映画「デデデデ」小比類巻が体現する現代社会の不安と“陰謀論”の関係性
アニメ!アニメ! / 2024年6月26日 19時35分
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アニメやマンガ作品において、キャラクター人気や話題は、主人公サイドやヒーローに偏りがち。でも、「光」が明るく輝いて見えるのは「影」の存在があってこそ。
敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」第47弾は、『デデデデ』の小比類巻(こひるいまき)の魅力に迫ります。
『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(以下『デデデデ』)は、2010年代の日本社会を反映した物語と評されている。突如、東京上空に侵略者たちの乗る母艦がやってきて混乱を起こすが、人々はすぐに慣れて日常を送っている様が描かれる。それは、あたかも大きな事件や災害が起きてもすぐに忘れて日常を平和に過ごしてしまう現代人のように見える作品だ。
しかし、そんな日常を送る人々の心の中には、世の中がどうなってしまうのかという不安も確実にある。主人公のひとり、門出が教師に向かって言うセリフ「先生、本当の本当は、この世界はどれくらいやばいんですか」に、普段は隠している不安が端的に表れている。
そんな不安をより敏感に感じてしまう存在として、おんたんと門出の同級生で、2人の友人キホと付き合う男子・小比類巻健一がいる。ごくおとなしい、サブカルチャー好きな青年だった彼は、SNSに流れる情報へと傾斜していき、陰謀論を信じるようになっていく。そして、侵略者たちを狩る過激な集団「青共闘」のリーダーとなり、政権転覆すら企てるようになっていく。
小比類巻は、必ずしも主人公のおんたんと門出と敵対する存在ではないが、この不安を隠して生きる2010年代以降の日本社会を生きる若者として、主人公2人と対照を成す存在として描かれている。主人公たちと別の価値観を示す存在という意味で、今回は小比類巻を取り上げようと思う。
![](https://animeanime.jp/imgs/zoom/684799.jpg)
■おとなしそうな青年が「陰謀論」で変化
『デデデデ』アニメ劇場版は、前章と後章の2編で構成された。全編を通しておんたんと門出の行動やその動機は大きく変化しない。彼女たちは心では不安を抱えつつも、友達と過ごす日常をかけがえのないものとして生きるということには変わりなく、それは最後まで貫き通される。
前章と後章で最も大きな変化を遂げるのは、むしろ小比類巻だ。前章での彼は、おんたんたちのグループのひとり・キホと付き合い、しばらくは仲睦まじくやっている。一見気が弱そうに見えるが、優しそうな雰囲気の青年だ。
彼はよくスマートフォンでSNSのタイムラインを眺めている。キホとのデートのときでもスマホの画面を凝視していることもある。どうやら彼は母艦や侵略者の情報、A線と呼ばれる有害な放射線の影響を調べているようなのだ。彼の中には、東京は本当にこんな状況で大丈夫なのか、のんきに日常を送っていていいのかという大きな不安があり、その不安ゆえにSNSで情報を収集しているのだ。
そして、次第に彼は真偽不明の情報をキホにも開陳するようになっていく。東京はもう取り返しのつかない状態なんじゃないか、なのになんでみんなは普段通りに生活しているんだ、誰も真実に気づいていないという思いに駆られていき、キホと口論になって2人は別れることになる。それからの彼はますます陰謀論にのめり込んでいき、東京を離れる。
前章の終盤で再登場したときには、過激派組織「青共闘」の一員となっていて、すっかり変わり果てた様子となってしまっている。
そして、後章では侵略者たちをナイフで殺害して回るようになっていく。さらには、事実を隠蔽している政府にも攻撃を加える存在へとなっていき、ジャーナリストを通じてテレビ番組を乗っ取るなど、社会を転覆させる存在へと変貌していくのだ。
後章の小比類巻は、完全に危険なテロリストである。侵略者だけでなく人間も手にかけるようになるし、自身の目的のためにはどんな過激な行動も辞さないという、ある意味で覚悟の決まった人物で、善悪の彼岸を渡ってしまった感がある。
小比類巻は本作で、ネットの真偽不明な陰謀論に傾倒する危険性を体現する存在だ。Qアノンなど、アメリカ議会を襲撃した連中のように、現実世界に起きた現象と小比類巻という存在はかなり大きく重なる部分があり、現代社会のリアルを反映した作品であると評されるのは、小比類巻の存在も大きいだろう。
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■陰謀論のめり込む動機は、「不安」
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仮に、小比類巻が信じたものは根拠のない陰謀論に過ぎなかったとしても、それを信じてあれだけの行動を起こしてしまったことは、(作中では)現実だ。ひょうたんから駒というか、ウソから出たマコトというか、現実にもそういうことはしばしば起きている。
こういう事態を防ぐために重要なことは何なのか。頭ごなしに陰謀論は良くないと言うだけでなんとかなるだろうか。少なくとも、この映画の小比類巻はそれで説得できるとは思えない。
重要なのは、彼が陰謀論にのめり込んだ動機は、社会に対する不安だったと描かれている点だろう。その不安に寄り添える存在が彼にとっては陰謀論しかなかったのだ。
大なり小なり、だれもが不安は抱えて生きている。では、陰謀論にのめり込む人とそうでない人を分けるものはなんだったのか。
門出やおんたんたちは、不安はあるが、友達という「絶対」の存在がある。小比類巻にはそういう存在はあったのだろうか。彼女のキホも「絶対」になれなかったから別れることになったことを思えば、おそらくいなかったのだろう。そういう意味で小比類巻は主人公の2人とは対照的な存在だ。
友人を信じるのか、ネットを信じるのか。何を信じるかで、おんたんたちと小比類巻は命運を分けている。陰謀論以外に、信じるに値する価値あるものを社会はどれだけ作れるのか、社会に生きる我々は考えなくてはいけない。『デデデデ』の小比類巻というキャラクターを通して、そう突き付けられた気がした。
(C)浅野いにお/小学館/DeDeDeDe Committee
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