金子哲雄「最愛の妻が明かす“お祭りのように楽しかった毎日”」

アサ芸プラス / 2013年8月20日 10時0分

 独特の語り口で人気だった流通ジャーナリスト・金子哲雄氏が最期まで闘ったのは、肺カルチノイドという難病だった。闘病の日々をつづった「僕の死に方エンディングダイアリー500日」(小学館)は、終活ブームの中で大きな反響を呼んだ。金子氏を支えた妻・稚子(わかこ)さんが「夫としての素顔」を明かしてくれた。

「生前、金子からは『稚ちゃん、どうして僕を選んで(結婚して)くれたの』とよく聞かれました。私は、彼の才能に強く引かれていたんです。ただ、その才能は未整理のバラバラな状態で、それをまとめて世に出したい、と私の編集者の部分が刺激されてしまった。頭のよさも含め、何が出てくるかわからないおもしろさが楽しい日々でした。本人も『僕と結婚したら毎日お祭りだよ』って言ってました。毎日が特別な日のような楽しさの中で生きていましたね」

“買い物のプロ”だった金子氏は、自分と共有することを前提にさまざまな物を買ってきたという。

「びっくりしたのは、(ノートパソコンの)マックブックエアーを買ってくれた時。私が寝ようとしたら『アーッ』って大きな声を出すから何かと思ったら、枕の下に隠してあったんです。記念日でも何でもなくても、そんなサプライズはたびたびでした。夫の最後の買い物は(タブレット端末の)ネクサス7。去年9月の終わりに発売されたもので、とても気に入っていて『これは稚ちゃんのものだからね。僕が死んだら使ってよ』って言ってました」

 金子氏との思い出を時には笑いながら話してくれた稚子さん。だが、夫が出演していた番組は今でも見ることができないという。

「映像と音声がダメですね。どの番組も金子がたいへんお世話になったのにタイトルを見るのもつらいんです」

 そんな妻を「思いやって」、夫は「仕事を残してくれた」という。

「まず、彼が私に託してくれた原稿を出版することでした。四十九日を過ぎた頃には、一周忌を終えたような気持ちになっていたぐらい。その後も本の出版を打診され『死後のプロデュース』(PHP新書)を上梓しました。これも金子が、今でも私をプロデュースしてくれているんだと感じます。私にとって死は終わりではなく、『引き継ぎ』というイメージ。金子と私の間で引き継ぐものがある。それを意識してやることが、本当の意味での『供養』なんだと思います」

 稚子さんは四十九日を境に2人で住んでいた家を引き払ったが、

「金子に『僕が死んだら1カ月以内に引っ越せ』と言われていたんです。生活をコンパクトにしなければいけないと考えていたんですね。とにかく無駄遣いが嫌いな人なんです。

 夫とは魂のどこかでつながっている気がする。だから悲しいけれど、寂しくはないんです。それに今でも金子の存在を感じます。ある会合に行く予定があったんですが、暑くて体がバテていたんです。家でゴロゴロしていて遅刻しそうになった時に、耳元でハッキリと『稚ちゃん!』っていう私に気合いを入れるかのような声が聞こえました。夫は私のそばにいて手助けをしてくれている──今でもそう感じているんです」

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