感性を育む。平安の切ない恋物語とは【1月11〜15日】
ANGIE / 2017年1月10日 11時0分
1月11~15日は第六十八候「水泉温かを含む(しみずあたたかをふくむ)」。雪が積もり、地上の水もすべて凍ってしまうような寒さの中、地中から湧き出る水にもかすかな動きや、あたたかさを感じる頃という意味です。
いにしえの人々はそんな自然の小さな気配にも、抑えきれない恋心を重ね、和歌にしたためてきました。今日は「水泉温かを含む」がごとく、悲しみの涙もとけて、ふたたび出会った二人の恋物語をご紹介しましょう。
七十二候とは?
時間に追われて生きることに疲れたら、ひと休みしませんか? 流れゆく季節の「気配」や「きざし」を感じて、自然とつながりましょう。自然はすべての人に贈られた「宝物」。季節を感じる暮らしは、あなたの心を癒し、元気にしてくれるでしょう。
季節は「春夏秋冬」の4つだけではありません。日本には旧暦で72もの豊かな季節があります。およそ15日ごとに「立夏(りっか)」「小満(しょうまん)」と、季節の名前がつけられた「二十四節気」。それをさらに5日ごとに区切ったのが「七十二候」です。
「蛙始めて鳴く(かえるはじめてなく)」「蚯蚓出ずる(みみずいずる)」……七十二候の呼び名は、まるでひと言で書かれた日記のよう。そこに込められた思いに耳を澄ませてみると、聴こえてくるさまざまな声がありますよ。
宮廷を揺るがしたスキャンダラスな恋
「昔、男ありけり」の有名な書き出しで始まる「伊勢物語」には、平安の歌人・在原業平(ありわらのなりひら)と、名門藤原家の美しき娘・藤原高子(ふじわらのたかいこ)の悲恋を題材にしたお話があります。
高子は生まれたときから、清和天皇の将来のお后候補として、蝶よ花よと大切に育てられました。そんな美しい高子に恋をした17歳年上の在原業平は、高子のもとへ通い、思いを伝えます。
強く惹かれ合い、愛し合う仲となった二人は駆け落ちを決意。屋敷を抜け出したのですが……。
露と消えた恋
逃げる途中、草の上に輝く露を見て、「あれはなに?」と業平にたずねた高子。高子は深窓の姫君ですから、露を見たことがなかったのです。
雨が降りしきる中、二人は追手につかまってしまい、引き裂かれてしまいました。そのときの思いを、業平は和歌にこう詠んでいます。
「白玉か 何ぞと人の 問ひしとき 露と答へて 消えなましものを」
「あれはなに? とあなたが聞いたとき、露だよとこたえて、わたしもあの露のように消えてしまえばよかったものを」
平安時代には、露を涙に見立て、多くの和歌が詠まれました。今では暮らしの中で露を見ても、気にもとめない人が多いかも知れません。
揺れる葉からぽたりと落ちる露は、まさに頬をつたう涙のようだと思いませんか? 露から涙を思い浮かべる感性こそ、いにしえの昔より伝わる日本人の心と言えるのではないでしょうか。
再会
その後、天皇の后となり、貞明親王(後の陽成天皇)を産んだ高子。幼い帝を補佐しながら、政治の場で活躍するようになります。一方、業平は「蔵人頭」という、天皇の秘書官長のような立場となり、天皇に近侍するようになっていました。
そんなある日、高子が藤原氏の氏神である京都大原野の神社に参拝した際、供として従ったのが業平だったのです。
長い年月を経てふたたび出会った二人。若かった業平もすでに50代半ば。「愛し合った歳月は、神代の昔ほどに流れてしまった」と悲しむ業平。そのときの高子の和歌が、『古今和歌集』に残っています。
「雪のうちに春は来にけりうぐいすの こぼれる涙 今やとくらむ」
「雪が降っているというのに春がやってきました。うぐいすの凍った涙もようやく、とけるでしょうか」
うぐいすが涙を流す、という視点の美しさに驚きませんか? あまりの悲しみに凍ってしまった涙も、かすかな春のあたたかさを感じて、まるで魔法がとけるように流れていく……。
高子はうぐいすに自身の思いを重ねて、和歌を詠んだのでしょうか。うぐいすが涙を流す、という視点もさることながら、その涙が凍り、そしてとけるという実際にはありえない表現からもまた、いにしえの人々の感性が伝わりますね。
これを恋の歌と捉えれば、どこか淡い希望を感じる表現の中に、意味深な響きも感じられてなりません。しかし、再会の喜びからほどなく業平はこの世を去り、二人の恋は終わりを告げたのです。
移り行く自然に恋心を託し、多くの和歌を詠んだいにしえの人たちの感性。
目には見えない自然のかすかな兆しや、気配さえも感じとる感性を磨くことは、恋はもちろん、人生をより豊かなものにしてくれるでしょう。
【参考】『くらしを楽しむ七十二候』広田千悦子/泰文堂、『伊勢物語』坂口由美子/角川学芸出版、『福を呼ぶ 四季みくじ』三浦奈々依/株式会社プレスアート
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