ソチ五輪間近!「浅田真央VSキム・ヨナ」死闘10年の“裏”真実(7)

アサ芸プラス / 2014年2月12日 9時57分

 その後の世界選手権は完全に明暗を分け、浅田は3回転3回転のコンビネーションを決めながら、3回転ルッツが2回転と判断され、3Aも決まらない結果となってしまう。

 一方、キム・ヨナは悩まされていた持病の腰痛を克服。股関節痛も完治し、ダイナミックな演技で207.71をマークする。FSで3回転サルコーをミスしながらも、浅田の狙っていた200点台を楽々とクリアしてしまったのだ。浅田は最終戦の世界国別対抗戦を201.87で優勝したものの、五輪直前のシーズンは何とも悔やまれるものとなった。

 迎えたバンクーバー五輪イヤーである09-10シーズンはライバル対決で火蓋が切られた。過去3回のGPシリーズで1度も激突したことのない2人が、開幕戦のエリック・ボンバール杯(パリ)に登場したのだ。スポーツ紙五輪担当記者が振り返る。

「あの年、浅田はプログラムから苦手のルッツを外すばかりか、3回転3回転のコンビネーションも削っていました。伝家の宝刀3Aに賭け、SPとFSで3回跳ぶことだけに全精力を傾けたのです。順位こそ2位でしたが、ヨナとの点差は過去最悪の36.04になりました。続くGPシリーズも150点台となり、浅田はスケート人生最大のスランプを迎えます。GPシリーズ2戦で、3Aに計6回挑戦して1度しか着氷できず、GPファイナル進出を逃した」

 迷路にハマった浅田を尻目にキム・ヨナは、3回転3回転のコンビネーションをF&T〈フリップトゥループ〉からLz&T〈ルッツトゥループ〉に変更し、難度アップを成功させる。代名詞の必殺技を完成させて挑んだGPシリーズの初戦、キム・ヨナは歴代最高得点の210.03を獲得するのだ。この結果を受け、浅田は取材陣を前に、こう言って完敗を認めた。

「まだその得点には届かない。すごい」

 記者が続ける。

「ヨナは12月のGPファイナルでSPこそ安藤美姫に首位を譲るもFSで抜き、2年ぶり3度目の優勝をします。もはや、五輪直前の肩慣らしという感じでした。一方の浅田もわずか2カ月で何とか軌道修正し、全日本選手権を200点台で滑り、最終調整の四大陸選手権のFSでもしっかりと3Aを決め、スランプから脱出の兆しを見せました」

 10年2月、いよいよ母国の熱い期待と家族の思いを背に、2人の氷上の舞姫はバンクーバー五輪のリンクで激突する。

 浅田はSPで3Aを確実に決め、キム・ヨナの持つ歴代記録を抜く73.78をマークした。だが、ヨナも映画「007」のテーマ曲に軽やかに乗り、圧巻の滑りで歴代最高記録となる78.50を取ったのだ。

“天才少女”と呼ばれた時代から2人を見続けてきた元日本五輪代表の渡部絵美氏が解説する。

「真央ちゃんはフリーで3Aを2度決め、しっかりと着氷しました。あとから滑ったヨナちゃんは、演技前半で3Lz+3Tを決め、ここまでは互角の演技でした。しかし、後半にヨナちゃんがもう一度、3Lzを跳んだ瞬間、勝敗が決まってしまいましたね」

 女子史上初の1試合3度の3Aを決めながらの敗戦に浅田は、フリーでの3回転F〈フリップ〉の回転不足、3回転T〈トゥループ〉が1回転になったミスを悔やんだが、前出の渡部氏はこう指摘をする。

「バンクーバー五輪の敗因は、トリプルルッツだと私は思います」

 フィギュアスケートとは、採点によって勝敗の決まるスポーツである。現在の制度では「ルッツ」は有効に点数を稼げる技であるにもかかわらず、浅田は五輪シーズンになってルッツを封印してしまった。

 浅田がアクセルにこだわり続ける理由もまた「家族」にあった。

アサ芸プラス

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