韓国の名優クォン・ヘヒョ「好きなことを仕事にできていなくても、悩まなくていい」と語る意味
ananweb / 2024年6月25日 20時0分
ベルリン国際映画祭で銀熊賞を5度受賞するなど、韓国映画界をけん引し続けている名匠ホン・サンス監督。長編第28作目となる最新作『WALK UP』は、国内外で高く評価されている注目作です。そこで、こちらの方にその魅力についてお話をうかがってきました。
クォン・ヘヒョさん
【映画、ときどき私】 vol. 648
本作で主演を務めているのは、ドラマ『冬のソナタ』のキム次長役やNetflixドラマ『寄生獣 ―ザ・グレイ―』で知られるクォン・ヘヒョさん。映画監督と4人の女性たちが繰り広げる物語のなかで、主人公のビョンスを演じています。今回は、ホン・サンス監督ならではの演出方法や現場での様子、そして女性たちに伝えたいことなどについて語っていただきました。
―事前に脚本を渡されることなく、「君は主人公の役」「主人公の仕事は映画監督だよ」という2つの情報だけ知らされていたそうですが、役作りの準備をできないことへの不安はなかったのでしょうか。
クォンさん それはまったくありませんでした。ただ、普通であれば、先に役を与えられ、物語のなかでどんな演技を見せたらいいのかというのを俳優は考えますよね。でも、ホン監督がそういう方法を取らないのには理由があるのを知っていますから。あえて俳優たちに準備をさせないようにしているのです。
ホン監督の演出は日常を描くうえでは“最善の方法”
―つまり、準備をさせないからこそ得られるものがあると。
クォンさん そうですね。事前に情報がたくさんあると、俳優たちはこれまでの慣習を踏襲して、何らかのテクニックを使って演じようと思ってしまいます。でも、それを遮断することによって、私たちの日常や人生により近づけるようになるので、これが“最善の方法”と言えるのかもしれません。
俳優というのは、前後の情報を切り取られた状態になると、いまこの瞬間に精神を捧げ、真心を込めて役を演じようという気持ちが強くなるものです。実際、誠意を込めてセリフを発し、相手の言葉により耳を傾けられるようになりますから。
―なるほど。そういう部分がホン監督の演出によって引き出されるのですね。
クォンさん 撮影の30分から1時間ほど前に脚本をもらうのですが、そんな短い時間でも俳優というのは本能が働いて、どういうふうに演じようかと計画を立ててしまいがちです。ただ、そうするとホン監督から「いまのは偽物だね」とか「それだとありきたりだよ」とか「演技をしないでほしい」と言われてしまいます。
撮影中の飲酒にはノウハウが必要
―今回は17分にも及ぶ長回しのシーンで、A4用紙5枚分ほどあるセリフを1時間前に渡されたにもかかわらず、俳優陣はアドリブなしですべてやってのけたと聞いて驚きました。とはいえ、直前に脚本を渡されるのはかなり大変ではないでしょうか。
クォンさん 私はセリフ覚えが早いほうなのかもしれませんが、誰でも集中すれば覚えられるものなので、あまり個人差はないかなとも思っています。覚えていくなかで、その人物になっていくような感覚ですね。
とはいえ、ほかの作品では撮影が終わったら「ビールでも飲みに行こうかな」となりますが、ホン監督の現場はみんな疲れきっていて、終わったあとはすぐ家に帰ります(笑)。集中力を使うというのは、それぐらいエネルギーが必要なんですよ。
―ちなみに、劇中ではお酒を飲むシーンが多くあり、お水を飲む俳優も多いなか、ご自身は本物のお酒を飲んでいるとか。そのあたりの裏話があれば、お聞かせください。
クォンさん 演技をしているといつもよりは酔わないものですが、撮影が終わるとやっぱり酔いが回りますよね(笑)。ホン監督の場合は、ワンシーンが長いことも多く、何回も繰り返しながら俳優たちのアンサンブルを作っていくこともあるので、撮影中のお酒の飲み方についてはノウハウが必要になってきますよ。
個人差はありますが、大事なのは量の調節。過去に、お酒が飲めないのにその状況に近づけようと飲みながら演じた俳優がいたのですが、倒れてしまって、それ以上撮影ができなくなったことがあったので…。誰かは言えませんが、作品は『あなた自身とあなたのこと』です(笑)。
日本のみなさんが愛情を示してくれてうれしかった
―そんなこともあったんですね…。東京には20年前に『冬のソナタ』関連で来たこともあるそうですが、当時の思い出といえばどんなことがありますか?
クォンさん 2004年に日本のテレビで放送されて以降、爆発的な反響を目の当たりにし、私もたくさんの取材を受けたり、本を出したり、トークショーをしたりと目まぐるしい時間を過ごしたのを覚えています。うれしかったのはもちろんですが、ひとつの作品がひとつの国にここまで受け入れてもらって文化となったこと、そして日本のみなさんが愛情を示してくださったことに驚きました。
あれから20年が経ちますが、いまや日本の文化に韓国のドラマや音楽が自然と溶け込んでいますよね。そういうところにも繋がっているなと思いますし、この状況を見て時間の経過も感じています。
成長する過程で影響を受けたのは日本映画
―まさに韓国ドラマ人気の先駆けですよね。ご自身は日本に70回以上もいらっしゃっているそうですが、日本のカルチャーでお好きなものはありますか?
