元祖ダンス恋愛映画『ダーティ・ダンシング』 25周年特集!キャストの今昔、とっておき裏話

AOLニュース / 2012年8月26日 7時0分

元祖ダンス恋愛映画『ダーティ・ダンシング』 25周年特集!キャストの今昔、とっておき裏話

何度見ても切なくなる80年代の名作、『ダーティ・ダンシング』。最後にベイビーとジョニーが踊るシーンは、「映画史上、最も鳥肌だつダンス・シーン」として知られている。見て憧れ、ダンスを習いたくなった人も多いのでは?1987年の公開から、今週でなんと25年。あの個性的なキャストは今どこに...?(驚きの相手と結婚した人も!)
今聞くとビックリだが、『ダーティ・ダンシング』は公開当時、新しいスタジオが無名の俳優を使って撮った低予算映画とみなされ、誰もヒットすると思っていなかったという。それが思わぬ大ヒット作品となり、2009年までに世界で2億1400万ドル(約170億円)以上を稼ぎ出し、ミュージカルにもなり、続編やリメイクが企画されている。(リー・ミシェルがリメイク版に出演するという噂がしばらくあったが、未だ確定はしていない。)

その大きな要因は、『ハイスクール・ミュージカル』で知られるケニー・オルテガによる振付もそうだが、やはり魅力的なキャストだろう。 『アウトサイダー』や『若き勇者たち』(原題:Red Dawn)で頭角を現したパトリック・スウェイジと、同じく『若き勇者たち』に出ていたジェニファー・グレイの相性によるところも大きい。実はこの2人、前作で共演した時は全くそりが合わず、再び共演するのを当初嫌がったという逸話がある。しかし実際にダンスのスクリーンテストをしてみたところ、その相性は明らかで、プロデューサーのリンダ・ゴットリーブは後に、「(テストで)2人が踊るのを見て、鳥肌が立った」と語った。

パトリック・スウェイジは3年ほど前に帰らぬ人となってしまったが、彼とジェニファーの忘れがたいパフォーマンスは、映画スクリーンとファンの記憶の中に生き続けている。

今もまだ続く人気(『ダーティ・ダンシング』のFacebookページには1,400万人のファンがいる)を考えると、この映画がもう少しで製作されることなくお蔵入りになるところだったとは信じにくいが、それも本当の話。実はエレノア・バーグスタインが脚本を書き上げた時点で、話を通していたMGMの幹部が辞めてしまい、MGMは手を引いてしまったのだ。その後ゴットリーブとバーグスタインはハリウッドのありとあらゆるところに脚本を持ちこみ、なんと43回(!)断られたという。

そしてようやく関心を示したのが、当時新しくできたばかりのベストロン映画だった。脚本に関心を持った理由は副社長が、子供時代に物語の舞台となるキャッツキル・リゾートで過ごしたことがあったから。そんな偶然がなければ、『ダーティ・ダンシング』は存在しなかったかもしれない。

しかし皮肉なことに、ベストロン映画が出した条件は予算を抑えることだったので、キャッツキル(ニューヨーク州)で撮影することはできず、組合に加入していないエキストラを使えるバージニア州やノースカロライナ州で撮影は行なわれた。

ゴットリーブは後にインタビューで、「(断られた相手に)言われたのは、『スケールが小さくて、ソフトすぎる(甘すぎる)』ってこと。話してる相手はみんな男でしょう、性器のことを考えても、彼らはでっかくてハードなのがいいわけよ」と笑って語った。「そろって、『これは女の子向けの映画で、時代もので、ユダヤ(系アメリカ)人の話だ(から観客が限られる)』って言われてね。それは論理的に間違ってはいないけど、私はずっと、『すごくセクシーな映画』として考えてた」

彼女は正しかった。完成した映画は当時セクシーすぎて、特にヌードシーンや暴力もないのに関わらず、"R"レイティングが与えられ、映画協会に抗議をしなければいけなかった。さらに、脚本の中で中絶手術の問題が取り上げられるので、スポンサーもそれでなくしたというが、話を変更することはしなかった。

そんなこだわった脚本を演じたキャストの今は、こんな感じ(みなさんお若い!)。

<ジェーン・ブラッカー:リサ・ハウスマン役(ベイビーの姉)>
えらく自信があって「歌って踊れる」と豪語する姉、リサを演じたジェーン・ブラッカー(52)。『ダーティ・ダンシング』の後は一旦テレビに転じ、『Wiseguy』や『Ellen』などのコメディドラマ、また1988年映画『君がいた夏』にも出演した。今は、半分引退して2人の娘の母親業に専念しているが、時たま女優にかえることも。『People』誌のインタビューで、「演技をしないで母親として幸せを見いだすことはできるけれど、俳優をするだけで母親でなかったら、私は幸せにはなれません」と語った。

<シンシア・ローズ:ペニー・ジョンソン役(ジョニーのパートナー)>
ジョニーのダンスパートナー、ペニーを演じたシンシア・ローズ(55)。女たらしのウェイター、ロビーの子供を妊娠してしまい、彼女がジョニーと踊れないことでベイビーがジョニーと組むことになる。

