「浅田真央VSキム・ヨナ」死闘10年の“裏”真実(11)

アサ芸プラス / 2014年2月25日 9時57分

 スポーツライターの折山淑美氏が話す。

「完全休養せずとも、せめて国内戦限定出場という選択でもよかったのではないかと思います。五輪で連続メダルを目指す、柔道の谷亮子や水泳の北島康介、ハンマー投げの室伏広治など、皆が上手に4年間のスケジュールを組み立てている。休養は肉体よりも気持ちの面で、とても大切になってきます」

 アイドル的存在としても人気を集めている浅田は、日常の過ごし方が大きなストレスになりかねない。

「海外に拠点を置いたヨナは1人でタクシー待ちするくらいにのびのびとリラックスしていた。もしも浅田が英会話を苦にせず、1人で食事に行き、帰りにアイスクリームを食べたりと、子供の頃みたいな生活が海外でも送れていれば、また違った結果だったかもしれない」(前出・折山氏)

 世界選手権を惨敗した浅田は、人生で初めての長期休暇を決断し、海外での生活を満喫する。スポーツ専門誌の編集者が話す。

「カナダ、ロシア、ハンガリーと、2カ月間ほど旅をしていました。舞さんから『競技会から離れるにしても、アイスショーのプログラムは作っておけば』と勧められ、その準備も兼ねての旅行でした。その先々で舞さんと合流し、一緒に旅行を楽しんだり恩師と再会するうちに、もう一度滑りたいという気持ちを取り戻していったのです」

 帰国した浅田は、佐藤コーチに連絡し、練習を再開する。3Aを封印し、もう一度、基礎からの練習を始めたのだ。同時に、クラシック・バレエの練習や体幹トレーニングをスタートさせていた。民放のスポーツ局記者が語る。

「若い頃にバレエを習っていた匡子さんの影響で、真央ちゃんも3歳から12歳までバレエを習っていた。匡子さんは、憧れだった世界的なダンサーがフィギュアを習っていたということを知り、2人の娘にもバレエ教室とフィギュア教室を並行して通わせていました。その縁もあり、当時のバレエ団で特別レッスンを受け、表現力を磨いた」

 この地道な練習の効果は今シーズンの演技に現れていると、元五輪代表の渡部絵美氏が解説する。

「バンクーバー五輪当時は、まだ幼さが残り、曲が重いかなという印象でしたが、表現力がよくなってます。23歳らしい魅力で滑っている」

 また、体幹トレは、ジャンプやスケーティングの質を磨くだけでなく、フィギュア選手の多くが抱える腰痛のケアを兼ねていたという。フィギュア解説者の佐野稔氏が話す。

「ヨナにしても、腰の影響から3回のスピンのうち1つをレベル3にとどめている。浅田(のスピン)は全て、最高難度のレベル4だけに、うまく腰痛を克服している」

 浅田は名伯楽・佐藤コーチの下、一からスケーティングを見直し続けたのだ。

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