クォンさん 私たちの世代が大きな影響を受けているのは、日本映画です。映画を勉強する過程で欧米の作品も観ましたが、自分が成長するなかで観ていたのはやはり日本映画だと思います。日本には小津安二郎監督や黒澤明監督といった素晴らしい監督が1950年代頃からいますが、これはすごいことですよね。
なので、いまだに日本映画に対する期待は高いです。最近も是枝裕和監督や濱口竜介監督をはじめ、安藤サクラさんのような若い世代の魅力的な俳優さんたちも出てきているので、韓国との違いを楽しみながらいつも刺激をもらっています。そのほかに好きなのは、日本の音楽。カシオペアやサザンオールスターズ、それから同い年の尾崎豊さんの曲を家でたまに聴いています。
―幅広いですね。日本語も少しおわかりのようなので、日本の作品に出演されるという可能性もあるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
クォンさん (日本語で)無理です! (韓国語で)言葉を操るというのもひとつの才能だと思っていますが、言語というのはただうまく話すだけでなく、その言葉が持っている情緒まで受け入れることになるので、本当に難しい作業ですよね。
なので、はたして自分がそれをできるかどうか…。たとえば、日本に遊びに来た韓国人の役とかならできるかもしれないですね。(日本語で)「すみません、トイレはどちらですか?」とか「これは日本語で何と言いますか?」とか(笑)。
男は中学3年生以上に成長しないものと思っていい
―すぐにでも出られそうなので、期待しています。それでは、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。
クォンさん 実は、私は2002年から韓国の女性運動に長年携わっているので、普段から物事を考える際に、「女性だからこうあるべき」といったことで区別をすることはまったくありません。コード化された社会のなかで、それもひとつの圧迫だと感じています。競争社会というのはそもそも男性が作ったものなのに、そのなかで女性たちに「上に来い」というのは勝手な言い分ですから。そういうことに惑わされないでほしいです。
あと、女性読者の方には、男性を見る際のお願いとして言いたいことがあります。それは、「中学3年生以上の男はいません!」です。男というのは、そのくらい成長しないものなんですよ(笑)。そう考えるだけで気持ちが楽になるのではないかなと思いますが、私も30年以上一緒にいる妻からいまだに中学生だと言われています。
―はい、かなり気持ちが楽になりました(笑)。
クォンさん ほかにも、これがみなさんにとってなぐさめになるかわかりませんが、私自身もいまだに自分が好きなものや上手くできることがわかっていません。だから、いまでも悩んでいますし、これは一生続くものだと思っています。それだと自分が“不完全”だと感じるかもしれませんが、だからといって不安に思う必要はありません。
韓国でも日本でも、夢や幸せについてよく話されていると思いますが、私はそういったものは実存しないと考えています。なので、あえて探さなくてもいいのではないかなと。それに自分の職業と好きなことが必ずしも一致するわけではありません。もし、一致している人がいるとすればそれは本当に幸運に恵まれた方です。だから「もし自分が好きなことを仕事にできていないと感じていても、それで悩むことはないですよ」というのは若い世代の方々に伝えたいです。
インタビューを終えてみて…。
渋くてクールな“大人の男性”というイメージを持っていましたが、撮影時からチャーミングな笑顔全開のクォン・ヘヒョさん。インタビューでも、冗談を交えながら笑わせてくださいましたが、映画について話されるときの真剣な表情とのギャップもステキでした。最後にいただいた名言の数々も、しっかりと心に刻みたいと思います。
味わい深い感動が広がる
現実とパラレルワールドを行ったり来たりするような世界観に、観る者の想像力をかき立てる本作。そして、俳優たちのリアルな演技と存在感にも引き込まれる珠玉の1本です。
写真・園山友基(クォン・ヘヒョ) 取材、文・志村昌美ストーリー
映画監督として知られているビョンス。ある日、インテリア関係の仕事を志望する娘のジョンスを連れて、インテリアデザイナーとして活躍する旧友ヘオクの所有するアパートを訪れる。そのアパートは1階がレストラン、2階が料理教室、3階が賃貸住宅、4階が芸術家向けのアトリエ、地下がヘオクの作業場になっていた。
和やかに語り合い、ワインを酌み交わす3人。そんななか、仕事の連絡が入りビョンスはその場を離れる。そして、ビョンスが戻ってくると、娘ジョンスの姿はなくなっていた…。
目が離せない予告編はこちら!
作品情報
『WALK UP』
6月28日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、Strangerほか全国順次公開
配給:ミモザフィルムズ
(C) 2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.
写真・園山友基(クォン・ヘヒョ)
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