炎上対談!笑福亭鶴光×三遊亭小遊三「噺家ウラ裏バナシ」(3)2人きりでおると談志師匠エエ人や

アサ芸プラス / 2019年5月2日 9時57分

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小遊三 3年前の独演会の演目にした大ネタの古典落語「らくだ」は、酒にまつわる逸話が多い松鶴師匠が得意にしたもので、鶴光さんが松鶴師匠の速記の資料を持ってきて、「これ、やったらどう?」と勧めてくれたんですよね。

鶴光 ワテもあれから「らくだ」やろうと思ったんですわ。「お前らもやれ」て弟子にも速記を渡して、あいつらがしくじったのを確かめてから、やろうという考え。我ながら汚い人間や。「らくだ」のすごい人って東京では(八代目三笑亭)可楽師匠ですか?

小遊三 (七代目立川)談志師匠が一番、印象に残ってます。

鶴光 ウチの師匠は、らくだの兄貴分の脳天の熊五郎が絶品やった。どこへ焦点置きました? くず屋でっか? 兄貴分でっか?

小遊三 兄貴分だよね。

鶴光 あの兄貴分は悪人でっか? 善人でっか?

小遊三 悪い奴だね。

鶴光 ワシは善人や思う。エエ奴が突っ張っている。

小遊三 逆に悪い奴なら、くず屋の居直り方が余計引き立つ。

鶴光 結局、どこに視点を持っていくかちゅうところが噺家のスタイルですよね。

小遊三 尊敬してる噺家というと、そりゃもう、人間的な素晴らしさでは、志ん朝師匠。それから芸人としてのスケールの大きさじゃ(五代目三遊亭)円楽師匠。私らとは違う世界の人だなというのが談志師匠。

鶴光 談志師匠て、2人きりでおる時は、あんなエエ人、おまへんで。いろんなこと、教えてくれて。それが人が入ってくると、急に変わるんやね。横浜で昼夜興行した時に、不機嫌で、35分取っているのにたった5分で降りてきた。その代わり、夜はたっぷり1時間15分、歌舞伎狂言を元にした「小猿七之助」の噺。「トータルでこれでいいだろ」って(笑)。

小遊三 TBSの公開録音があったサッポロ名人会で、ラジオの真面目なお客の前で4文字の女性器を連呼。慣れりゃ何ともないだろって。慣れないですよ。それで一席やって降りてきて、プロデューサーに「頭の部分は切っといて」だって(笑)。放送できるわけがない。

鶴光 志ん朝師匠はものすごい努力の人。朝から晩までネタを振ってる人や。で、ウチの師匠の松鶴に、忠臣蔵にからめた落語で上方では「蔵丁稚(くらでっち)」と呼ばれる「四段目」の稽古を頼みにきた。ワシらには、浴衣着て半分裸になりながら、「やってみい、こらッ!」と言うてたのに、松鶴師匠はその日に限って黒紋付着て、「誰も上げたらあかんぞ」ちゅう声も震えている。で、志ん朝師匠が帰ったあと、「ああ、疲れたわ」やて。志ん朝師匠、「芝居の師匠は三木のり平、落語の師匠は松鶴」と言うてはった。談志師匠も賛同しとった。

小遊三 (桂)歌丸師匠も最後まで真面目さを貫きましたね。命を懸けて落語をやった。尊敬に値します。

鶴光 仙台の魅み知ち国のく定席花座のこけら落としの前夜祭に行った時、ワシらが待ってたら、横浜から4時間クルマを飛ばしてやってきましたで。着いた時なんか、ヘロヘロや。で、芝居小屋で鍋に足を突っ込む「鍋草履」を20分やって帰る。執念やね。

笑福亭鶴光(しょうふくていつるこ)1948年1月18日、大阪市出身。67年、上方落語の六代目笑福亭松鶴に入門。74年からニッポン放送「オールナイトニッポン」などのパーソナリティとして絶大な人気を誇る。東京を拠点に上方落語の発展に尽くしている。J:COM Jテレにて隔週土曜「オールナイトニッポン.TV@J:COM」、J:COMチャンネル関西エリアにて毎週土曜「ジモト満載えぇ街でおま!」に出演中。「4月28日、お江戸日本橋亭。独演会『鶴光の会その九』。初めて『一人酒盛』をやります。酒呑みの地を生かした我が松鶴師匠の十八番。やるのに50年かかりました」

三遊亭小遊三(さんゆうていこゆうざ)1947年3月2日生まれ、山梨県大月市出身。66年、山梨県卓球選手権優勝。明大経営学部在学中の68年に三遊亭遊三に仮入門。卒業と同時に三遊亭遊吉として前座、73年に二つ目に昇進し、小遊三を名乗る。83年真打ち昇進。同年から「笑点」レギュラー。80年(芸協五人衆)と01年(小遊三特選三夜)に芸術祭優秀賞受賞。落語芸術協会会長代行兼副会長。らくご卓球クラブヘッドコーチ。著書に「宗匠小遊三の全日本ダジャレ芸術協会」など。「福山雅治さん主演の『集団左遷!!』(TBS系)からお呼びがかかって、ホンのちょっとのシーンに出演。セリフも『まあ、探してはみますけど、そんなひろい物件、あるかな』の一言。4月28日に放送予定です」

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