清原和博 “引退後の黒番長”全貌を公開(2)「関係者も首をかしげる振る舞い」

アサ芸プラス / 2014年3月18日 9時57分

 番長の問題行動は「ドタキャン」という形でもたびたび露呈した。球界OBが語る。

「彼は08年の引退後、文化放送『ライオンズナイター』の解説者の一員となったものの、試合の日にすっぽかして来ないということがあった。眠っていて起きられない、ということもあったようだ」

 当然のごとく、清原氏は解説者から外されてしまう。

 清原氏はスポーツ紙の評論家としても活動中だが、

「評論をするはずの球場に現れなかったり、試合途中に来たり、あるいは途中で帰ったりもした。一時期は清原氏の担当者ですら何日も連絡が取れなくなったことがあったようで、これは危ないと判断し、年間契約から本数契約に切り替えたと聞いている」(デスク)

 オリックス時代の06年、清原氏はパチンコ、パチスロ機の開発企業「フィールズ」のCMキャラクターに起用された縁で、引退後はフィールズの関連会社JMSに所属した。ところが11年、清原氏は仕事として出演するはずだったパチンコ店のイベントを当日になってドタキャン。理由は「体調不良」だった。さらには青年会議所のイベント、講演会、JRAのイベント‥‥と、次々キャンセルを繰り返し、補償問題に発展。所属事務所は頭を抱えたものだ。

 スポーツメディア関係者が言う。

「この間、マネジャーが数人交代しています。あるマネジャーが休職した際、事務所に理由を聞いてみると『体調不良です』とのことでした。何の体調かと突っ込むと『まぁ、精神的なものでして‥‥』と多くは語ってくれませんでしたが」

 度重なるドタキャン、賠償トラブルで、担当マネジャーが精神的に追い詰められ、疲弊してしまったようなのだ。

 清原氏から離れていったといえば、運転手もその例に漏れず。球界関係者が声を潜めて明かす。

「元西武の後輩が清原氏の運転手として雇われていましたが、あまりにひどい行状に逃げ出してしまった。当時、清原氏にはきわめて親密な関係にあったクラブホステスがいましたが、その後輩運転手は2人が宿泊するホテルのロビーでずっと待っているよう命じられていた。夜チェックインして翌日の夕方まで出てこないのですが、その間ずっとです。あまりにつらくて、『もう清原さんにはつきあいきれません』と言って、辞めてしまいました」

 こうした「愛人疑惑」はたびたび浮上。09年には銀座ホステスとの不倫旅行が報じられた。さらにこんな目撃談もある。語るのは、スポーツマネジメント関係者だ。

「東京の湾岸地域のとあるマンションで、複数の私の知人、仕事関係者が清原氏を目撃しています。そのマンションには彼が親密にしているホステスが住んでいたようで、一説には(亜希夫人と)離婚して、このホステスと再婚する話し合いまでしていたとも‥‥」

 00年にモデルの亜希夫人と結婚する際、清原氏は生活費として10億円を渡したとも言われるが、

「09年には、弁護士を立てて離婚を前提とした話し合いに入った、という情報が流れました。しかし、子供の親権などで折り合いがつかなかった、と」(ワイドショーデスク)

 かつて巨人時代のこと。名古屋遠征時の対中日戦後の夜に、こんな目撃談もあるほど──。

「栄の繁華街を歩いていたら、前方から体格のいい男が歩いてきた。両脇に女性2人を抱えている清原氏でした。どこに行くのかと観察していると、そのまま3人でホテルに入っていきました」(遊軍記者)

 英雄色を好む、ではないが、結婚後も下半身は番長そのものだったようなのだ。

アサ芸プラス

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