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小島秀夫「俳優にオファーするのも実際に会ってから決める」“人は直接、移動して出会うべき”と語る理由

ananweb / 2024年6月8日 20時0分

小島秀夫「俳優にオファーするのも実際に会ってから決める」“人は直接、移動して出会うべき”と語る理由

小島秀夫の右脳が大好きなこと=を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き」。第14回目のテーマは「“どこでも窓”から“どこでもドア”」です。

家族やカップル、親しい友人たちと電話をする場合、音声だけの通話をする人は少ないはずだ。今は「FaceTime」(注1)のようなアプリで、声だけではなく、相手の顔や表情、動き、その背景までもがわかる通話が可能だ。

コロナ禍の一時期、一気に普及したのが、「Zoom」(注2)だ。ネット回線で複数人を同時に繋ぐアプリケーションである。海外渡航や移動が制限された当時、国内外の人たちとミーティングや顔合わせが出来るツールは重宝された。自宅から、職場から、公園から、車中から、と何処からでもビデオ映像を双方向に送れるからだ。

若い人たちは、これがあたりまえの日常だと思っているかも知れない。しかし、僕が子供だった1970年代、テレビ電話は誰もが憧れた“まだ見ぬSF世界のガジェット”だったのだ。テレビ電話、エアカー、人型ロボット、月面ホテル。これらは、高度成長期が永遠だと思わせる象徴として、当時のSF映画やアニメ、漫画で描かれた“21世紀の未来図”だった。

ところが、半世紀以上を経た2024年現在、それらのほとんどが実現していない。次の大阪・関西万博で実現させるはずだった空飛ぶクルマも中止。生成AIこそ、日常生活を蝕み始めてはいるが、アトムのようなヒューマノイドは、未だに実験室を出られないし、月面開発は20世紀に凍結され、ようやく再び月へ戻るという“アルテミス計画”が再開されたくらいだ。

しかし、たった一つだけ、想像以上に進化しているものがテレビ電話である。SFの世界ではテレビ電話ではなく、“ビデオフォン”と呼ばれていた。僕らの世代では『ウルトラセブン』の腕時計型「ビデオシーバー」(注3)や映画『2001年宇宙の旅』の宇宙ステーション5に設置された縦型「公衆TV電話」(注4)がまず頭に浮かぶ。

ビデオ通話の日常化は、スマートフォンの普及のおかげでもあるだろう。インターネットを介することで、リアルタイムでのワールドワイドなビデオ通話が可能になった。これですべて事足りるのではないか。会社も学校も病院もリモート。来たるメタバースの時代には、もう人は人と直接会う必要はなくなるのではないか? 都会に住む必要もないのでは? コロナ禍ではそんな威圧に近い風潮があった。

ところが、コロナ禍でのパフォーマンス・キャプチャー(注5)では、苦い経験をすることとなった。撮影現場となるLAのスタジオに、キャストと現地スタッフに集結して貰い、僕は東京のコジプロから遠隔でのディレクションを行おうとした。Zoomやスマホ、タブレットを数十台駆使して、現場のスタッフやキャストと繋いだ。リモート慣れしたはずの我々だったが、それでも無理があった。現場は混乱した。現場でのカメラや俳優たちの位置を把握し、カメラワークや演技指導を的確に伝え、演出するのは困難だった。

苦肉の策として導入したのが、Sonyの研究開発部門が考案した「窓」という最先端のシステム。LAと東京に対になる大きな縦型モニターを2セット設置。等身大の巨大なスマホ画面だと考えていい。双方向に映像と音声が同時に送れる。向こうへは行けないが、LAと東京に“どこでも窓”が出現した感じだ。この「窓」を通して、キャストたちとのコミュニケーションを取り、なんとか撮影をこなした。

今後は、仕事や会議、デート、面談、面接、飲み会、式典、様々なコミュニケーションがメタバース上で標準化するのであろうか? いや、僕はそれは好きではない。ホログラム技術も今後かなり進化するだろうが、あくまでも立体映像であり、お互いが触れ合わなければ、深く理解することは出来ない。Zoomでの会議もあくまでもサブでしかない。俳優にオファーするのも実際に会ってから決める。人は直接、移動して出会うべきだ。人の移動が運ぶのは、身体にまとわりつく匂いや体温、心に宿る気分や感情、その瞬間に人が秘めているデジタル化されない膨大な情報にあると思うからだ。

コロナ禍が明けて、海外へまた自由に飛べるようになった。2022年からはLA現地でのパフォーマンス・キャプチャーの撮影を再開した。一方で長距離移動は、この歳になると辛い。ジェットラグも堪える。だから今最も欲しいものは、瞬間物質移送機。『スター・トレック』(注6)の転送装置。つまり、“どこでもドア”だ。Sonyの「窓」は見るだけだったが、窓の向こう側へと繋がる“扉”。果たして、ドラえもんが生まれた22世紀には実現しているのだろうか。

先月、NYで新作映画撮影中のエル・ファニングさんと『DS2』(注7)の最後のADR(注8)の際、Zoomを使った。やはり、近くで細かな演出をしたかったし、食事をしながら懇談もしたかった。“どこでもドア”が無性に恋しくなった。

注1:「FaceTime」 Appleが開発したビデオ通話アプリケーション。
注2:「Zoom」 オンラインでミーティングやセミナーなどを行えるWeb会議アプリケーション。
注3:ビデオシーバー 『ウルトラセブン』のウルトラ警備隊が連絡を取り合うために腕に装着していた映像通信ツール。
注4:公衆TV電話 映画『2001年宇宙の旅』内の宇宙ステーションに設置された、映像通話のための装置。
注5:パフォーマンス・キャプチャー センサーを装着した人間の動作や表情をデジタルデータ化する技術。ゲームや映画、VTuberなどに使われている。
注6:『スター・トレック』 1966年から放送され世界中にファンを持つSFテレビドラマ。映画やアニメーションにも展開されている。物質を瞬時に分解して異なる場所に移送できる転送装置が登場。
注7:『DS2』 コジマプロダクションが開発中の新作ゲーム『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』。
注8:ADR Automated Dialogue Replacement アフターレコーディングのこと。

今月のCulture Favorite

6年ぶりに揃ったマッツ・ミケルセン、ノーマン・リーダスと。5月3日(金)~5月5日(日)の3日間にかけて開催された大阪コミコン2024のステージで。
©2024 Osaka comic con All rights reserved.

世田谷文学館で開催中の「伊藤潤二展誘惑」での伊藤さんとのショット。

エル・ファニングさんとZoomでADRを行った際の一枚。



こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。’87年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。
「The Game Awards 2023」にて発表した、最新作『OD』の公式ティザートレーラーが、KOJIMA PRODUCTIONSの公式YouTubeチャンネルで公開中。

『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』の第2弾トレーラーが公開中。先日、完全新作オリジナルIP『PHYSINT(Working Title)』の制作を発表。

次回は、2404号(2024年7月3日発売)です。

※『anan』2024年6月12日号より。写真・内田紘倫(The VOICE)

(by anan編集部)

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