深田恭子×綾瀬はるか「張り合うバスト」20年史(3)ポカリスエットのCMで綾瀬ファンが急増

アサ芸プラス / 2020年3月8日 9時57分

写真

 一方、00年に「第25回ホリプロタレントスカウトキャラバン」で審査員特別賞を受賞した綾瀬は、早熟すぎる豊満なバストを武器にグラドルとしてスタートしたが‥‥。

「16歳の時に上京して半年で8キロも太り、バラエティー番組のダイエット企画に出演。目標体重まで痩せられなかったら芸能界引退という厳しい条件を突きつけられました」(芸能プロ関係者)

 それから節制してボディをしぼった綾瀬は、グラビア活動を再開。03年にはDVD「綾瀬はるか…揺れる17歳。」(h.m.P)を発売している。

「すでにスタイルは完成されていましたが、写真集やDVDを出してもグラドルとしてほとんど人気が出ず、不遇の時代を過ごしていました。その後、女優として売れだした頃にインタビューしたら、『当時は水着の仕事が嫌だった』と話していたのを覚えています」(尾谷氏)

 その綾瀬に転機が訪れたのは、04年にドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」(TBS系)でヒロインに起用されてからである。

「翌年には歴代人気タレントが出演してきたポカリスエットのCMに抜擢され、入浴シーンを披露。歌いながら湯船に潜り、『ブファー』と出てきた時には谷間がチラ見えし、ファンが急増しました」(広告代理店関係者)

 女優になってニョキニョキとエロスが増していく綾瀬に対し、04年に深田は映画「下妻物語」(東宝)でのロリータコスプレで新境地を開拓。「第59回毎日映画コンクール」をはじめ、主演女優賞を総ナメにした。

「この頃の深田は『深夜ラーメン』の常習者で『ぽっちゃり期』に入っていたため、肌露出は控えめでした」(芸能プロ関係者)

 その間に綾瀬ボディが追いヌキに成功。そして両者は09年春に激突した。

 綾瀬は主演映画「おっぱいバレー」(ワーナー・ブラザース/東映)で、特に脱ぐシーンがないのにタイトルのイメージだけで「おっぱい=綾瀬」の方程式を完成させる。

 これで玉座は安泰と思われたが、深田は映画「ヤッターマン」(松竹/日活)のドロンジョ役に挑戦。超セクシー衣装で話題をさらい、追いヌキにかかった。

「ムチムチした太腿とボンデージからこぼれ落ちそうなバスト。まさに深田にしかできない役柄でした」(尾谷氏)

 こうして深田が先輩の貫禄を見せつけ、スクリーンでの巨乳対決を制したのだった。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング