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永遠の友情が可能になるとしたら? 「ふれる。」脚本・岡田麿里が向き合った、青年たちの心【インタビュー】

アニメ!アニメ! / 2024年10月11日 18時0分

絶賛公開中の映画『ふれる。』。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』などで知られる長井龍雪監督、脚本・岡田麿里さん、キャラクターデザイン&総作画監督・田中将賀さんが送り出す、オリジナル長編アニメーション映画だ。


本作は、「ふれる」という不思議な生き物を介して心がつながる青年たちの友情物語。ともに上京して共同生活を始めた秋、諒、優太は、とある事件を機にお互いの心の底や友情に向き合うことになる。


揺れ動く関係性や、「ふれる」の存在はどのように生み出されたのだろうか。脚本を担当した岡田麿里さんに、制作の舞台裏をうかがった。


[取材・文=ハシビロコ]


◆「ずっと一緒にいる」が可能になる状況って?


――公開を間近に控えた今の心境をお聞かせください(※9月取材時点)。


岡田 『ふれる。』の脚本作業が2~3年前だったので、独特の再会感があります。脚本を書いたあとに私自身も監督作の制作に取り組んでいたので、それが終わって一息ついた頃に『ふれる。』と再び出会って。本作を書いていたときの想いがふわっとよみがえってくるような、不思議な経験をさせていただいています。でも「ようやく公開」という感じではありません。友達と待ち合わせをしてどこかに行くときのような心境です。


――本作はどのように作りあげていったのでしょうか?


岡田 私たちはいつも最初にテーマを決めこまず、長井監督の「おもしろいもの、好きなものを作りたい」というピュアな考えを追求しようという感じなんです。


要素のひとつである「3人の男の子の共同生活」が決まったとき、私の中では「きっとコミュニケーションについての話になるのだろうな」と思いました。アニメ制作や仕事もそうですが、皆で一緒に過ごしていると、なかなかうまくいかないこともありますよね。「ずっと一緒にいる」は、口で言うのは簡単ですが、実際はとても難しい。もし「ずっと友達」が可能になる状況があるとしたら、それはどのようなものだろうと考えながら物語を掘り下げていきました。


――これまでの秩父3部作(『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』『空の青さを知る人よ』)とは異なり、メインキャラクターが3人の男の子、舞台が高田馬場であることにも驚きました。


岡田 秩父3部作が一区切り付いたこともあり、打ち合わせで「もう少しキャラクターの年齢を上げたい」という要望が出たんです。また、これまではどちらかといえば女の子がメインになる作品が多かったので、監督からは「男の子主人公で、男の友情を描いてみたい」とも言われました。


◆「本当の友達ってなんだろう」――『ふれる。』で向き合った問い


――岡田さんはこれまで思春期の少年少女がメインとなる作品を巧みに描いてきましたが、今回は青年期の男の子が主役です。脚本を書いてみていかがでしたか?


岡田 自分としてはこだわっているわけではないのですが、私は思春期を描く仕事をいただくことが多くて。私の思春期も迷いや悩みが多く、消化しきれていない時代だったからこそ強く描けるのだと思います。でも、そうやって思春期を描くうちに、自分の中で決着をつけられた部分もあって。もちろん思春期には戻れないので当時の問題が解決するわけではないですが、ある程度気持ちに整理がついてきたのかもしれません。
だから今回青年期を描けて、とても楽しかったです。私自身も友達と共同生活をしていた時期があったので、そのときの感情や難しさを思い出しました。


――秋、諒、優太の友情をどう描こうと思いましたか?


岡田 「本来なら友達になれなかったかもしれない子たちが友達になる」というのが大きなテーマでした。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』で描いた「もともとすごく仲がよかったのに、状況が変わると友達ではいられなくなってしまう」という物語とは対照的かもしれません。


秋たちは幼なじみではありますが、最初から仲がよかったわけではなくて。お互いの本質を見なければ友達でいられるような関係性なんです。「でもそれは本当に友達なのだろうか。そもそも本当の友達ってなんだろう」と問いながら脚本に反映させていきました。友達になったりならなかったりするのは、どちらも奇跡的なことで。「これのおかげで友達でいられる」と何かに頼る気持ちがどこかにあると思うんです。そこをどう描くかを本作では意識しました。


――メイン3人を演じられた永瀬さん、坂東さん、前田さんの演技はいかがでしたか?