シンシアはプロのダンサーで、体操競技の選手でもあった。『ダーティ・ダンシング』の前に、実は『フラッシュダンス』や『ステイン・アライブ』などに出演している。80年代、Totoの「ロザーナ」やリチャード・マークスの「Don't Mean Nothing」のPVに出演し、それがきっかけで2年後にリチャード・マークスと結婚した(!)。今は3児の母で、一家でイリノイ州に住んでいる。(リチャード・マークスの「Right Here Waiting」は、当時恋人だったシンシアへのラブレターに曲をつけたもので、自身最大のヒット曲になったことを契機に結婚したという。)

<ジェニファー・グレイ:フランシス・ハウスマン(ベイビー)役>
17歳のニューヨーカー、ベイビーことフランシス・ハウスマンを27歳のときに演じたジェニファー・グレイ(52)。自分に自信のないお嬢さまから、人のために自らを犠牲にする強い女性に成長するさまはリアルで、観客の心をつかんだ。

しかしその後、「後悔している」と本人が認める鼻の整形手術のせいで、顔が別人のように変わり個性的なルックスを失い、役を獲得するのに苦労した。2001年に俳優で映画監督のクラーク・グレッグと結婚、6か月後に長女を出産した(できちゃった婚?)。2010年、50歳のときにダンス・リアリティ番組『ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ』(Dancing with the Stars)に出演し、みごと優勝。(その中で何回か、パトリック・スウェイジにダンスを捧げ、観客を泣かせた。)その後カムバックを果たしTV映画に数本出演、次はジョス・ウィードン監督のSF恋愛映画、『In Your Eyes』に出演予定。

<ジェリー・オーバック:ジェイク・ハウスマン医師役(ベイビーとリサの父)>
典型的な心配性の父親を演じたジェリー・オーバック(1935-2004)。話の中では、ジョニーがペニーを妊娠させた相手だと誤解していた。ブロードウェイのベテランである彼は、ミュージカル『四十二番街』(42nd Street)のオリジナル・キャストで、ジュリアン・マーシュ役を最初に演じた俳優。しかし一番良く知られているのは、『ロー&オーダー』(Law & Order)のレニー・ブリスコー刑事役だろう。ニューヨークで愛され、あまりに大きな存在だったため、2004年にオーバックが前立腺がんで亡くなった際には、彼がずっと住んでいた53番街の一部が「ジェリー・オーバック通り」と名付けられた。

<ケリー・ビショップ:マージョリー・ハウスマン役(ベイビーとリサの母)>
お父さんよりはかなり理解がある母親を演じた、ケリー・ビショップ(68)。実は、もともとは「ジョニーを狙う好色年増女ヴィヴィアン」というような脇役の予定だったが、母親役の女優がクランクイン直前に辞退し、棚ボタ的に役がまわってきた。ジェリー・オーバックに、「こっちの方がいい役だから、やってみれば?」と言われ、受けることにしたという。

『ダーティ・ダンシング』の後は母親役がよくまわってくるようになり、最近では『ギルモア・ガールズ』の中でローレライの母エミリー・ギルモアを演じたり、DJハワード・スターンの自伝的映画『プライベート・パーツ』でも、彼の母親役だった。彼女はバレエダンサーだった経験があり、現在はABCのバレエスクールを題材にしたコメディドラマ『Bunheads』に出演中。

<パトリック・スウェイジ:ジョニー・キャッスル役>
ジョニーが湖の中でベイビーをリフトする練習をするのを見て、「あれやってみたい」と思わなかった女の子は少ないだろう。最後のシーンの「誰もベイビーを離したりしないさ(Nobody puts Baby in a corner. )」という名セリフは、"日常生活でみんながつい使ってしまう映画のセリフ"のトップ10に入っている(10位)。

『ダーティ・ダンシング』の後、これも定番ラブストーリー『ゴースト/ニューヨークの幻』にデミ・ムーアの相手役として出演。アクション映画『ハートブルー』ではキアヌ・リーヴスと共演も。『3人のエンジェル』では、ドラッグ・クィーンを演じて新しい境地を開いた。『ダーティ・ダンシング』の続編、『ダンシング・ハバナ』の中では、無名のダンスインストラクター役も演じている。残念なことに2008年、TVシリーズ『The Beast』の撮影を始めた直後に膵臓がんと診断され、1年後に亡くなった。享年57。

25年前の公開週末、『ダーティ・ダンシング』の興行収入は、誰も予想していなかった390万ドル(当時1ドル148円の換算で約5億8千万円)だった。脚本が自分のところに持ち込まれたときから、ずっとハラハラしっぱなしだったプロデューサーのリンダ・ゴットリーブは、誰よりも驚いたという。「公開の時、笑われなかっただけでありがたいと思ったわ。それが今は、名作と言われるようになった。親子3代で見てる人達もいるぐらいで」

いい映画ほど、その裏にも星の数ほどドラマがあるようだ。

<追悼:パトリック・スウェイジの思い出>

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