マイアミの奇跡 城彰二が明かした“打倒ブラジルの秘策”

アサ芸プラス / 2013年7月16日 9時59分

 今年のAKB総選挙で大方の下馬評を覆し、センターの座を獲得した指原莉乃。スキャンダルを逆手に取って九州から巻き返したのも記憶に新しいが、劇的な“大番狂わせ”ほど、我々を興奮させるものはないだろう。サッカーの歴史的1勝から大穴馬券エピソードまで名場面を振り返ろう!

 日本サッカー界最大の番狂わせといえば、96年アトランタ五輪でのブラジル撃破に尽きるだろう。「マイアミの奇跡」として今も語り継がれるこの試合を、主力として出場していた城彰二氏に振り返ってもらった。

 ブラジルとの対戦が決まった時、正直なところ勝てるとは思いませんでした。一方で、すごく楽しみだったことも覚えています。ロベルト・カルロス、ジュニーニョ、ベベットといったテレビでしか見たことない選手と戦えるのはとてもうれしかった。

 試合前の入場で、ブラジルは選手全員が手をつないで入ってくるじゃないですか。それを見ながら僕ら日本の選手は「ロベルト・カルロスがいるよ~」なんて言い合っていました。

 当時、ブラジルチームは、格下の日本代表に対し、万全の布陣で試合に臨んだ。FWのベベットをはじめとして、ロベルト・カルロスやロナウドを擁する世界最強のチームだった。94年のワールドカップも優勝し、チームの勢いもノリに乗っていた時期だ。一方、日本はまだアジアの強豪にすぎない存在だった。

 西野朗監督のブラジル対策は「徹底的に守って、一発のチャンスに賭ける」というものでした。事前の分析では、ブラジルのゴールキーパーとDFの要であるアウダイールとの連携があまりよくないという結果が出ていました。だからミーティングでは、「アウダイールの背後に速いクロスを放り込めば何かが起きるんじゃないか」という作戦が立てられました。

 僕ら攻撃陣は当初、負けてもいいから今までどおりの攻撃的スタイルを貫きたいと考えていました。しかし、西野さんから「得点チャンスはそこしかない。勝つんだったら、それくらいの覚悟が必要だ」という説明があり、最終的には納得して試合に臨みました。

 いざ試合が始まってみると、ブラジル選手と僕らとはまるで「大人と子供」でした。体の動きはもちろん判断も速い。こちらがフッと息を抜いた瞬間にボールを奪われてしまうから、一秒たりとも集中力を切ることができない。それまでにそんな経験はしたことがありませんでした。

 前半を0-0で終われたのは、守備に人数をかける作戦が功を奏したことと、ゴールキーパーのヨシカツ(川口能活)のファインセーブのおかげです。いいシュートを打ちながら点が獲れないことで、前半の終盤頃にはブラジル選手がイライラしているのがわかりました。

 後半に入ると、僕らもブラジルのスピードに慣れてきました。前半はほとんど攻撃させてもらえなかったのですが、ボールをつなぐ時間を作れるようになった。

 一方のブラジルは、焦りのせいかひとりひとりが強引にドリブル突破するようなプレーが増え始めました。そうなると日本守備陣の網に引っ掛かる。こうした流れの中で後半27分の得点シーンが生まれました。

 左サイドバックの路木龍次さんが、前線で待つ僕とマークに付こうとしていたアウダイールの間に落とすつもりでセンタリングを上げた。少しタイミングがずれたため僕はそのセンタリングに届かなかったのですが、相手ゴールキーパーとアウダイールが交錯してボールがこぼれたところをテルさん(伊東輝悦)が押し込みました。

 スタンドは圧倒的にブラジルサポーターが多かったのですが、あの得点で会場が一瞬にしてシーンとなり、「これはブラジルやばいぞ」という空気に変わってしまった。その空気がブラジル選手たちにもプレッシャーになったのでしょう。結局、そのまま逃げ切ることができました。

 あそこで相手選手が交錯するなんて誰も予想できません。相手のシュートがゴールポストに当たるという幸運もあった。そういう意味ではツキもあったのでしょう。ただ、あのセンタリングは試合前に立てた作戦どおりのプレー。「ツキと準備」がこれ以上ないタイミングでかみ合ったからこそ奇跡が生まれたんでしょうね。

アサ芸プラス

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