岡田 お三方とも「あ、このキャラクターはこんな子だったんだ」とあらためて感じました。脚本を書いていたときに脳内で響いていた声でありつつ、その想定を上回っていただけたと思います。おかげでキャラクターの存在がよりリアルになりました。


――共同生活に途中参加する樹里と奈南を描くときに意識したことはありますか?


岡田 「異性の不思議」を描きたいと思い、異性の目から見たらお互いがどう映るのか意識しました。お互いに、正しいと思えることと思えないことが食い違う感じを描きたいなと。お互いが「何でそうなるの!」と突っ込みたくなるところも込みで愛おしく見えるといいな、と思いました。



◆高田馬場は「物語が浮かぶ場所」


――本作ではなぜ高田馬場が舞台になったのでしょうか。


岡田 最初は別の場所を舞台にするつもりで、何カ所も候補地を挙げたんです。でも長井監督がピンとこなかったようで。これまでの傾向から「私が住んだことのある場所を言ったら決まるかもしれない」と思い(笑)、高田馬場へのロケハンを提案しました。


舞台が決まると、脚本もだいぶ書きやすくなりましたね。序盤のわちゃわちゃしたシーンや川に落ちるシーンなどは、あの場所の近くに住んでいた経験が活きています。高田馬場は上京したばかりの学生さんの空気感もありますし、駅前で酔った人が倒れていたり揉めたりしていることも珍しくありません。本当に見ていて物語が浮かぶ場所だな、とあらためて感じました。


――ロケハンに行ってみていかがでしたか?


岡田 高田馬場に住むまで、私は東京に路面電車があることを知らなかったんですよ。すぐ近くの池袋にはしょっちゅう行っていたのに、当たり前に路面電車が走っていることがすごい驚きだったんです。その時の気分を、ロケハンで思い出しました。「自分が知らなかっただけで、当たり前に存在している物事」があるというのは、今回の作品にも繋がっている気がします。


終盤に登場する野球場もよかったです。あの場面はどこからでも見える高い位置で描けるとかっこいいですが、派手にしすぎると『ふれる。』らしさがなくなってしまいます。そういうバランスも含めて、ぴったりな場所だと感じました。


――以前『アリスとテレスのまぼろし工場』のインタビューで「東京での生活も長くなり、都会の話も書いてみたい」と仰っていました。実際に都会を舞台に脚本を書いてみて、いかがでしたか?


岡田 『ふれる。』の制作もかなり進んでいたので、当時のインタビューでそう答えたのだと思います(笑)。私はご当地ものがすごく好きで。その場所だからこそ浮かぶ物語や、実際に暮らした場合のいいことや悪いことを感じるのが好きなんです。今回に関しては東京そのものと言うより、地方から「場所を移動してきた」からこそ見える東京を描いてみたいなとも思いました。


私もそうでしたが、やはり東京に対してってドライなイメージがある。東京砂漠とか、無関心で冷たいとか(笑)。でも、そんなことないんですよね。地方からやってきた人が多いこともあって、孤独でいる人に対して目配りがあるし。同時に、しがらみを拒否する部分はやはりある。あとは、夜の明るさ。アニメはどの時間帯が多く使われるかで、印象が大きく変わるんです。夜が多いと、感情がぎゅっと凝縮されていく。そのかわりに抜け感が減ってしまうのですが、建物の光がたくさんあることで動きが生まれる。脚本を書くときに「あ、都会ならこのシーンも夜にできる!」となって、うきうきしましたね。




◆もともと人型だった「ふれる」


――秋たち3人の故郷が島になった経緯はあるのでしょうか?


