」「美しくすぐれた演技」「並外れた存在感」などとメディアから絶賛されています。そこで、“フランス映画界の新星”とも呼ばれているこちらの方にお話をうかがってきました。
ポール・キルシェさん
【映画、ときどき私】 vol. 621
さまざまな葛藤を経験する17歳の少年リュカを演じたのは、俳優のジェローム・キルシェさんとイレーヌ・ジャコブさんを両親に持つポールさん。本作で第70回サン・セバスティアン国際映画祭の主演男優賞を受賞し、2023年セザール賞とリュミエール賞では新人賞にもノミネートされ、高く評価されています。今回は、名監督と大女優と一緒の現場で感じたことやいま興味を持っていること、そして日本での思い出などについて語っていただきました。
―本作への出演はオーディションがきっかけだったそうですが、受けようと思った理由から教えてください。
ポールさん まずは、この物語に惹かれたからというのが大きかったと思います。思春期というのは世の中の現実とぶつかる年代ですが、そういう時期を過ごしている人たちにとって訴えかけるものが多くある作品だと感じたからです。
あとは、やはりクリストフ・オノレ監督と仕事をしたかったというのがありました。私小説的な映画を作らせたら「彼の右に出る者はいない」と思っているくらい、本当に素晴らしい監督です。
オーディションで意識していたのは、客観的な視点
―ポールさんは300人近い候補者のなかから抜擢されたということですが、なぜ選ばれたのかをご自分で分析したことはありますか?
ポールさん おそらく僕と同じくらいの年齢の少年たちは、まだ本格的な俳優ではない人が多いので、演技が上手いかどうかで決めているのではないというのは感じていました。それよりも自分の内側にあるものを見せることができて、持っているエネルギーを撮影で出せる人を監督は探していたんだと思います。
そういうなかで、僕がほかの人たちと違ったところがあったとすれば、オーディションのときの“立ち位置”。僕はすべてに対して客観的な視点を持つことを意識していたので、少し引いたところに立っていましたが、そうやって観察している姿が野性的に見えてよかったのかなと。実際、「オーディションのとき、楽しそうじゃなかったよね」とあとから言われました(笑)。
―本作はオノレ監督の自伝的作品でもあるので、監督のリュカに対する思い入れも強かったのではないかなと。現場ではどのような演出がありましたか?
ポールさん 実は、撮影していたときは、彼の自伝的な作品であることを知らされていなかったんです…。偉大な監督を前に緊張していて、こちらから話しかけるようなこともあまりできなかったせいかもしれませんが(笑)。
とはいえ、オノレ監督くらい経験が豊富な方の場合、たとえ自分を投影した役だったとしても、「自分が体験したことをそのまま再現してほしい」みたいに言うことはありません。ただ、本や物をくれたり、撮影中に自分の手袋を貸してくれたりすることはあったので、そういうところや美術的な部分で彼の人生における要素が映画のなかに入っているように感じました。
ジュリエット・ビノシュさんのインパクトはすごかった
―自伝的な物語であることを言わないほうがプレッシャーを与えないだろう、という監督の気遣いもあったかもしれないですね。
ポールさん あとは、あくまでも過去の自分自身としてではなく、現代によくいる若者として描きたいという気持ちが監督のなかに強かったのもあったと思います。とはいえ、劇中で使われている音楽が80年代にヒットしたイギリスのシンセポップ・デュオであるオーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダークの「エレクトリシティ」だったり、半野喜弘さんによるオリジナルサウンドトラックがノスタルジックだったりするので、この物語の源に過去がつながっているのは感じていました。
―また、演じるうえでは、母親役のジュリエット・ビノシュさんの存在も大きかったと思いますが、共演されてみて印象に残っていることがあれば教えてください。
ポールさん 初めて出会ったときのインパクトがすごかったので、そのときのことはいま思い出しても、微笑みが出てしまうほど。というのも、彼女は本当に美しくて、存在感があって、俳優としての才能が明らかですからね。一緒にカメラテストをしたときは、思わずずっと見つめてしまいました。
そして、この映画において欠かせないのは、彼女の母性的な強さ。それがあまりにもリアルだったので、そのおかげで家族が出来上がったと思います。撮影期間はあまり長くはなかったのですが、彼女が監督やキャストたちに料理を作ってもてなしてくれたり、親しく接してくださったりしたからこそ、家族としての関係性を築くことができました。
日本で過ごした3か月間は、とてもいい思い出
―リュカは父親の死や年上の男性との出会いによって運命が大きく変わっていきますが、ご自身の人生において転機となった出来事といえば?
ポールさん それはやっぱり映画と出会い、初めて演技をした17歳のときですね。とはいえ、そのときは周りに勧められてオーディションを受けただけだったので、自分で決めたわけではないのですが…。
ただ、僕の場合は両親ともに俳優なので、映画や舞台に対して自分でも気が付かないうち興味が高まっていったのだと思います。大学では経済学と地理学を専攻していたこともありましたが、時間が経つにつれて「映画に出たい」という気持ちが徐々に強くなっていったので、そう考えると最初に映画出演した経験が自分にとっては重要だったんだと思います。
―お母さまであるイレーヌ・ジャコブさんは、深田晃司監督や演出家の平田オリザさんともお仕事されていらっしゃいますよね。ご自身もいつか日本の作品に出てみたいですか?
ポールさん 母が平田さんの舞台に出演したとき、実は僕と弟も一緒に日本へ来ていて、城崎温泉に3か月間滞在をしていたことがあるんです。日本チームの方々には本当によくしていただきましたし、おもしろい作品でもあったので、とてもいい思い出となりました。なので、僕も日本の作品にはぜひ出たいです。
普段は、冒険をすることが大好き
―楽しみにしています。ちなみに、日本のカルチャーで影響を受けているものや好きなものは?
ポールさん パッと思いついたのは、小津安二郎監督。なかでも、『父ありき』という作品に感銘を受けました。ほかにも、日本に滞在していたときに日本の演劇もいくつか観て、とても感動した覚えがあります。
―仕事以外で、ハマっていることはありますか?
ポールさん 僕は冒険することが大好きなので、知らない土地を旅行したり、新しいことを発見したりするのを楽しんでいます。最近だとアイスランドに行ってきたんですが、農場で働きながらヒツジの世話を数か月間してきました。そんなふうに、まったく違う場所に行くのが好きなんですよね。
いろんな経験をして、俳優の仕事に“栄養”を与えたい
―それはすごいですね。今後も俳優をしながら、いろんなことに挑戦されていくのでしょうか。
ポールさん そうですね。俳優の仕事は好きなのでこれからも続けていきたいですが、そこに違う体験を混ぜていったほうが俳優であることにもより意義が出てくると考えています。なぜなら、いろんな経験が俳優の仕事に“栄養”を与えてくれるからです。
あと、僕は人類学にも興味があるので、さまざまな場所で、たくさんのことを観察したいなとも思っています。俳優というのは、そんなふうにリアルなことといかにつながっているかが大事なのではないのかなと。次はぜひアジアに1か月くらい滞在してみたいですね。
―それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。
ポールさん この映画が日本で公開されるなんて、本当に信じられない気持ちでいっぱいです。でも、本作でも描かれているように、思いがけないことが素晴らしい出来事へとつながっていくこともあるんだなと感じています。ぜひ、『Winter boy』に関心を持っていただけたらうれしいです。
インタビューを終えてみて…。
ときおり少年のような笑顔を見せていたものの、21歳とは思えない落ち着きと貫禄を漂わせていたポールさん。そういった芯の強さとオーラが、監督の目に留まったのもうなずけます。髪の毛をバッサリと切っていたこともあり、劇中とはかなり雰囲気が変わっていましたが、次はどんな役どころでスクリーンに登場するのかが楽しみなところ。今後、フランス映画界をけん引する存在になると思うので、ぜひいまから注目してみてください。
儚さと美しさに引き込まれる
琴線に触れる繊細かつ大胆な俳優陣の演技に魅了され、心を揺さぶられる本作。喪失を経験したからこそ見い出す希望と再生を描いた物語は、観る者の共感と感動を呼ぶ珠玉の1本です。
写真・園山友基(ポール・キルシェ) 取材、文・志村昌美通訳・加藤リツ子 ヘアメイク・久保マリ子
ストーリー
冬のある夜、17歳のリュカは父親が事故で急死したことで、寄宿舎からアルプスの麓にある家に連れ戻される。深い悲しみと喪失感を抱えるリュカは、葬儀が終わると兄の住むパリへと向かうことに。
はじめて訪れたパリで、リュカが出会ったのは、兄の同居人でアーティストのリリオ。年上で優しいリリオに心を惹かれるリュカだったが、彼には知られたくない秘密があった。そして、パリで刺激的な日々を過ごすなかで、リュカの心に新たな嵐が巻き起こる…。
釘付けになる予告編はこちら!
作品情報
『Winter boy』
12月8日(金)よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給:セテラ・インターナショナル
(C) 2022 L.F.P・Les Films Pelléas・France 2 Cinéma・Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma
写真・園山友基(ポール・キルシェ)
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