福島瑞穂×テリー伊藤(4)10年間も同じ党首なんて不健康

アサ芸プラス / 2013年8月28日 9時58分

テリー 福島さんがまだ弁護士の時、俺も一緒にテレビの討論番組に出ていたもんね。

福島 議員になる前は天真爛漫な、ノーテンキな明るい人でしたよ(笑)。

テリー よく覚えてますよ(笑)。「ええっ、福島さん、政治家になっちゃうの?」って当時驚いたから。

福島 あの頃はお世話になりました。実は政治家になってからは今年が15周年なんですよ。党首は10年やって、その前に幹事長を2年やって、その前は広報委員長をやっていました。新人時代がほとんどなくて、いきなり幹事長、いきなり党首。

テリー そうだね。エリート街道だよな。

福島 う~ん、エリートとはちょっと違うかなぁ。09年に連立政権を作って、大臣になったものの、普天間基地移設の署名を拒否して罷免になったり、いろいろありました。

テリー 連立政権を離脱した時、辻元清美さんは離脱に反対したじゃないですか。俺は辻元さんの主張のほうが筋が通ってた気がするんですよ。

福島 いや、もしあの時、連立政権に乗っていたら、社民党の背骨がなくなっていたと思う。きっと今日まで残っていなかった。

テリー そんなことを言ったら、96年に社会党が自民党と組んで村山政権を作った時に、すでに終わっていた部分もあるわけじゃない。それでも残って続いたんだから。与党に残って主張することに意味や発言力があるんじゃないの。10年に福島さんが連立から離脱した次の日から、社民党の記事が全然新聞に載らなくなったでしょう。すごくもったいないんだよね。

福島 沖縄基地については、社民党にとっては1丁目1番地の問題です。テリーさんがおっしゃることももちろんわかりますよ。確かにいろいろ折り合いをつけながら、辛抱しなくちゃいけないところは辛抱しなきゃいけない。

テリー うん。

福島 しかし、あの時点で私が署名していたら、沖縄は社民党から離脱するだろうし、社民党の戦う部分がなくなる。政治って自分の100の思いが100実現するわけではないので、政治は妥協の芸術というか、自分の思いをどうやって織り交ぜて実現していくかだというのは理解しています。それでも私は、魂を売ったら生きていけないと思うんですよ。

テリー でも、連立を外れたら意見が言えなくなるわけじゃない。民主党としてはこれ幸いと思ったかもわかんない。だから、よりひどくなっていく時にこそ与党にいたほうが、社民党の存在価値が出てきたような気がするんだけどね。

福島 いることで歯止めになった部分はあるかもしれないけど、裏切り者っていう烙印を押された状態で政治はできないですよ。

テリー うーん。

福島 ただ、自社さ連立政権で政権に入ったことで、社民党は野党と与党の経験を積んだことは強みだと思います。例えば私は大臣の時に、障害者基本法の改正法案を作り、それが総合支援法になった。それから、認可保育園を設立するために国有地を貸与してもらう手続きも踏んだ。

テリー 障害者政策はよかったよね。あと、世田谷と横浜に保育園をたくさん作るための基礎を作ったことも、すごく大きいことだったね。

福島 それと、365日24時間、女性への暴力、外国人、セクシャルマイノリティ(性的少数者=同性愛者や両性愛者、自分の性別で悩んでいる人などのこと)などの相談を受ける「パープル・ホットライン」を作った。今はどんな相談も受ける「よりそいホットライン」もできてるんです。

テリー 与党時代に新しくできた実績がいろいろあるってことだよね。

福島 はい。私自身は、政策を提案して、少しずつこの社会を住みよいものにしていくことが喜びでしたし、政治はそういうことがとても必要だと思っています。

テリー 1人で10年も党首やっていたんだもんなぁ。それもまた不健康だと思うけど(笑)。

福島 すみません(笑)。だから今回のことで区切りを一度つけて、初心に戻って、もう1回、人々の現場の中で意見を聞きながらやっていきます。

◆テリーからひと言 秋元康さんみたいなプロデューサーが社民党には必要だよね。政策もいいし、候補者もいいとすれば、あとは世間へのアピール方法をもっと考えてみてよ。

アサ芸プラス

トピックスRSS

ランキング