岡田 「ふれる」がなぜ生まれたのかを説明するときに、場所としてのリアリティーがほしいと思いました。どうして「ふれる」は心をつなぐのか。心をつなぎたいという状況はどのようなものなのか。そこを考えていくうちに、島の存在が生まれていきました。あとは単純に、「フェリーに乗って上京するシーンが描きたい」と誰かが言ったのも理由のひとつです(笑)。


――「ふれる」は言葉を発しないキャラクターですが、物語の随所に登場します。「ふれる」の登場シーンはどのような意図で描きましたか。


岡田 いつもいてくれて当たり前の存在として描きました。「ふれる」がいるから3人がいつも一緒にいられる。能力よりも、「ふれる」がいるからこそ生まれる空気感を意識しました。これは我が家の猫に感じることなのですが、自由に見えながらもなんとなくいつもこちらに意識があると言うか、家族を一つにしようと気にかけてくれているように見えるんです。だからなるべく、さりげないシーンにも「ふれる」の視線があるように心がけました。


作画に関しては、とにかく見ていて癒やされるキャラクターにしてほしい、とお願いした記憶があります。「ふれる」の何気ない存在感は、スタッフの皆のおかげでとても高まりました。「きゅるっとした目で見上げている」とか、「いつの間にか近くにいる」などの描写が、演出や作画でとても魅力的に描かれていると思います。


――本作はキャラクター同士のリアルなやりとりと、「ふれる」というファンタジックな存在のバランス感が絶妙です。脚本を書くときも、リアリティーとファンタジーのバランスを意識したのでしょうか。


岡田 そこはすごく悩んだところでした。私たちの作品作りはいつも長井監督の中でOKなゾーンとNGなゾーンがしっかり分かれているので、そこに「これだったらどうですか!」とひたすら球を投げて、「ダメ!」、「これはいいよ!」と返され続ける感じなんです(笑)。今回もかなりたくさんの球を投げましたね。


実は最初の提案では、「ふれる」は人間の姿をしているお兄ちゃんのような設定だったんです。すると監督から「人型で話せるキャラにしてしまうと、3人の関係性の話が薄まってしまう」とNGが出て。秋たち3人だからこそ起こるファンタジーってなんだろう?と悩みました。


でもそのおかげで、あくまで前提としてリアルな人間関係がある。ファンタジーはその味つけというバランス感が求められているのだと気づけて。「ふれる」はあくまで共同生活を見守るマスコット的な存在として描いていって、知らぬうちに物語を支配しているような形にしようと思いました。


――「ふれる」を介して心がつながる、という設定は最初から決まっていたのでしょうか。


岡田 「ふれる」の能力は段階があって、第一段階の「考えがわかりあえる力」というのはみんなで打ち合わせをしているときに出た意見でした。ただ、それを友情の問題にどうつなげればいいのかが難しくて。次の段階の「この能力には隠された一面がある」というマイナスにふれてしまうところは、脚本を書きながら思いついたところです。


「ふれる」は純粋に「3人が仲良しだとうれしい」という一点で動いている。それこそ秋たちよりも強く、秋たちの友情を願っている存在なんです。なぜそんなことを願うんだろう、なぜそんな力を使おうとするんだろうと考えていくうちに、気づけば「ふれる」に対して感情移入していました。もちろん3人の物語でありますが、ファンタジー要素である「ふれる」の健気さにも注目していただきたいです。


――最後に読者へのメッセージをお願いします。


岡田 秋たちと同年代だった自分と今の自分では、意外と変わらない部分が多い気がしているんです。だからこそ、当時を思い出した時に懐かしくもあるし、「そう人なんて変わらないよね」となったりもする(笑)。いろいろな年代の方に、それぞれの現在を重ねて見ていただけたらうれしいです。



オリジナル長編アニメーション映画『ふれる。』



永瀬 廉 坂東龍汰 前田拳太郎
白石晴香 石見舞菜香 
皆川猿時 津田健次郎


監督:長井龍雪
脚本:岡田麿里
キャラクターデザイン・総作画監督:田中将賀
音楽:横山 克 TeddyLoid
監督助手:森山博幸
プロップデザイン:高田 晃(※はしごだか)
美術設定:塩澤良憲 榊枝利行(アートチーム・コンボイ)
美術監督:小柏弥生
色彩設計:中島和子
撮影監督:佐久間悠也
CGディレクター:渡邉啓太(サブリメイション)
編集:西山 茂
音響監督:明田川仁
制作:CloverWorks
YOASOBI「モノトーン」
(Echoes / Sony Music Entertainment (Japan) Inc.)
配給:東宝 アニプレックス 
製作幹事:アニプレックス STORY inc. 
製作:「ふれる。」製作委員会



(C)2024 FURERU PROJECT
絶賛公開中


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