「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」水木と鬼太郎の父が戦う理由― 龍賀一族は戦後日本の“歪み”である
アニメ!アニメ! / 2024年5月26日 18時0分
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アニメやマンガ作品において、キャラクター人気や話題は、主人公サイドやヒーローに偏りがち。でも、「光」が明るく輝いて見えるのは「影」の存在があってこそ。
敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」第46弾は、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の龍賀一族の魅力に迫ります。
昨年公開された映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は予想外の大ヒットとなり、その内容も高く評価された。
昭和初期、行動経済成長を迎えようとしている日本社会の暗部をえぐり取るような内容で、戦後の急速な復興は数多の犠牲になって成り立っていたということを、『ゲゲゲの鬼太郎』らしい妖怪譚として描き、現代日本社会の豊かな表面をひっぺがえすような作品だ。
映画の人気を牽引したのは主人公・水木と鬼太郎の父によるバディの魅力だが、そんな深遠な内容も想定外の人気に一役買ったことだろう。
そして、水木と鬼太郎の父が敵対することになった「龍賀一族」こそが、本作があぶり出したかった現代日本の暗部を象徴している。ある意味、この作品の持つ社会に対する鋭い眼差しは敵役の存在にこそ込められていると言える。そこで、この連載趣旨に合わせて、龍賀一族とはどんな敵役だったのかを通して、本作の描いたものに迫ってみたい。
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■24時間、戦うことが良いとされた時代
主人公の水木は太平洋戦争の南方戦線を生き延びた、戦場帰りのサラリーマンだ。血液銀行に務める彼は、せっかく理不尽な戦場を生き延びたのだから、出世してやろうと野心を燃やしている。ある日、自身が担当する龍賀製薬を経営する龍賀一族の当主・龍賀時貞が死去したことを知り、相続争いに関与するため、一族が支配する哭倉村へと向かう。
古いしきたりや因習が残るこの村で水木は、なんとか一族に取り入ろうとするが、相続争いは不可解な連続死によって予想もつかない方向へと転がっていく。そんな中、妻の行方を探している幽霊族の男(鬼太郎の父)と出会い、2人は村の秘密を探るべく手を組むことになる。
水木の最大の目的は、龍賀製薬だけが製造法を知る「M」と呼ばれる秘薬。これを人間に摂取させると、何日も不眠不休で働き続けることができるという。日清・日露の戦争で日本が大国相手に勝利できたのは、このMの力によるものとされている。さらに、戦後の日本が焼野原から急速な復興を遂げたのもMによって不眠不休で国民を働かせたからだとも言われている。
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「24時間、戦えますか」というキャッチフレーズがコマーシャルで使われた時代もあったが、そのようにシャカリキに会社のために働くことが良いこととされた時代が日本にはあったのだ。本作は、そんな現実に日本の戦後復興を支えた労働実態は、戦前から続くメンタリティの産物だったとほのめかしている。上官の命令に従い死地へと突っ込み犠牲になる兵隊と、上司と会社の命令で24時間働き続けること会社員のあり方は、戦争と仕事という違いはあるが、メンタリティや組織のあり方は同じではないか。そして、そのように人を犠牲にすることを良しとしてしまっている社会のあり方も戦前と変わっていなかったのではないか。一部の権力者がそういう人々の犠牲の上に富を独占しているのも、戦前と戦後で何も変わっていないということを、龍賀時貞のあり方によって見事に表象している。
Mの製造には、幽霊族の血が必要だ。龍賀一族の繁栄は幽霊族の犠牲によって成り立っていることが、終盤に明らかになる。そして、Mのおかげで急速は復興を遂げた日本社会全体も、幽霊族の犠牲の上に成り立っているのだと本作は描いている。
見えないところで誰かを犠牲にして、日本は豊かな暮らしを手に入れたのだと本作は語っているのだ。そんな現代日本の不都合な真実を象徴する存在として、本作は龍賀一族を敵役として設定している。龍賀一族、とりわけ時貞はそんな日本社会の悪い部分の縮図のような存在と言える。
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■未来の希望を残した水木たち
この一族の家父長的な制度の裏では、女性や子どもは犠牲になるか、その制度の一部と成り果てるしかない。長女の乙米は、その立場で強権的な力を振るう。次女や三女はいずれも自由を奪われ、権力や金、あるいは男への執着を捨てられずに悲劇的な最期を遂げてゆく。長女の娘、沙代はこの家父長的な一族の犠牲とその反動としての「恨み」を象徴する。家父長的な価値観を内面化して権力を手中にする女性もいれば、犠牲になる女性もいる。これもまた戦後日本社会の縮図と言える。
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水木と鬼太郎の父は、動機はどうあれ、そんな古い因習を断ち切る存在として描かれる。そして、繁栄を守るために変化を望まない一族はそれに対する抵抗を示す。
この映画の対立構図は、「変化を望む者」と「望まない者」との戦いだ。変化を拒む最たる存在が時貞である。自らの孫の未来を奪い取ってまで生き延びようとするその生き汚さは、若い世代に希望ある社会を残さない、現代日本という国そのものにも見えてくる。
2人が望んだわけではないが、水木と鬼太郎の父の戦いは、未来に希望を残すことができるかどうかの戦いだったのである。映画において、2人は鬼太郎という希望を残すことができた。本作のタイトルにある「鬼太郎誕生の謎」とは、龍賀一族が象徴する変化を拒むものから解放された、次代への希望なのだ。
(C)映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会
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