【ブログ】アラン・マッギー:カート・コバーンよ安らかに

AOL ミュージック / 2012年5月3日 16時0分

【ブログ】アラン・マッギー:カート・コバーンよ安らかに

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カート・コバーンは18年前にこの世を去ったが、ジョン・レノンの死と同様、私はショックに打ちひしがれた。
当時は私も苦しい状況にあった。ティーンエイジ・ファンクラブがニルヴァーナと一緒に1992年から1993年にかけて一緒にツアーを行ったことから、私はカートには数回会っている。カートの元妻コートニー・ラブに初めて会ったのもこの頃だ。

何が悲しいのかというと、彼はまだ音楽を始めたばかりだったということだ。彼と同じ程度の注目を浴びても上手く生きていける人はいるだろう。しかしカートにとっては「難しい」どころではなく、「不可能」だったのだと思う。

『ネヴァーマインド』がリリースされる1週間前、ゲフィンから私とボビー・ギレスピー用にプロモCDをもらってアメリカから帰ってきたことをよく覚えている。私もボビーも収録されていた楽曲が本当に素晴らしいと感じたものだ。今のような予定調和のポップスが溢れ返る世の中で、カート・コバーンと契約を交わす度胸を持つのは不可能に近い。先日ブリット・アワードを観たが、ノエル・ギャラガー以外は企業主導のポップミュージックだけだった。

カートは現代における最も偉大な思想家の1人、ウィリアム・バロウズの大ファンだった。カートは自筆本『Journals』で、バロウズに「ハート・シェイプト・ボックス」のビデオに出演して欲しかったということを告白しており、またそこにはビデオ内に登場する十字架を背負った老人がどのような経緯で決まっていったかが簡潔に記されている。

当初のアイディアでは、カートはウィリアム・バロウズを出演させる予定だった。彼はその偶然性を重視した構成、病的な神話性、そしてW.C.フィールドのような皮肉性から「慣習への反逆者」としてバロウズを崇拝していた。そして以下は、カートが自分自身の感覚をバロウズの芸術的な精神性を留める場所として表現しているビデオの最初の部分の説明だ。「窓からまばゆい光が大量に差し込む中、ウィリアムと俺が(白黒の)テーブルに向き合うように座り、お互いの手を握りながら、見つめ合っている。ウィリアムが背後から俺を手探りで探しだし、俺の上に倒れ込んで死ぬ。ペニスから精子が流れ出る医学ビデオ。幽霊のような霧がウィリアムの胸と股間から立ち昇り、俺の体内に入っていく」

結果としてバロウズはビデオに出演しなかったため、カートはカラスについばまれる十字架を背負った普通の老人で代用した。彼にとって、鳥もまた死を支持する老人を象徴している存在だった。「老人とは俺のことだ。俺は結論を出した。だがもう誰も耳を貸さない。鳥はトゥレット症候群の老人の生まれ変わりだ。彼らには任務がある。恐ろしい地獄のような怒りと共に毎朝大声で叫び、俺たちに真実を伝えようとする。世界中に恐ろしい殺人鬼がいると叫ぶが、悲しいことに俺たちは鳥の言葉が分からない」と彼は記している。彼の素晴らしい詩の1つであり、彼の心を良く表していると言えよう。

カートは企業主導のロックを演じることを拒んだ。我々は全員音楽ビジネスを嫌っているが、奇妙なことに音楽ビジネスを離れてビートルズの『ホワイトアルバム』を聴けばまた音楽が好きになる。しかし、私はこの時は数年間混乱してしまった。

カートを失ったことは個人的に非常に辛かった。プライマル・スクリームが当時ブリクストンで2晩に渡ってライブを行っていたが、私は音楽から離れ自分を癒していた。ボビーに電話をしてカートの死を伝えると、彼はカートに捧げる形で「ダメージド」をライブで演奏した。

1カ月前にボビーが私の携帯に「俺たちは全員傷ついた(ダメージド)子供だ」とメールをしてきたが、彼の言葉は正しい。カート・コバーンの音楽はジョン・レノンの音楽同様今の世の中と繋がっていて、多くの人たちの心の中で生きている。

カートもジョンも魔法のような魂と意志を持っており、両者共に音楽を通じて未だに生き続けている。カートが心の安らぎを見つけられなかったこと、そして彼の新しい音楽を聴けないことだけが残念だ。カートはリアルな存在だった。故に今でも愛され、そして50年先も愛され続けるだろう。偽物に溢れ返る2012年も彼は輝き続けるのだ。

カートよ安らかに。

(原文:Kurt Cobain R.I.P)
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アラン・マッギー
クリエイションレーベル創設者

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